1-19失われた町を捨てて
ミァンの魔法は後どれほどで完全に発動するのか。岩盤の壁は風の吹き抜ける砂漠の光景すら閉ざしてしまった。
やることは、ひとつ。俺の町と思い出を平然と潰したあの女に接近する。そして、呪印を叩き込む。それだけだ。
一呼吸おいて、わずかだが闘気は出せる。ミァンとの間には百メートルもない。駆け出した。
地面が牙をむく。岩の槍が来る。
『レアクさん、呪印の効果はどういうものなのでしょう』
隣を駆けるトリックスの翼がへし折り、打ち消す。背中から出した翼は、魔力を放出しているらしい。
「書き割りを壊せる。チート能力と、転生者の魔力と闘気を消せる。ただ、呪印が出てるところだけな。闘気を乗せりゃ、反応速度を上げたりもできるぜ」
岩壁を飛び移る。岩の塊がぶつかってくるが、トリックスが撃ち落としてくれた。
無傷のまま、ミァンの居る岩だなに乗った。距離二十メートルだ。
「え、来た」
ミァンは驚いたらしい。反撃してくる様子はない。これほどの規模の魔法、いくら転生者でも魔力が枯渇したか。
「仕方ない。ごめんねみんな」
ため息と共に掌をかかげる。倒れていた魔導機たちが一斉に起き上がった。量産機も、トリックスと同じ、
量産機たちが一斉にジュウを向ける。この岩だなは、機能停止した魔導機に囲まれていたのだ。いや、あえてこの位置で停止させていたのだろう。万が一、俺が接近したときのために。
魔力の一斉射撃だ。今度は体が焦げる程度ですまない――。
『なるほど、それで私は
トリックスだ。最初に俺を助けたときと同じ、翼を広げて魔力の弾丸を止めている。
ほかの
『レアク』
「分かってるよ!」
止められるのは量産機だけ。同型の
俺は突っ込んだ。ミァンに向かうとみせて、一発目は足元に拳を叩きつける。
「あら、読んだんだ」
立ち上がりかけた岩の槍が壊れた。死角からの攻撃は基本だ。
拳を握り込む。ストレートパンチの間合いだ。
ミァンの方は砂を固めて鎧にしている。受けるしかないのだ。
「トリックスからの、プレゼントだ!」
眼鏡が吹っ飛ぶほどの一撃。確かな手応えが拳に伝わる。
ほかの
魔力が途切れる。硬そうな岩が次々に砂に還っていく。かなりの部分が、ミァンの魔力に支えられていたのだろう。
地響きが止んだ。幻みたいに、遠くの山の形が戻る。モンス・オールを埋め尽くした山は戻らないが。
やったのだ。とうとう、パワーゲーマの一人に、俺の拳が届いた。
風が吹く。砂煙が凄まじい。一度に様々なものが砂に還ったせいだな。
だが今度こそ、魔力や闘気は感じない。呪印も――呪印。痛みは途切れていない。滴る血が二筋になっている。
振り向く。裏拳に闘気をまとわせた。
ぎぃん、と金属音。これは剣を殴ったときの感触だ。ごみのような俺を、さらに超えて来る悪らつな奴らとの戦いで何度も味わった。
ごう、と強い風。砂塵が吹き抜けた。
「そこそこの修羅場は、くぐってきたようだな」
ミァンじゃない。男だ。サーコートに鉄の鎧。いたって普通の指揮官然とした。
こいつも、べつの書き割りの主か。よくみれば、後ろにミァンが座り込んでいる。
「ちょっとルール違反だよ。円卓のとき以外では、互いに干渉しない約束じゃない。私の
消しただと。発動範囲十数平方キロにわたる巨大な魔法をか。
男は俺を見つめている。なんだこいつは、闘気も魔力も全く使ってない。技量だけで俺の不意を突き、今も俺の隙を探っている。
転生者のはずだが、武術の達人のようだ。拳闘試合でも闘気や魔力なしルールはあったが、そこでずば抜けた奴がこういう鋭い殺気を出す。
俺の拳を抑えながら、男は後ろのミァンに言った。
「『ただし世界の趨勢に決定的な影響を与える行為は円卓にはかること。そうしない場合、所属員による互いへの干渉行為は誓約違反としない』。砂漠の辺境とはいえ、お前の全力で、地図を書き換えるほどの魔法を発動して、私たちの誰も気付かないと思ったのか」
ミァンは黙ってうつむく。なるほど、パワーゲーマー達にもルールがあるらしい。まあライムやら、その後に魅了の転生者とハーレムの女を殺した奴らが止められなかったあたり、あんまり実効性のあるものじゃなさそうだが。
「ジャグのやつはどうした。こういうことにならないために、お前を任せたはずだぞ」
「商談にいってる……ジュベルナに」
親の行く先をたずねられた小さな女の子のような声。
男の剣がわずかに動いた。
今しかない。呪印で腹を狙う。
がぎ。男は距離を詰め、剣の腹で呪印を受ける。こいつ、確かに剣術と格闘を知っている。闘気や魔法やチート能力に頼っていない。書き割りはあるが、不明瞭だ。
こんな状態じゃ、呪印で殴っても効果がない。まだ会話を続けている。
「そんなに忙しいのか……定款を変えて、CEOを増やすべきだな。どうせマギファインテックはお前の設計図でもっている」
「だめだよ! ジャグくんが頑張ってくれてるから」
「知っているさ。だが、少しは周囲を信じるべきだ。次の円卓で私からはかろう」
余裕かよ、こいつ。内輪の会話ばっかり。
「お前何者なんだよ」
「では名乗ってやろう。ただし、そのいまいましい呪印を切り落としてからな!」
ほんの一瞬、腕に闘気を込める男。俺は弾き飛ばされた。やはり転生者、格が違う闘気を出す。
体勢を崩されている。男が頭上に剣を構えた。狙いは俺の左拳、呪印か。しかし間合いじゃない。それに呪印を斬っても闘気が消えるはず。
「せぇいっ!」
ぎゅお、と空気が裂ける。見えない切り口のようなものが迫る。
闘気を込めた凄まじい剣の振り。それで巻き起こした風、つまり物理現象だ。これは、呪印じゃ止まらん。
『レアク!』
眼前に黒い翼。トリックスか。男の放った風が金属製の羽根に食い込む。
鉄板に金鋸を当てたような不快音。魔力弾を防ぎ切った翼が、一秒ともたず切断された。
「うぐっ!」
ざ。俺の胸元に切り口が走る。血が吹いた。どうにか闘気の防御はできたが、ただの風で俺の闘気を切り裂くとは。
崩れ落ちる俺を、トリックスが受け止めた。
斬られたのとは逆の翼で、足元の砂に魔力を放つ。
砂が大きく舞い上がる。つむじ風が吹いて、砂が辺りを包む。数センチ先も見えないほどだ。魔法で即席の砂嵐を作ったのか。
『逃げますよ。生存不可能です』
「同感だぜ」
俺は闘気をふりしぼり、岩棚から力いっぱいとんだ。
トリックスは背中の翼で器用に滑空していく。
『つかまって!』
言われるまま、骨組みのような金属パーツをつかんだ。俺の体重でも全く落ちない。
魔力を感じる。この翼、魔力で風を起こして飛んでいるらしい。
振り向くと、みるみるモンス・オールだった岩山が離れていく。砂嵐はかなりの規模で、町が残っていたらすべて覆うほどだった。
追っ手は、来ないらしい。少なくとも俺の目では、トリックスと同じ自律型戦闘魔導機の一機も見えない。
「なんで来ないんだろう」
あの魔力を出すジュウなり、ミァンの魔法ならまだ追撃できそうなのだが。
『セイフティが働くからですよ。対暴走プログラムにより、ミァン様から一キロ以上離れてしまった私の魔力炉が、そろそろ爆発するからです』
「は、おいなにを」
爆発だと、ここまでの魔力を出す魔力炉が。あのタマムシのときみたいにか。人型とはいえ、最新鋭の自立型戦闘魔導機の魔力炉が。
防御を――。
『どうか生存してくださいね』
振り向いて笑顔を見せるトリックス。翼が変形し、俺のつかんでいた部分が引っ込んだ。
「うおおおおおお!」
落差数百メートル。闘気で防いでも致命傷は防げない高さ。
地上に落ちるすれすれで、トリックスの体が輝き、轟音と衝撃を放った。
がくん、と俺の肩が揺れる。背中を綿のようなものに支えられ、一瞬を置いて砂に投げ出された。
「……あ、風の魔法か」
トリックスは爆発寸前で、落下地点に浮き上がる風を作った。最後に俺を助けるために。
煙を吹く残骸が砂のあちこちに降り注ぐ。残酷だがまだ肉片のほうがましだ。人のようでも、トリックスは魔導機だったのだ。
まだ、書き割りを作り始めたばかりだったのに――。
『あの、すいません。早く拾っていただけませんか』
声がする。砂の中からだ。
掘ってみると、トリックスの生首がでてきた。首がしゃべってやがる。
言葉を失う俺に、トリックスは声をかける。
『残存魔力で稼働中です。あと数分で完全機能停止します。今からパーツを言いますから、拾い集めてください。とりあえずそれだけ集めてあれば、技術のある方なら復元できます』
「え、あ、ああ……」
それから数分かけて、俺はトリックスのパーツを拾い集めた。あまりに精巧で、機械というより人の残骸集めのようだ。
すっかり拾い集めて、シャツの残骸でふろしきのようにまとめて、背負ってやる。
『予測通り、爆発の影響で周囲の魔力分布が混乱しています。レアク、あなたの小さい闘気なら見つからずに逃げられるでしょう。どこ……り……かい……――』
音声が止まった。魔力も消えている。稼働停止、いよいよただの金属片になっちまった。
俺はもう一度後ろを振り返る。爆発のもやの向こうに、モンス・オールの岩山がうっすらと見えた。
もう戻れはしない。俺は転生者を、パワーゲーマーを敵に回したのだ。
トリックスを背負い、広漠とした砂と岩の間に、俺は一歩を踏み出す。
重たい背中は、俺の始めたことの意味を強めるかのようだ。
『へへへ、生きて帰っちまったな。始まっちまうぜ……お前の書き割り』
呪印から悪魔が現れ、にやにやと俺を見つめてきた。
まあ、これから、というところだろう。
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