1-14よどみが動くとき


 男が去った。一体どういう方法なのかは分からないが、砂丘の向こうに消え、影も形もなかった。ほんの小さな魔力だけ。なにかのチートスキルだったかどうかも、分からない。


 リオーネは完全に気絶していた。過剰な闘気の放出のせいだろう。パーティを組んで前衛で耐えたとき、俺にも何度か経験があった。ここまで、やってくれたのだ。


 守ってもらったおかげで、俺には闘気が残っている。リオーネを抱えて廃墟に戻った。


 一旦、俺の居た廃屋に置く。それから、廃墟全体を探索する。リオーネはここでしばらく暮らしているようだから、ある程度生活できる場所があるはずだ。


 案の定、廃鉱山そばの小屋に、簡素な家具や台所、ベッドが用意されていた。ここがリオーネの家なのだ。

悪いと思ったが勝手に入り、リオーネをベッドに寝かせた。鉱山を探すと入り口近くに泉があり、外からの光で植物が育っていた。毒の無い水で育つ種類だ。


 残骸のようになったシャツのすそを破り、良く洗ってから、水に浸してリオーネの元に戻る。


 まだ気絶していたが、口元に水を絞ると飲み始めた。


「……うん……アミィさん、みん、な、ごめん、アタシだけ……」


 苦しげなうわごと。アミィってのは、確か殺されたハーレムの一人だ。知り合いだったのか、魅了の男のお気に入りだったようだが。


 そういえば、男に殺された女達の亡骸は放置していたな。戦いの中では、死んだ者を弔う余裕がないし、俺がどこかで死んだって、ただ朽ちるだけで、誰も気にかけない。


「お前が、それで喜ぶはずないよな」


 眠るリオーネにつぶやいてみる。宵も深まっている。夜行性の捕食者も出る。そいつらが遺体を損傷させないとも限らない。


「……分かったよ」


 俺はリオーネの頭をひとなですると、闘気を振り絞って駆け戻った。


※※ ※※


 深まった砂漠の夜は、本当に冷える。だが亡骸を抱えて何度も往復し、朽ちかけた材木で五人分の穴を掘り、ついでに柱の十字架も立てた俺は、すっかり温まっていた。


 抜けるような夜空に、星が輝いている。あちこちを、さ迷って三年。野宿のたびに何度も見た空だが、どこかすがすがしく思える。


久方ぶりに、がらにもない親切をしただろうか。

 きい、と後ろで音。振り向くと、リオーネが小屋から出てきた。


「お、目が覚めたな。俺が闘気を出し尽くしたときは、三日は寝たけど」


「アタシ、闘気の回復早いんだ。半分ワータイガーだから。それよりレアク……アミィさんたち」


「ああ。あんなに綺麗な女ども、こんな墓なんて味気ないけどな」


 五人の亡骸は水で傷を洗って血をぬぐい、見苦しくないように整えて、穴を掘って埋めた。十字架もぼろいし、鉱山内のちょっとした草花を添えただけだ。


人生の最後に俺のようなごろつきに体を触られるのは嫌だろうが、獣にずたずたにされるよりましだと思ってもらおう。


 リオーネが右端の十字架の前にしゃがんだ。


「これが、アミィさんの?」


「そうだ。それで、隣がサキュバスの女。その横がダークエルフの女で、隣がバンパイアの女、端っこの小さいのがゴブリンの女だ」


 バンパイアを十字架の下に埋めていいのか、分からないんだけどな。

 リオーネがしゃがみこむ。アミィをうずめた砂に手を触れる。


「……優しいヒトだった。おしゃれとか、お化粧とか、教えてもらった。魔王大陸にマスターの村があって、集めてきた女の人が二百人くらい居てそこで一緒で。アタシはマスターのお城に呼ばれなかったから、狩りしたり、冒険者や傭兵でお金稼いだりとかが多かったけど」


 快楽で支配するチートスキルで集めた、二百人の若く美しい女たちのヒモ生活か。

 あの野郎。自分の女に背中から撃たれ、舌を斬られてよく分からんチートスキルで隷属させられる様は、哀れにも思えたが。


 いや、そこじゃないな。リオーネの気持ちに寄り添ってやろう。


「まあ、時間はあるだろ。好きなだけ弔えばいいさ」


「うん……」


 リオーネはアミィ以外の墓にも触れる。ふわふわと、黒と黄色の毛皮が生えた、虎の肉球の手だ。刀を握っていたほうじゃない。


 腰を覆う布を上げて、虎の尾がゆらゆら動いている。たぶんなにか、リオーネなりの思い出があるのだろう。


 虫の声も聞こえない。砂漠だからか。冷えた夜気が降りてくる。さすがにリオーネも寒いんじゃないかと思ったら、耳がぴくっと動いた。猫みたいに振り向く。


「そうだレアク。お腹空いてない?」


「え、ああ、そういえば食ってないな」


 足音もなく、リオーネが体を起こした。よく見ると、足元も肉球の付いた虎の足だ。刀を持つ左手だけが、人の手らしい。


「よし、ちょっと待って。本当に取ってくるから。虫は大丈夫?」


「……まあ。できたら、肉の状態にしてもらえたら」


 リオーネが駆け出した。三年間も世界中をぶらぶらしてた俺だが、食用虫はあの節足がどうもな。


※※ ※※


 小屋の中央のたき火を囲んで、棒に刺した白い肉が焼けている。じゅうじゅうと音を立てる肉片を、リオーネが俺に差し出した。


「はい、レアク。これ」


「ありがとよ」


 かぶりついてみる。たぶんなにかの虫の肉だろうが、噛み応えのある食感に豊潤な脂とほのかな甘み。うまみも強い。塩の味付けもいい感じだ。


「それはね、砂ケラの腕肉」


 俺の胴体ほどある、砂を掘って進む虫だ。鍋の中身を、木の椀によそってもらう。


「これは」


「……うん、鉱山のコケと、闇グモの塩汁」


 リオーネは微妙な表情をした。まあ、このへんで手に入るものっつったらそんなもんだ。そもそも、リオーネ一人が生き残る程度の食糧しかない。


食わず嫌いは悪い。俺は汁を一口すすった。


「うまいな。コケなのに」


「海苔みたいでしょ」


「ノリ?」


 聞いたことがないな。リオーネが手を打つ。虎の耳がぴょこんと上がった。


「……あ! ノリ食べないんだ。海藻かな。アタシがマスターに連れて来られる前に、昔住んでた所で食べてた」


「海藻か。魔王大陸のリザードマンたちか、ジュベルナの人魚伯領か、あと食うのはどこだっけ」


「二つとも違う。ジュベルナは惜しい」


「ああ、じゃあもしかして……サムライ皇国か」


 今居るメタルスと並ぶ三大国の一つ。剣士や戦士がうじゃうじゃといる武闘派の国ジュベルナ。

 その南東沿岸に、独特な慣習を持った貴族の領地、サムライ皇国があると聞く。特殊な武器を使うサムライって奴らが居るらしいが。あいつら海藻を食うのか。


「アタシ、サムライの子。これ、父上から習った」


 ちき、刀の鍔を鳴らす。岩を斬った刀の技は、サムライのものだったんだな。

 酒場の噂話とかで、サムライは強いと聞いたことがある。パーティで一緒になったことはないが。


 しかし、サムライ達は人間のはずだ。父親がサムライなら、リオーネの母親は魔族の獣人ってことになる。獣人の多い魔王大陸は三大国のそれぞれから、一千キロ離れている。出会えるとすれば―—。


「魔封大戦のとき、母上が父上をつかまえて作ったのが、アタシなの」


 リオーネが目を伏せる。重たい話が来そうだ。

 情けないと思いながらも、俺は反射的に言ってしまった。


「そこから先は俺にしていい話か。今日の夕方、出会ったばっかりの俺に」


「レアク」


 言ってはいけない。片方で止める自分が居ながら、うなだれたリオーネに突き付ける。


「大体、お前、何にも知らなかった俺に、どうしてこんなに良くしてくれる。さっきは成り行きで一緒に戦ったけど、半分はあのマスターをぶん殴りたくなったんだ、俺は」


「レアク……」


 俺は砂ケラの肉に戻った。リオーネも黙って食べ始めた。

 やってしまった。あちこちで恨みを買わないために、自分を出さずにやってきたつもりが。


 あるいは、生まれた村や鉱山を思い出す。気心の知れた連中を、書き割りのせいで失いたくないからだろうか。


 しばらく無言で食事を続けた。

 リオーネが食器を置く。


「母上が、亡くなる前に言ってたんだ」


 俺を見上げる。吸い込まれるような瞳。目が離せなくなった。


「戦争の中で、村に来た父上についていくことに決めたから、母上はアタシを生んだんだって。自分で決めて守ることが大事だって。だからアタシも決めた。マスターの所から逃げて、こんな場所に来てくれる誰かがいたら、その人のために生きようって」


 それが俺だったってことか。書き割りでもなんでもなく、俺は、そんな決意を抱きながら孤独に暮らす、この少女の前に現れちまったと。


 そんなことがあるのか。書き割りでもなんでもなく。


「……だから、マスターに逆らって、あの化け物みたいな転生者にも挑んだのか」


「うん。決めてたから」


 軽いようだが、リオーネの決意と覚悟は、あのパワーゲーマーの赤髪の男が、納得して気まぐれを見せてくれるほどだった。


「アタシ嬉しかった。レアクが助けに来て。レアク、アタシがマスターのスキルでおかしくなってるのを見ても気にしなかったし、マスターの所に居たみんなにも、優しかった」


 人として当然のこと、と言いたくなったが。

 俺を守って戦ってくれたリオーネと、リオーネが大事に思っていたであろう女達のことを考えて、わざわざ動いたのは事実だ。


 何も言えない俺に、リオーネは微笑みかける。


「レアク。今日はしっかり食べて、よく休んで。それで闘気が戻ったら、好きにしたらいいから」


 食べ終わった俺の器に、ふつふつとする汁を盛る。


「一人で行きたいなら、出発してもいい。アタシについて来て欲しいなら、それでもいい。ここに居たいなら、ずっと居ていい。アタシ、レアクのお世話する。こんな廃墟、面白くないかもしれないけど」


「リオーネ……」


「……今日のご飯、とってもおいしい。母上と父上が居た頃みたいに、家に居る気がした。レアクがこれからどうしても、アタシ、レアクのこと、忘れないから」


 瞳に涙がたまっている。


 俺は、心底自分が情けなくなった。

 リオーネ。こいつのために、俺に何ができるだろう。


 呪印の書き割りの赴くまま。誰ともかかわらず、無頼を気取ってきた俺が、変わるべきときが来たのだろうか。

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