2-3転生者と異世界人
リオーネが大刀を抜き放つ。一瞬で闘気が膨れ上がる。転生者相手に、後のことを考える余裕はない。
砂丘を斬り抜く一閃が、空のウィマル目掛けて進む。
ウィマルの瞳は動いていない。リオーネの技に反応できていない。これはもしかして――。
「……えっ、うわ、ちょっとやばかったじゃねえか、今」
闘気は消えた。ウィマルのローブに触れた瞬間だった。散ってしまったのだ。
魔法で防御したわけじゃない。ウィマルは全く反応できていなかった。なのに。
俺の呪印が、チート能力を消滅させるときのようだ。
ウィマルは上空から、しげしげとリオーネを見つめる。
「いい技だったぜ、虎猫娘ちゃん。能力の発動に、認知・判断・行動が必要なタイプの転生者、俺達でいえば、ジャグやサラマットの旦那なら、ちょっとやばかったかもな。でも残念。俺の能力はこういうのだから」
そう言って、思わせぶりに両手をかかげる。俺はリオーネの前にでて呪印をかざす。
何も起こらない。一体どういう――。
『異常です。あの転生者の周囲だけ、なにもなくなっている』
背中でそう言ったトリックスの首。言ってる意味がつかめない。リオーネがたずねる。
「砂やほこりがないってこと?」
『それだけじゃありません。センサーで感じられる水分もです。あの男の体に近づくごとに次々と反応が消えています』
「でも、魔力はあるぜ。さっきより、わずかに感じる。それとも、ほうきを飛ばしてるやつなのかな」
魔力センサーがぶっ壊れたトリックスと、サムライらしく闘気に全振りのリオーネ。そして呪印はあるが、何もかも中途半端な俺。
一番魔力感知がましなのは俺か。
ウィマルは満足げに言った。
「正解さ。俺に触れれば魔力に還る。闘気だろうが、魔力だろうが、物体だろうがな。
あらゆるものを魔力に還す力、だと。しかもウィマル自身が、攻撃に気が付かなくても発動する。じゃあ何をしても効かない。俺の呪印を除いて。
「俺もこっちに来て十年だ。スマートにやりたい。転生したての馬鹿なガキみたいに、いちいち力を見せびらかして垂れ流さなくていいって、わけだな」
俺達を見下ろし、両手をかかげるウィマル。次もハッタリ、いや、何か来る。
俺は呪印をかかげた。後ろにリオーネをかばう。
音が消えた。足元が宙に浮く。体が風に吹かれる。ウィマルが上空に遠ざかっていく。なんだ、何が起こった。
『レアク、我々は落下しています!』
どういうことなんだ。周囲には一面赤茶色の壁、いやこれは砂漠の砂か。足元には一足先に落ちていく砂の塊。
ウィマルが手を掲げた瞬間。あの一瞬で、俺とリオーネを中心にした円範囲の砂がごっそり削り取られて消えていた。
はるか下、真っ黒い岩盤が見える。落差何百メートルだ。こんな範囲の砂を、一瞬にして魔力に分解して消したというのか。
岩盤にぶつかったら、ばらばらにぶっ飛ぶ。だが俺の闘気では衝撃を防ぎきれん。
「どうしよう、アタシ、あれで決着つけるつもりだったから」
まずいぞ。ただの落下ダメージは、呪印で防げない。
『私をつかんでください!』
言われるまま、俺もリオーネもトリックスの首をつかむ。今度は体が浮き上がった。
暗闇と砂の壁を抜ける。着地したのは、数百メートルも下に流れる流砂の端だ。半径も数百メートルくらいか。ふちからだと、底が見えないほど暗い。
『か、ぜの魔法を、使い、ました。魔力が、たまるまでは、しば、ら、く……』
トリックスの反応が消えた。無理に無理を重ねて、俺達三人を無理やり脱出させた。また自然魔力とやらで回復はできるのだろうが。
「へえ、本当に防げるんだな。でも、
腕を組んでこちらを見下ろすウィマル。発見に感心した様子だ。
さっき感じた不気味さの正体が分かった。
こいつには俺たちに対する憎しみどころか、敵対心すらもない。好奇心を満たすためだけに、
つまり、ただの好奇心で人をこの世から消し去ることに、一切のためらいがない。
「不思議なもんだ。その呪印、今は左腕に付いてるけど、そこは魔力的にただの人間の肉体だ。この世界の魔力の法則的に、俺が分解できるはずなんだがな」
こいつ、生き物が魔力の塊に見えているのか。一応、あらゆるものは、魔力を含むと村の学校で習った。だが、その詳しい組成や構造まで一目で分かると。
そんな知識を記した本はない。じゃあどうやって確かめたか。実験だろう。ライムのように。
「お前、その力で何人やったんだ?」
ウィマルは、一瞬ぽかんと口を開けた。それから思い出したように頭を振る。
「……ええ? あ、いやいやいや、普通チャワンのコメツブなんか数えねえだろ」
リオーネが唇を噛む。犬歯を剥きだし、虎の瞳でにらむ。
だが俺は分からない。煽られたってことか。俺の知らないものか。ウィマルが頭をかいて、ため息を吐いた。
「ああ、そうか。こっちじゃ米の飯はサムライ皇国だけのもんだったっけ。ニホンの癖でな。いいかい、三大国と魔王大陸をふらふらしてたあんたに、分かりやすく言ったら、今まで旅した、歩数なんか覚えてねえだろ、べつに」
俺が目的もなく、世界を旅して歩いた数。三年間あてどなく、あちこちさ迷い、打ったパンチより多い、その数。
つまりウィマルにとって、異世界人を魔力的に分解するということは――。
自分の目に憎悪がこもるのを感じる。口の中が乾いてきた。
「俺だけじゃねえって。転生者は一部の奇人以外、どいつもこいつも、最初っから確実に勝てるこの世界に、楽しませてもらうために来てる。何期待しても無駄だろ。異世界人を助けるのが楽しけりゃ助けるし、いじめるのが楽しけりゃ、いじめるってだけさ。人は人、自分は自分っていうだろ?」
リオーネが刀を鞘に納める。掛け金を下ろした。ウィマルまで、届くか。
相手は自分の理論に入り込み始めた。目を、つぶった。
「だから、そう、かっかすんなよ。俺だって一応、ほとんどの魔法は、殺人犯とかどうしようもねえゴミクズでしか試してない……!」
ウィマルが驚愕に染まる。眼前に俺が現れたからだろう。リオーネが絞り出した闘気で刀を振り、俺が足元を強化してその刀に乗った。
鞘なら乗れる。二人の力を合わせたってわけだ。
「うりゃああああっ!」
呪印の拳。勢いそのままのストレートパンチ。フードの下、ウィマルの白い頬に食い込む。
拳は消えない。人の顔を殴った感触。
ウィマルがほうきから投げ出された。砂漠に叩きつけられた。
俺は闘気で着地の衝撃を防ぐ。
確かに殴った。
だが呪印が血を流し続けている。書き割りを壊した感覚も、なかった。
ウィマルが立ち上がった。鼻から血を流しているが。
「いっやー、ニホン以来だぜ、殴られたの……なんてな」
にっと笑った。姿が消える。違う、魔力に分解された。自分自身を分解したのか。
「いいから、まあ聞けよ」
リオーネの後ろに現れた。大刀を抜くより速く、その背中に手を当てる。
「虎猫娘ちゃんを、魔力に還されたくねえだろ。このポンコツもかな」
しまった。トリックスも踏んづけられている。
「もうちょっと話そうぜ、レアク・アルタイン。呪印を持った、異世界人さん。お前も俺を、楽しませてくれるよな」
野郎。だが、どうすればいい。俺は黙って拳を握った。
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