2-2息も付けない書き割りの上で
俺と悪魔は説明した。
『この世界には、物語の神というものが居る』
『それは、人に書き割りを付与する』
『書き割りは、あらゆるものになって物事の因果関係を動かす』
『転生者と呼ばれる者達は強力な書き割りを付与されている。強力な闘気、魔力、いわゆるチート能力もその一部である』
『唯一、その書き割りを壊せるのが、悪魔に付与された俺の呪印』
『俺の背負う書き割りは、転生者と出会うということ』
途中で質問を受けたりしていると、終わるころには、すっかり昼前になっていた。砂漠の夜は寒いが、昼はひどく熱い。
リオーネが首をかしげた。砂漠に適応しているというか、虎模様の毛皮もあるのに汗ひとつかいていない。
「ちょっと、あんまり信じられないけど。その、『書き割り』っていうのが。アタシは見えないし」
そうだろうな。俺だって、見えるというより、なんとなく感じられるという程度だ。
『ミァン様や、ほかのパワーゲーマーの方との会話から断片的に蓄積した知識しかありませんでしたが、そういうことだったのですね。私にも観測は不可能なものです』
潰れていないほうの目がちかちかと光る。トリックスでも分かっていなかったのか。
「結局、書き割りってなんなんだろうな。このクラエアってのは、なんなんだろうな」
『神の言う通りの場所さ。今は、物語の神が支配してるってだけだろ。あれから二十二年か。あの男女め、これだけあちこちに転生者が居れば、ますます元気なんだろーなー』
男女ってのは、その神のことだろうか。転生者でさえ、あれほど強いのに、まだ上の存在が居るってことになる。
考えられん話だが、この悪魔はその物語の神ってやつを知っているのだろう。
だが、今一番重要なことは。
「でも、つまりさ。レアクと居ると、転生者と出会うっていうこと?」
「そういうことになるな。それで俺は、パワーゲーマーっていう、特に強い転生者から、にらまれ始めた。俺と関われば、そいつらから敵として扱われるぞ」
『それでこそ、ミァン様の書き割りが面白くなるのですがね。それが私の選んだ任務ですし』
トリックスは、何を今さらといった口調だが。
「リオーネ。それが、俺の背負う運命なんだ。俺はお前を、あの転生者から助けたように思えたかも知れないが、俺にとっては、転生者とぶつかるのはいつものことってだけなんだ。俺に、恩義を感じる必要もない。俺とトリックスは、もう止められない書き割りに乗ってるけど、お前はまだ」
言いかけて、遮られる。刀のさや走り。俺の首筋に美しい刃が付きつけられている。隙間から入る日光で刃紋が輝く。ぞくぞくするほど美しい。
俺をにらみすえる、リオーネの瞳と同じだ。
「レアク。それさ、その逃げるのは癖なの。アタシはあなたを待つって約束した。あなたはちゃんと帰って来た。サムライは、約束を果たした者に報いる」
『ほほう、修練と研鑽でここまで素晴らしい技を使うとは』
トリックスが感心しているが、俺は生きた心地がしない。闘気を出す暇もない。出しても首を跳ねられていただろう。
「もしあなたが、アタシを置いていっても、アタシはあなたのために勝手に動く。あなたの敵を調べて探して、アタシから仕掛ける。死ぬだろうけど、相討ちを取れば、あなたの助けにはなる」
するすると海雪を収めるリオーネ。所作が美しい。技が、感情に乱されていない。
『また少し強くなったぜ、書き割りが。どうするんだよ、レアク』
悪魔が俺を覗き込む。刀を納めたリオーネは、不安そうに俺を見つめる。
本当は、決まっていた。俺はまったく、踏ん切りのわるい男だ。
「……一緒に、来てくれ。一人で死なれるより、いいよ。いや、俺の方が居てもらいたいくらいだ」
カサギとの戦いで、傍に控えたドワーフのメイドに殺されそうになったのを思い出す。転生者でなくとも、ただ単に強いクラエアの奴も居る。リオーネが来てくれれば、そういう奴に殺される心配も減るだろう。
「じゃあ、決まりね。よっし、アタシ、支度してくるよ」
リオーネは笑顔を見せると、自分の部屋に引っ込んだ。
「しかし、どこへ行くかな。どこへ行っても」
『出会うでしょうね、ミァン様や、パワーゲーマーの方たちと』
『書き割り』的に、そうなるんだよなあ。というか、向こうも俺を探しているかもしれない。今こうしている間に、何らかのチート能力でここを見つけて、容赦なく襲撃してくるかも。
そういえば、俺はあいつらのことを何も知らないな。女悪魔を見上げる。
「おい」
『ああん? アタイも知らねえぞ。アタイなんぞ、代行の悪魔でも、辺境の辺境の辺境の係だったからなあ』
「そういや、お前の代行ってのはなんなんだ」
『ああ、そりゃ書き割りの本人の知らない所であれやこれや、事象の調整をするのさ。あっちこっち大変なんだ。要は、神の使われの身だぜ。つまんないったらねえ。だから、お前に入ってやったんだ。十五のお前、可愛くて、アタイの好みだったしな』
『こんな小汚い男が、可憐な少年であったなど、にわかには信じられませんね』
おいトリックス。まあ鉱山、拳闘、非正規冒険者なんて道たどったら、誰だってやさぐれちまうわな。
置いといてだ。
「んじゃお前は何か知ってるのか、トリックス」
『そうですね。私がお顔も含めて存じ上げているのは、マスターのミァン様と、そのパートナーで、同じくマギファインテック社CEOのジャグ様です』
その二人がパワーゲーマーだとすると、マギファインテック社というのは、基本的に敵と考えた方がいいのだろう。
そのほか、といえば。
「あとライムのやつと、ミァンと戦ったときに出て来た、鎧のやつと……」
「アタシのマスターをデータにした、あの赤い髪の人もだね」
「リオーネ」
すっかり身づくろいを済ませて出て来たリオーネ。
脚にはすねあて、虎の右手に赤い肩鎧、人の左手に小手。腹にはさらし、胸には胸当て。腰は動きやすくするためか、丈の短い厚手のスカートだった。
可憐さと強さが同居したような佇まいだ。俺より年下だろうにサムライの貫禄がある。酒場でも一目置かれてる強力なパーティの一員って感じだ。
「えへへっ、冒険者してたときの格好だよ。そこそこ稼いでたんだからね」
「頼もしいな。俺も装備揃えなきゃ」
ほとんどぼろ布のシャツと、ズボンと靴しかない。
『そうだなあ。死出の旅路には丁度いいだろうな』
誰が言った。トリックスでも悪魔でもない。
部屋の隅。いつの間にかさそりが一匹入っている。
リオーネが短い刀を投げつけた。突き刺さる。ぎちぎちともがいている。
『……ひっどいなあ。使い魔がやられてもちょっと痛いんだけど』
悪魔が俺の呪印に引っ込む。俺はシャツでトリックスをまとめた。
『魔力感知機能が破損していました。私のミスです』
「仕方ねえよ」
「家、開くよ!」
リオーネが大刀を抜き放つ。天井と壁が豪快に切り倒された。もう出ていくから、構わないのだろうが。
呪印が血を流し始めた。この反応、恐らくパワーゲーマーだ。
抜けるような青空。かすれた雲、じりじりとした砂漠の真昼。
ほうきと、男が空中に浮かんでいる。黒いローブに三角の帽子をかぶった、まさに魔術師という、いでたちのやつだ。
不思議なことに、それほど魔力を感じない。あるにはあるが。
「やあやあ、こんちわ。ってわけで、そのパワーゲーマーが来てやったぜ、悪魔のご一行さん」
男が帽子を取る。赤い瞳、真っ白な髪。俺より年上だが、赤髪の男より年下、あの鉄の鎧のやつと同い年くらいか。丁寧に頭を下げる。
「俺は“断ち割る魔”、ウィマル・バンジョー。自分で言うのもなんだが、魔法は得意だぜ。よろしくな」
敵意のない、笑顔。それが余計に不気味だった。
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