1-17魔導機の瞳は歪む


 ちょっと、かっこを付け過ぎちまったか。『悪魔』だなんてな。

 だが、なってやる。こいつらが世界を自分の自在に動かすっていうなら。

 この町に残った俺の思い出を、めちゃくちゃにぶっ壊すみたいに。一方的にこの世界の奴らの書き割りを飲み込んで押し潰していくっていうんなら。


「悪魔? うーん……」


 女が腕を組んで考え込む。俺の周囲に渦巻く魔力が収まっていく。

 どうしたんだ。


「いや、悪魔。うん、なんか……安っぽいな。あなたみたいなこと言うやつら、魔封大戦のときに、倒し過ぎておかしくなったのかなあ」


 怒りが収まったのか。プリンスなんて呼んでた魔導機を殴られたのに。

 というか、俺のセンスがなさすぎたのか。


 哀れな馬鹿に話しかけるように、女は俺に語り掛ける。


「ねえあのさ、後悔、しない? ほら私、“魔回路を結ぶ姫”ミァン・ヨウクだよ。パワーゲーマー、っていうのは、聞いたことないかも知れないけど、たぶんあなたが想像してる転生者の、何百倍も強いよ」


 そんなことは分かっている。拳を構えて、目で言ってやる

 ミァンはため息を吐いた。


「はぁ……じゃあ、ごめんね」


 地響きが轟く。魔力が足元で膨れ上がる。地面の下、かなり深い所。何百メートルだ。最初に周囲に作った鎌はおとりだったのか。


 プリンスたちが飛びのく。周囲が暗くなる。巨大な岩の壁が俺の周囲に現れ――違う、山ができる。潰される。廃墟の町ごと呑まれていく。どんな規模だ。


 ミァンの瞳は眼鏡で見えない。掲げた腕に魔力が宿っている。


「閉じろ……指先でつづる造山帯マニピュレイタブル・マウンテン


 もう呪印に頼るしかない。迫ってくる岸壁に向かって殴りつける。

 魔力が散る。壁が崩れる。だが浅い。


 仕方ない。


「うおおおおぉぉぉぉっ!」


 闘気を両拳に振り分ける。キカンジュウのように打撃を繰り出す。

 連打、連打。秒間三発。右左右左右左……呪印を切り替えつつ繰り出す。


 トレーニングでは砂袋をえぐったほどの連打。そのすべてに呪印が乗る。相手は転生者がチート能力で行使する魔力だ。少しずつ壊していく。


 現れ迫る岩山を、どうにか俺一人掘り進む。


「おおぉ、おっ……!」


 やばいぞ、息が上がってきた。闘気が薄れてきた。

 トレーニングをさぼったつもりは――あるな。この町で、拳闘やってた頃と比べると、明らかに。こんなところで、その日暮らしのツケか。


 潰される、潰される。やられたらリオーネにも会えない。せっかく再会した、あの悪魔ごと死んじまう。


「くそ、くっそ……おおおぉぉぉ!」


 闘気が切れた。だが腕を振るう。肉体だけが頼りだ。

 終わっちまう終わっちまう。


「おぉぉっりゃああ!」


 やけくそで繰り出したストレートパンチ。

 無限に思えた岩盤が、崩れ切った。


「はあ、はあっ……はぁ……ちくしょう」


 汗だらけの上半身を起こす。立ち上がって構える。ミァンはどこだ。


 俺が立つのは岩の上。未練がましく残っていたモンス・オールの廃墟は影も形もない。


 この町は、銅の鉱床がある岩山の谷筋につくられていたはずなのだが。

 町のあった谷そのものが、完全になくなっている。まるで山が移動し、互いにくっついて谷をうずめてしまったかのように。

 俺はその町をうずめた岩山の中腹に立っている。


 『指先でつづる造山帯マニピュレイタブル・マウンテン』だったか。ミァンという転生者の巨大な魔法。俺一人始末するために、地下深くに魔力を放ち、岩盤を歪めて地形を造り変えてしまった。


 そうだミァンだ。あいつはどこだ。


「あっれ? あれあれあれ、生き残っちゃってるの、もしかして」


 頭上から声。見上げると岩山の中腹から、ミァンが俺を見おろしている。


 ミァンは椅子に座っていた。たぶん魔法で作り出したものだろう。椅子の足は格子状に分かれ、プリンス君と呼んだ魔導機たちが、担ぎ上げている。


 垂れた白衣のすそが、美しい男たちの頭にかかる。まるで、奴隷に君臨する女王だ。


「いやー、どれくらいぶりだろう。私の魔法で潰れない人。そんな闘気じゃ、防ぐことも避けることもできなかったはずなのに」


 そう言いながら、ミァンは空中に指で何かを描き出していく。

 軌跡は光の文字のように、残っている。数字や計算式、図形。なにかの設計図か。


「君のこと、もうちょっと調べようか。“孤独なる熟練職人アイソレイティッド・クラフトマン”」


 つぶやきとともに、設計図が岩肌に張り付いた。

 断崖が変形していく。魔力も闘気も感じないまま。岩が人型に変わっていく。これはチート能力だ。


 ミァンは設計図づくりをやめない。次々と書き込んで、岩山のあちこちに張り付ける。


 一、二、三四五六……まずいぞ、妨害しないと。


 チート能力なら、呪印ならで壊せるか。駆け出そうとしたときだった。


「あぐっ!?」


 背中に焼き付くような痛み。食らったことのない感覚だ。


 俺の背後、岩のかげにジュウを構えた一体の魔導機。そうだ、ミァンを支えていたのは全員じゃなかった。だが魔導機なのに、魔力が感じられなかったぞ。


 ミァンが俺を見下ろす。すでに設計図は三十枚ほど。あちこちの岩に張り付いて、『プリンス』を簡略化したような人型の魔導機を作り上げていく。


「自信作なんだよ、プリンス君、いや、正式名称は自立式戦闘魔導機オートゥっていうんだけど。装甲には魔力を阻害する繊維が使ってある。でも、たかがパラライザーでそんなに痛がるなんて、君、根性ないね」


 眼鏡が瞳を隠す。この女、相当ブチ切れているらしい。

 体中がしびれているようだ。電撃かなにかを受けたんだな。厄介な。


「まあ、性能試験は進めるけどね」


 周囲の岩が動く。崖がならされ、四角い舞台のように形作られていく。しかも周囲の岩が檻のようになり、俺を閉じ込めた。


「ふっ……ぐっ……!」


 俺がどうにか気合を入れて立ち上がるときには、三十枚の設計図も、魔導機になって立ち上がっていた。

 檻の外から煽るのかと思ったら、ミァンの号令で全員こっちに飛び降りてくる。檻は魔導機たちに合わせて隙間を広げる。


 あっという間に、三十体の魔導機が俺を円状に取り囲んだ。どいつもこいつもプリンス、でなくてオートゥだったか。ミァンを担いでいる魔導機たちを、少々滑らかにした感じだ。


「性能試験開始」


 ミァンの号令と共に、俺の方に向かってくる。


 それも一体だけだ。死角のやつらが動いていないし、ジュウを使うそぶりもない。ミァンをかついでるオートゥと違って、こいつらは、魔力で感知できる。


 腕が剣状に変形する。突いてくる。かわす。呪印のフック。胴体をえぐり壊す。


「ふぅん、右手の呪印が発生源だね。じゃあ次」


 ミァンの号令。右と左に魔力が集まる。腕をジュウにして構えている。同時に正面からもう一体来る。


 俺は闘気を足に集中。正面の奴に迫る。相手は手を剣にするが、遅い。


 呪印のアッパーカット。顔面を破壊する。崩れる体をつかみ、振り向く。

ばしゅう、魔力のジュウが放たれる。盾にしてやった。


「それ、能力の原理は魔力や闘気じゃないね。チート能力は、異世界人に使えないはずだけど。防御はどうかな」


 残りの二十八体全員が、俺にジュウを向ける。魔力が集中していく。


「くそ!」


 右前方を打ち消す。左後ろが来る。呪印を左手に移す。ぱしぃん、と魔力が弾けた。チート能力で作られた魔導機の攻撃は、呪印で防げる。


 だが次が来る。


 拳、蹴り、あるいは腹や背中、胸。撃たれる個所を予測しての呪印転移。

 ミァンは同時には撃たせない。一体ずつ時間差を付け、発射のタイミングを、ぎりぎり俺が反応できる程度に加減している。


 狙いは正確だ。かわすことは不可能。魔力の弾の嵐の中、俺は舞い続けた。


 そして、三周ほどしたところだった。足がもつれて転んだ。

 じゅう、と肉の焦げる音。


「うぐあっ!」


 直撃した。呪印で守っていない、左腕だった。


 仰向けに倒れた俺の体を、棒のようなものが四方八方から押さえつけた。

 呪印のある右拳だけは消えているが、ほかは無理だ。闘気も体力も空っぽ。もう呪印の移動もできない。


「く、そ……」


 目が霞んでいる。連中が何をしてるかもわからん。徹底してなぶられ、消耗させられた。


 ミァンは俺の間合いに入らず、ひたすら自分の作った魔導機で追い込みやがった。それ以前に、巨大な魔法で闘気を使わされたのも痛い。


 調子に乗って最初に呪印を使った、俺のミスだ。これほど的確に戦う奴だったとは。


「なんだろう。防御、っていうか、その呪印がなんでも壊せるって感じかなあ。触るだけで私達転生者の魔力や、チート能力を破壊する、っていうか。試してないけど闘気もかな。でも遠距離攻撃はできないんだろうね。自分の身体強化とかも。いや、できるかも知れないけど、その檻とかオートゥ達を超えて私に一撃入れるのは無理ってことでしょ」


 すべて当たっている。すべてだ。ミァン、油断しきって俺に殴られたライムとは違う。ライムだって、恐らくあれは、ライム本人ではなかったのだろう。


 これが、パワーゲーマー達だ。


 考えてみれば当たり前だ。いくらチート能力があっても、世界中を好き勝手にしようというやつらが、正体不明の能力を前に、間抜けをさらすはずがない。


「弱いけど、変なやつだなー。なんかいわくつきかなあ。みんなに知らせた方がいいのかなあ。でも、生かして捕まえるのはめんどくさいし、生きたまま連れて行って、みんなが危ない目に遭っても嫌だし……とりあえず、死体にしよっかな」


 まずい。抜け出さないと。だがもう闘気は出せない。呪印も動かない。オートゥ達は棒で俺を押さえつけ、もう片方の腕をジュウに変えている。


 魔力が集中している。だめだ、撃たれる。

 魔力の塊。二十八発。呪印を残して俺の体は消し炭に――。


『オートゥ・ナイン。任務を遂行しました』


 魔力は俺に届かなかった。なぜか。最初に俺が殴ったオートゥが、俺と自分を守ったからだった。


「え……プリンス、くん、どうして」


 信じられないというミァンの声。プリンスと呼ばれたオートゥは、背中に黒い翼を展開。俺と自分を守りながら、機械的な目で主人を見返すのだった。

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