1-18魔導仕掛けのトリックスター
『どうして』なんて、俺の方も聞きたい。
こいつは魔導機だろう。ミァンは、絶対に自分に逆らわないように作ったはずだ。
『ミァン様。私は自己判断を行ったのです。あなたは革新的なものを好みます。ゆえに私のような、
「そうだけど……」
ミァンは戸惑っている。だが俺に理屈が分かった。『製作した魔導機はミァンを絶対に裏切らない』という書き割りの一部として作られたこいつは、呪印を食らって書き割りが壊れたのだ。
呪印の本質は書き割りを壊すことにある。転生者のチート能力や魔力、闘気を消すことは、いわば付随する結果に過ぎない。
自立型戦闘魔導機は、その名の通り自らの判断を述べ始めた。
『
小汚いってのは聞き流してやろう。ライムと戦ってから数日、水浴びすらしてないうえに、シャツもぼろぼろだから否定できない。しかたないじゃねえか。
『私は、
そうなのか。世界を思い通りにできるのに、つまらないなんて思うものなのか。
「……」
ミァンは言葉に詰まっている。核心を突かれたのだろうか。
他の自立型戦闘魔導機や、チート能力で作られた量産型達も、微動だにしない。命令が出ていないのだ。
ナインと名乗った自立型戦闘魔導機は、黒い翼をひっこめた。背中が閉じて収納される。俺の腹の下に腕を入れ、かつぎあげる。
「おっ、おい何をしやがる」
『撤退します。ミァン様とパワーゲーマーの方々に見つからない所に』
そりゃありがたい。殺されるところだったからな。
しかし、行かせてくれるのか。まだミァンたちは動かない。
『今のあなたはあまりに無力なのです。力をつけ、意志を磨き、仲間を集めてミァン様やパワーゲーマーの方々と戦い、皆様をもっと楽しませてください』
「それで、お前はどうするんだよ」
『私はトリックスターです。敵か味方か分からぬ者が、物語を引っ掻き回すこともあるでしょう。ミァン様たちを裏切ったとみせて、あなた方を後ろから刺す二重スパイでもいいし、そのつもりが情に流されて、本気であなた方のために戦う、健気な役割でもいい』
人形くさくほほえんで、かついだ俺を見下ろすナイン。呪印がわずかに反応した。魔導機であるはずのこいつに、書き割りが生まれているというのか。
「そういう言い方ってことは、俺に協力してくれるんだな」
『そのときまでは』
パワーゲーマーにつくか、俺につくかを決めるとき。そんなときは、来るのだろうか。だが今生き残るには、こいつに頼るしかない。
「最後にどうするつもりかは、聞かねえ。協力を受けてやる。俺はレアク。レアク・アルタインだ。お前はトリックスな。ナインは番号だろう。トリックスと呼ぶぜ」
『名にこだわりはありません。よしなにお呼びいただきましょう。レアク、
よしなに、ってなんだよ。まあ見た感じ、俺の付けた名前を気に入らないわけでもなさそうだ。『トリックスター』を気取るから『トリックス』、我ながらてきとうだな。
とはいえ、これで大きなミスをした、ミァンとの戦いも生き残った。これからどうなるか知らんが、トリックスも同行してくれるし、どうにか――。
ガシャン、ゴトン。金属音で顔を上げる。
量産機たちが倒れている。姿勢の制御すらできなくなったのか、俺達を囲む二十八体すべてが、大きな人形みたいに。
ミァンは地面に座っていた。椅子をかついでいた、戦闘魔導機も倒れている。それだけじゃなく、魔力で作った椅子や椅子の足さえも砂に戻ってる。
俺達の足元も砂になり、包囲した格子もそうだ。魔力が全て消えたらしい。
「……ちょっと待ってよ。プリンス君。きみ私の推しでしょ」
眼鏡の奥の瞳は見えない。だが幽鬼のような口調だ。
やばいと思ったが、トリックスは答える。はきはきとした口調だ。
『その通りですミァン様。あなたに作られ、あなたに愛され、あなたのために戦うプリンスとして、あなたの退屈な人生に裏切りというスリルを』
「そんなのいらない! 勝手に私のこと決めないで!」
びり、と震えるような叫び。魔力とか闘気とか関係ない。腕を砂に叩きつけたミァン。眼鏡の奥が悲しみと怒りに震えている。
「プリンス君たちは、十人そろって推しなの! 君が抜けたら箱で推せないじゃん! 推しは私のしてほしくないことはしないし、言ってほしくないことは絶対言わないの! そういう風に作ったのに、なんで逆らうの? なんでそんな小汚い変なヤツ助けて、名前もらってんの!? 意味わかんないよ!」
内気な娘がずっと見つめていた男に、恋人が居たことを知った。そんな怒りだ。
呪印が血を噴いた。ミァンは怒りのままに何かの力を使っている。だが設計図を書くわけでもない。闘気も感じなければ、魔力も――。
『……レアク、私の任務は失敗しました』
「ああそうだな。あんなにミァンを怒らせて泣かせたし」
あんなに、はきはきした態度だと、まるで煽ってるみたいだ。
『いいえ。私が破壊され、あなたも死亡するからです。我々を中心に、半径二キロメートルの円範囲に強力な魔力を検知しました』
トリックスの前髪が数本跳ねあがっている。あれで魔力を測っているのか。
いや、なんだそりゃ。半径二キロの円だと。どんな魔法が想像もつかん。
地響きが轟く。俺はトリックスの腕から逃れた。駆け出そうとしたら、砂が岩の槍になって突っ込んできた。
右手の呪印で砕く。三本が胸を狙ってきたが、トリックスが背中の翼で防いだ。
だがミァンに近づけない。地響きは強くなっていく。俺の雑な魔力感知でも、なにかとんでもない魔力の動きがあるのだけは分かる。
「お、お前なんとか……」
黙って首を振るトリックス。そりゃそうかと俺は思った。
トリックスは
くそったれ、なにか方法はねえのかよ。ミァンは地の底から呪うような声で、ぶつぶつ言っている。
「いいもん。今日のことは記憶から消す。地図も書き換える。こんな砂漠の辺境、十平方キロちょっとくらい、鉱物資源がとれなくなっても、べつにマギファインテックは平気なんだから……」
地響きが地震に変わった。俺では立っていられない。辺り一面、ミァンから放たれる魔力しか感じられないぞ。文字通り天地を揺るがしている。
遠くに見える山が動いた。あれが半径二キロメートル。グニャグニャと不気味に歪んで、天まで届く岩壁になった。
こんなバカな。どれだけの質量の岩盤を操ってるんだ。それだけで、ただでさえチートじみている、転生者の魔力、その全力はこれほどだというのか。
大地が迫ってくる。俺の闘気も効かない。世界そのものが造り変えられているようだ。
どうすればいいのか、ここで終わりなのか――そうだとしても、諦めて収まりたくはない。
俺はトリックスの胸倉をつかんだ。
『なんでしょうか』
優男じみた表情は動かない。怒れよ、胸倉だぞ。張り合いがねえな。
「協力しろ。俺にミァンまでの道を作れ。あいつの書き割りを、面白くしてやる」
ほんのすこし、トリックスの唇が動いた。意外だったらしい。
『よしなにいたしましょう。レアク』
俺を引き離すと、ミァンの方を見据えるトリックス。
俺も闘気を絞り出し、地震の中どうにか立った。
あの女、なめやがって。この足元が、モンス・オールの町なのだ。
俺の思い出を消滅させた奴に、一矢報いず死ねるわけがない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます