2章・鍛冶屋の街の騒乱
2-1首と悪魔と半獣人
トリックスを背負った俺は、闘気を使ってリオーネの所へ走った。
ルートは覚えていた。だがスムーズには行かなかった。動かなくなった魔導機はあまりに重たいのだ。消耗は来た時と比べて倍増する。
途中で砂漠を警戒するマギファインテックの魔導機も居た。そのたびに、岩山に隠れたり、砂を掘って潜ったり。魔導機は俺でも感知できる程度の魔力を出すので、どうにか見つからずにやり過ごせたのだが。
二日で来られた道程は、四日に膨れ上がっちまった。さすがにもらった保存食と水は底をつき、補給もできず。
ぼろ雑巾のようになって、ようやく廃墟が見える丘までやって来た。
『心音が弱まっていますね。闘気もほぼ尽きている。あなたが倒れると、ミァン様のトリックスターになるという私の任務に支障があるのですが』
「うる、せえ……どうにか、できないのかよ」
廃墟に付く数分前から、トリックスは意識を取り戻していた。相変わらずバラバラだが、なんと、こいつの魔力炉は自然の魔力を取り込んで反応させられるらしい。
『不可能です。この四日間で集めた魔力で、最低限人格と声帯機能だけは復帰させられましたが。メインの魔力炉がこうも大破していては』
「じゃあ、だまって、ろ……うぅ、リオーネ……」
声がかすれている。一歩が辛い。砂がまるでまとわりつくようだ。
『窮地で女性の名を呼ぶ男性を、ミァン様は嫌っておられました』
「……それ、今の、俺に、伝えてどうしろっていうんだ」
本当にもう限界だぞ。蜃気楼か、揺らいでいる小屋から、煙が出ている。恐らく、あそこに居てくれるはず。
『男性は、ヒロインを不安にさせるような女々しい泣き言を言わぬものですよ。そういう認識がミァン様にございます。しかし、あなたはミァン様ではない。お好きな泣きごとを、どうぞよしなに』
はきはきとした、口調だ。もはや何を言う気力もない。この野郎、砂に突っ込んで放置してやろうか、ちくしょう。
自然の魔力で意識は保たれるから、きっと苦しむ――はずもないか。
トリックスは、
だめだ、限界だ。俺は膝をついた。シャツの残骸がはだけ、トリックスの首とパーツが砂に転がる。
「すまん、リオーネを、よんでくれ。もう、いっぽ、も、うごかん……」
目がかすんできた。トリックスの首が妖怪のように浮き上がる。風を出してるのか。
『おやおや。声だけの私も、お役に立てますね。リオーネ様、リオーネ様! レアク・アルタインさんがお戻りになられましたよ! リオーネ様!』
明白な声にリオーネが飛び出した。胸と腰に巻き付けた布。虎の耳に、虎の両脚と右腕、そしてハーフの証の人間の左手。
やったぞ、助かった。リオーネが闘気を全開にしてこちらに駆けてくる。
――闘気。なぜだ。
「この首だけヨーカイ、レアクから離れろ!」
『おぐぁっ!?』
宙に浮く青年の首めがけて、鞘入りの薙ぎ払いが直撃した。
初めて聞いたトリックスの悲鳴だった。
『がっ、おぐ、ふぐぉっ!? あっ! あぁ……』
鞘入りとはいえ、闘気を込めた一撃。吹っ飛んだ首は廃屋に飛び込み、ピンボールみたいに内部で跳ねまわっている。悲鳴が途切れたのが痛々しい。
こりゃあ、もう修復不可能かもしれん。
「レアク、しっかりして! あのヨーカイきっとやっつけるから! まだ魔力があるみたい。しつこいやつめ」
「いや、いちおう、みかただ……」
「え?」
ぴこん、と虎の耳が動いた。刀を腰に戻して、恐る恐るピンボールの終わった廃墟を見つめるリオーネ。ゆっくりと俺を振り向く。黙ってうなずいてやる。
「うそ、だよね……」
「残念ながら」
ミァンたちとやり合う覚悟ができて、早速仲間を一人失うとは。
しかも、同士討ちで。
廃墟の窓が割れた。黒い塊が飛び出す。片目の潰れたトリックスの頭。
『おい、そこの虎耳女! これが怒りという感情ですか!? なんと刺激的だ! 貴様私の体が戻った暁には、血をすすって砂漠にばらまいてやるぞ! これは任務でもなんでもない! だが絶対にやるんだ。ああ、なんという激しくも狂おしく体を突き動かす感情、新鮮だ。とても新鮮だぞこの小娘が! 私の主魔力炉が大破していたことを感謝しろ!』
あらん限りの罵倒を吐きながら、リオーネの周囲を飛び回るトリックス。ミァンが作っただけあって、頑丈だったらしい。
「ひ、ひいいぃぃ、ご、ごめんなさい、呪わないでええぇぇぇ」
「……もういいよ、二人とも。それより、俺の心配をしてくれ」
のどの渇きと空腹と消耗もどうでもよくなってきた。
※※ ※※
怒り散らすトリックスをなだめ、ようやく粥と水にありつけた。
死ぬかと思ったが、俺の体は頑丈だったらしい。食べやすいものから胃に入れると、食欲はすぐに戻った。案内された小屋で、リオーネの用意した虫肉のスープや乾パンを次々と平らげる。
獣のように食う俺の隣で、リオーネは椅子に座っている。太ももにおいたトリックスの首を虎の手でなでている。まりに、じゃれる猫みたいだな。
「……ふーん、そんなことがあったんだ。じゃあ、あなたは魔導機なの?」
『違います。
「あたしは様付けじゃないんだ」
『悪く思わないでください。あの痛みと恐怖があなたを敬うことを拒ませるのです』
「……それは、本当にごめんなさい」
『お気になさらず。闘気のレベルや技の鋭さも測れました。あなたはきっと、ミァン様たちの書き割りを面白くするでしょう。すなわち私の任務に適います。思いがけず、新たな感情を、手に入れられたような気もしますし』
「う、うん? あ、ありがとう」
どうにか取り繕えたらしい。本当に良かった。俺はすべての食べ物を飲み込み、椀の水をぐっと飲みほした。
「それで、これからの」
『よし! じゃあ改めてこの四人で出発だな!』
俺の腕からにゅっと出て来たのは、あの女悪魔。あれから、全く気配がなかったのに。なぜ今いきなり。
『おいどうした、アタイが居なきゃ、書き割りは壊せない。じゃなきゃ、転生者と戦えないぜ』
俺が驚いたのは、いきなり出て来たことだけじゃない。
リオーネと、トリックスが、女悪魔をじっと見つめていることだ。
「レアク、その女の人、ヨーカイなの?」
『闘気でも魔力の存在でもない。肉体生命反応もない。しかし存在しているという判定がなされる。私の意識プログラムはやはり破損したのか……』
リオーネにも、トリックスにも見えるのか。
『そっかそっか、改めてよろしく。アタイはレアクと三年一緒に居る、代行の悪魔さ。あんたたち、なかなかいい書き割りを作り始めたじゃないか。きっと、これから、この世界を面白くできるぜ』
俺はため息を吐いた。この二人には、もう洗いざらい話しちまおう。元々その予定だったのだ。
それは、あの強大な転生者達を相手にする、戦いに巻き込むということなのだ。
言葉を失う二人を、順番に見つめる。
「……リオーネ、トリックス。全部、説明するよ。この世界ってやつと、俺のことを」
書き割り、呪印、転生者。
もてなすための、この世界という真実。
果たして二人は、俺と共に来てくれるだろうか。
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