1-20世界を定める者達
剣を携え、鉄の鎧とサーコートに身を包んだ男が、部屋にたたずんでいる。
レンガでできた高い天井、広い壁。教会の礼拝堂を思わせる場所だが、椅子や説教台はない。男の眼前には七人掛けの豪奢な円卓。そして背にした壁の天井近くに、ステンドグラスが張られている。
ジュベルナ、メタリア、そしてサラス。円卓もステンドグラスも、この世界を三分する三大国から贈られたものだ。男たちが魔封大戦の勝利の功績を、全て三大国に譲ったからだ。
ステンドグラスの光がかげる。ざらざらと雨の当たる音が部屋に響き始めた。
ぽつ、ぴちょ。雨漏りのしずくが、円卓の上に落ちる。
と、そのしずくがむくむくと膨らみ、青い髪の女性の姿を取った。
「はーい、ライムちゃん参上だよー」
青い髪に青いヴィスチェとボトムス。細い肢体を水色の薄衣に包んだ女性は、男性に向かって誘惑するようにほほえむ。
だが男性は動じない。幼くも成熟しても見えるライムめがけて、ひとにらみする。
何も起こらかった。ただ異様な緊張感が流れる。
「……珍しいな。君が変身体で来ないなんて」
「だって、タクマくんすぐチート使うもん。あれ食らったら、もう、その子になれないんだよ。だったらもう、ちゃんとボクが来るほうがいいでしょ」
「転生前の名はご法度だ。セナと呼ばれたいか」
「……嫌だ。ごめんねタラム」
「いいさ、ライム。いつもに比べると軽いいたずらだ」
「十四歳の中学生だって、十年もこっちに居れば学びますよ」
ライムは末席、タラムはステンドグラスを背にした主席に着いた。
入口の戸が開かれる。現れたのは、目隠しをされたやせ型の男だった。無精ひげを生やした頬、ゆがんだ唇が震えている。
「あ、あ、あの、サラマット様は、冒険者ギルドの会合の内偵で、こら、来られないということで」
歯の根が合わぬほどおびえている男。タラムが立ち上がって近づく。
「連絡ごくろうだったな。しかし、君は誰だ」
「し、知りません。分からないんです。何もかもが、なんだったのか、心で感じることと、覚えていることが、なにか、なにがなんだか……ああ、うわああぁ……」
膝をついて泣き崩れる男。ライムが椅子から見下ろした。
「あ、知ってるよこいつ。冒険者と盗賊のハーフみたいなクズ悪党だ。魔王大陸で村焼いたり、女の子さらって売り飛ばしたり、麻薬売ったりしてたやつ。魔封大戦から生き残ってんの。冒険者ギルドに金渡して逃げてたんだよ。サラマットさんがデータ化して、記憶を探ってたね。世界の裏がどうなってるか分かるって」
「こういう形で、よこしたということは、用済みというわけだな」
タラムがしゃがみこみ、男の頭をそっとつかんだ。
「……え、あ」
「辛かったろう。データとして生きるのは。君はとっくに死んでいる。さようなら」
タラムが見つめると、男は消えてしまった。影も形もない。こぼした涙やよだれの跡すら、床にない。ボロボロだった服の糸くずさえも。
初めからそんな男など居なかった。そう言うしかなかった。
「おやおや、相変わらず容赦がないんだなあ」
赤い髪の男が、入口の扉に現れた。付き添いの少女が傘を差している。
「サラマット。よこしたのは君だろう。来られないはずではなかったのか」
「そのはずだったけどさあ。やっぱり、データを置いてきた。ちょっとギルドに、うざったい奴が居てね。円卓があるからついでにデータにした。久しぶりにみんなの顔も見たかったし、ほら、おじさんには若者と関わるのが最高のクスリなんだよー」
「くらあ! 寄るなおっさん、ボクは今日、変身体じゃないんだ!」
ライムに怒鳴られ、サラマットと呼ばれた男はやれやれと肩をすくめた。
「そうなんだ。珍しいね、ライムちゃん。というか、彼氏さんできてガード硬くなったよね」
「クソセクハラの意味に気づいたんだよ。おっちゃんのお嫁さんになりたいとか言ってたのは、八年くらい前の黒歴史だから」
「えーっと、そのとき、十六だったっけ。一般的には遅いよね」
「……べつにいいだろ! ちきしょう」
「ごめんよー。君は可愛いって。彼氏さんは幸せ者さ」
ふてくされた表情のライムは、恋人をほめられて機嫌を直したらしい。ふんと言ったあと、表情がにやけている。
サラマットが席に着く。伴ってきた少女は外で待ったままだ。
円卓の三つが埋まった。バタバタと大きな音が堂内を覆う。ライムが耳をふさいだ。
「おい、これなんなんだ、ばっかでかい音」
「また妙な魔導機をこしらえたな」
立ち上がるタラムに、サラマットが手で制する。
「だめだ、タラム。今消したら二人とも落ちて来るよ。面倒を起こしたいのかい」
「……ふん」
タラムが席に着く。やがて音が遠ざかり、入口に一組の男女が現れた。
「申し訳ありません。お騒がせして、そのうえ時間ぎりぎりになってしまって」
上背のある青年が、丁寧に頭を下げた。
タキシードの上から、金ボタンのジャケットをはおり、腰には飾られた剣をさしている。胸元には、マギファインテックの徽章がある。
その腕を取っているのは白衣に眼鏡の女性だ。こちらは青年のような仰々しさはない。それどころか、頭を下げる青年の背中をぽんと叩いた。
「気にしないでいいよ、ジャグくんは、私の実験待ってくれただけじゃない。むしろ、こんなに忙しいのに、円卓に来れたのがすごいって。というか、べつに遅れてないでしょ」
「会合に来る適切な時間は、ほかの者の印象の問題だ。が、ミァンの言う通り君たちは遅れていない。ジャグ、気にするな。席に付いてくれ。ミァンもな」
「はい」
「はーい」
ジャグと呼ばれたタキシードの青年、白衣の女性ミァンによって、円卓が二つ埋まる。空席は後二つ。
そのうちのひとつに、むくむくと何かが立ち上がる。植物の芽だ。芽は見る間に成長する。薔薇のような大きな花が付き、ぷっくりと膨れて椅子を覆うほどになった。花弁がめくれて誇らしく咲く。その中から女性が現れた。
「はーい、お姉さんの大サービスよーん」
ビーナスの絵のような見事な裸体だった。
なだらかな肩、広げた細い腕、豊かな胸に、つやめく腹。植物のつるが、辛うじて局部を隠しているが、太ももの白さとふっくらとした印象は、両性の目を捕らえてはなさい。
タラムはため息とともに目を覆う。サラマットは、裸体をみつめてうなずく。隣に座るジャグの目は、ミァンがしがみついて手で隠した。
ライムはため息をついて、自分のビスチェの下を見つめている。
「……グリューネ。君はまともな登場ができないのか」
タラムの指摘に、グリューネは小首をかしげる。裸体に近い体には、葉と枝が絡んだベールのようなものが優しく覆っていく。
「いいじゃない。私もみんなも、それぞれいろんな仕事があるのに、月一回集まるのも大変でしょう。こういう役得があったって、ね?」
腰まで届く長い髪に、薔薇のつるがからんでいく。白い薔薇が咲き、コサージュのように彩る。ほんわかとした微笑みが、美しい髪まで覆っていくようだ。
タラムだけが流されない。
「だからといって、わざわざ種になってまで準備していたのか」
「種じゃなくてヤドリギよー。この椅子、すごくいい樹だったから、一度吸ってみたかったの。席が固定じゃなかったら、間違えて座った子にも絡んじゃったかもしれないわねえ。みんな魅力的だものね、お姉さん大好きよ」
切れ長の目で居並ぶ五人を見回すグリューネ。男性も女性も、一様に背中を縮める。
タラムがげんなりとした顔で言った。
「もういい。君も間に合ったな。後は」
そう言いかけたとき、また外で巨大な音が響いた。
床が揺れ、天井にたまったほこりが落ちてくる。タラムは椅子を蹴って立ち上がり、外に走った。
雨は上がっている。現れた青空が、タラムの出てきた建物を照らした。青い尖塔がそこかしこに立ち並ぶ、大理石のレンガ造りだ。
一見すると大宗教の礼拝堂。しかし奇妙なことに、建っているのは小さな島で、周囲にあるはずの門前町もない。建物のほか、小規模な森と山、そして浜辺だけだ。
その浜辺めがけて水の壁が迫っている。こんな島の十や二十、簡単に飲み込むほどの巨大な波が襲い掛かってきている。
タラムの額に青筋が浮かんだ。剣を抜く。
「いい加減にしないか、ウィマル!」
ぎゅお、と津波が斬れるような一閃。
瞬間、津波は消滅した。魔法の杖でも振ったかのように、穏やかな海が戻った。
遠く、本当に遠くの水平線。ざぶ、と小さな水音がした。
タラムがため息を吐いて戻ると、七つ目の席が埋まっていた。
ずぶぬれの青年によってだ。
「なにすんだよー、タラム。
ローブをべちゃべちゃとはだけると、小魚が床ではねた。サラマットが苦笑して、頭を振る。グリューネだけが、あらあら、うふふと微笑んだ。
ミァン、ライム、ジャグは冷たい視線をくれるばかりだ。
タラムは怒声を放つ。
「普段使えんからといって、一年に一回、円卓に来るたび魔力全開の魔法を試すのはやめろとあれほど言っただろうが! もういい年だろ、落ち着けんのか!?」
去年は三大国の首都が壊滅するほどの巨大隕石と共に落ちて来た。一昨年は、グリューネと協力して天まで届くマングローブを生やした。その前の年は、魔封大戦を思い出すような魔物の群れを召喚して待っていた。
「ちぇー、ちょっとしたお茶目じゃねーかよ。魔法と遊び心は、最高の組み合わせなんだぜー。大人も遊ばないと、心が錆びちまう。年がら年中、けちくせえ坊さんと、コチコチのシスターの話相手ばっかりしてみろよ」
「それは、少し同情するが……とにかく、次やったら海底に沈めるぞ。私の能力を使ってからな」
「うへえ。普通に死ぬじゃねえか。ごめんよ。んで、俺で最後だな」
「……そうだな」
タラムが咳ばらいをして主座に付く。ほかの六人も座った。
全員が襟を正して立ち上がる。声を揃えて唱え始めた。
『我らは、世界のために戦った。ゆえに世界は、我らのためにあれ』
『我らなくして、世界はなし。世界はなくとも、我らはある』
『我ら世界を作る力の源、世界を遊ぶ資格持つ者』
下座の青いビスチェの女性が、高らかに言った。
『我は、“水泡に帰す戦慄”、ライム・ラライム』
赤い髪の青年が、羽ペンをかかげる。
『我は、“天地を覆う耳目”、サラマット・イゴーレン』
タキシード姿の青年が、飾られた剣を抜く。
『我は、“黄金の道行”、ジャグ・リトラス』
隣の白衣の女性がペンをかかげる。
『我は、“魔回路を結ぶ姫”、ミアン・ヨゥク』
花のつぼみから現れた女性が、掲げた手のひらに薔薇を咲かせる。
『我は、“誘い癒す緑”、グリューネ・プランター』
ローブから水を滴らせながら、青年が杖を掲げる。
『我は、“断ち割る魔”、ウィマル・バンジョー』
鉄の鎧に、サーコートをはおった男が、腰の剣を高々と掲げた。
『我は、“最初に来た者”、タラム・バリル』
全員が再び声を合わせる。
『我ら、
絶大な力をもつ、七人の転生者達による、円卓が始まろうとしていた。
※※ ※※
七人が同時に席に付く。タラムが口を開いた。
「まず最初の議題だが」
「はいはいはい! 緊急報告だよ。変なやつと会った。大した闘気もないのに、殴るだけで僕の書き割りを壊すんだ。僕の変身体、この世界で初めて壊されちゃったんだよ! あいつめ……」
「ライムちゃん、それって私の推しのプリンス君を殴って、奪ったやつかもしれない」
「そういえば、あの虎の女の子は、データに魅了されてたはずなのに、なんであんなに自由だったのかなあ。あのデータ、書き割りは結構強かったんだけど」
立て続けに発言した、ライムとミァンとサラマット。
タラムが全員を見回した。
「では議題は、呪印と、呪印を持つ男からだな。ほかに緊急性のある議題は?」
七人ともに、異論はないようだった。
「ならば、まずは、どうするか決めるとしよう。世界の理に反する者をな」
七人の転生者は、それぞれにゆっくりとうなずいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます