1-13セーブ・ローダー
こいつは何者だろう。俺の書き割り、次々と転生者を引き寄せ過ぎだ。
「……おやおや、
聞いたこともない呪文だ。転生者レベルの魔力があって初めて使えるのだろうか。名前からすると、闘気や魔力や気配や音、全ての存在を消す魔法のようだが。
真っ赤な髪の男だ。三十過ぎくらいに見える。ひょろりと背が高く、冒険者がよく着ている皮のジャケットとズボンを身に着けている。腰に飾り気のない片手剣をはいている。ってことは、闘気も使うのだろうか。
こいつが書き割りの元。呪印はじくじくと痛み、血を流し続ける。もうリオーネの書き割りの反応も分からん。間違いなく、あのライムと同じほど強い。
「マスター!」
リオーネが叫ぶ。男の足元。情けなく倒れ伏し、あおむけになって息も絶え絶えなのは、今しがたドラゴンの熱線で消し飛んだはずの、転生者だった。
やはり助けていた。呪印を持つ俺だけが気付いた。リオーネや、ハーレムの女たちは、俺よりはるかに闘気や魔力の感知に敏感だろうが、呪印は持たないのだ。
「サ、サラマ」
「黙って」
「べ」
俺は顔をしかめた。踏まれている男が血を吐いたように見えた。リオーネは刀を構え、目を細めている。
「今の速いよ、レアク。抜いて収めた。見たことないほど、速い技だった……マスターの舌と口を斬った」
俺は全く見えなかった。闘気なしで岩を斬れるリオーネが、見るだけで精一杯か。転生者だろうに、極度の洗練された剣技。
しかも、重傷で死にかけている者の、舌と口を斬って黙らせるとは。
男が転生者をもう一度踏みつける。これから屠られる、家畜を見るような目。口元を機械のように歪める。寒気のする微笑。
「ただ選択するんだ。我々の力に従え。もう一度だけ伝える、パワーゲーマーに従え」
パワーゲーマー。ライムが口にした組織。サリがおびえていた組織。四年、世界をさまよっていた俺が、一度も聞いたことのない組織。
ライムも、こいつも、その一員。
男が涙を流す。声にならない声を出しながら、必死に首を縦に振った。従うのか。
「よし。じゃあ、セーブしてあげよう」
赤髪の男の手に、分厚い冊子が現れる。魅了の男の体が黒い光に包まれていく。黒い光は、赤髪のもう一方の手に現れた羽ペンに集中した。
謎の冊子に、黒い光のインク。これが、こいつのチート能力か。
羽ペンがものすごい勢いで冊子を走り出した。
「……よし、よしよし。なるほど、なるほど……ふんふん。まあ、魅了系チート持ちのテンプレな経歴だね。うーん、初心者向けの鬼畜系エロゲって感じか。やっぱり転移前は学生だね。二十歳過ぎだったか。ちょっとこじらせちゃってたんだなあ、やっぱ……あ、そういうわけでそうだったんだね、ふーん」
口調からして、赤髪の男は魅了の男の何かを見ている。意味は分からないが、絶対に見られたくないもののような気がする。
記憶か。だが記憶なら、一部の魔族が使う特殊な魔法でも見られると聞いたことがある。そんなものが、転生者のチート能力のはずがない。
赤髪の男の羽ペンが目にもとまらぬ速さで動いている。インサツキというのは、こんなスピードで文字を移すのだろうか。まるで機械の正確さとスピードだ。サラスの修道院で一番偉い坊さんでも、ここまでではないだろう。
「あ、あぁ……あ、ああわ、を」
「ん? 記憶から感情が消えていくのが怖いかい。べつにいいだろ、これから君は大好きなゲームの一部になるんだから……よし完了。じゃ、リスポーンね」
しゅ、と風の吹き抜けるような音。魅了の男の首が離れた。またあの抜き打ちの技。
俺はリオーネに立ちふさがり、その目をふさいだ。さすがにむごすぎる。
首と胴が離れた男の体が光に包まれていく。そして消えていく。
切り口から噴き出て、赤髪の男のジャケットにしみ込んだしずくまでが、光とともになくなっていく。あいつの痕跡すべてが、別のどこかに移動していくかのようだ。
「よーし、オッケー。こういうやつはこういうやつで便利だからなあ」
ぱたりと冊子を閉じる。冊子も羽ペンも消えてなくなった。チート能力を使い終えたのだろう。
一体なんだ。セーブ、リスポーン、なんの言葉だ。魅了の男は死んだのか、死んでいないのか。
「さあて、あとは君たちか。あいつの、ハーレムだね」
ざり、と男がこちらに踏み出す。ドラゴンが警戒して牙を剥きだす。女たちが杖やそれぞれの獲物を構えた。
「一応聞いとくけど……君達、マスターに同じように仕える気は、あるかい? 大陸に居る百人くらいと一緒に」
女達の一人、主人を撃ったアミィが、ベールの下から言った。
「馬鹿にしないで! 私たちは私達として、生き直す」
「ご立派だね。じゃあいいよ」
男の姿が消える。かと思うと、女性たちの背後に現れた。わずかな魔力しか感じなかった。魔法らしいが、一体これはなんだ。
五人の女が魔力や闘気をまとう。ゴブリンやサキュバスも、戦闘の経験があるらしい。
だが。
「……ぼくも、粋がる女は嫌いだ」
「あ……!」
女達全員の腹や胸が血に染まる。今度は俺も一瞬見えた。闘気をナイフのように形作り、五人めがけて投げつけたのだ。
すべて急所。しかもナイフは、転生者としての莫大な闘気量を凝縮して作られたものだ。多少の魔力や闘気では防げない。
青いドラゴンが目を怒らせる。
「アミィサン! ミンナ! オマエ……」
熱線が口元に集まる。男は剣を抜かない。闘気も出さない。ただ、魔力が掌に集中している。
目がくらむ光が放たれる。砂を溶かしたドラゴンの熱線だ。
「へえ……魔封大戦が終わったのに、まだこんなに強いのが生き残ってたんだ」
凄まじい熱と光は、男の眼前でかざした掌に吸い込まれるように消えていく。
なんなんだあの魔力。ナイラが俺を殺す気で放った、氷山を呼ぶ攻撃呪文。あの氷の山を作り出すほどの魔力が、男のてのひら、たった一か所に無理やり圧縮されたかのようだ。
熱線の高温があそこですべて冷やされ切っているというのか。クラエアの誰もが見たこともないほどの莫大な魔力を、これほど自由に、正確に操れるなんて。
男は愉快そうに笑い始めた。
「あっはっはっは! いやー強い魔物だねえ。まだ居たんだこんなの、魔封大戦のころ思い出しちゃうなあ。嬉しいからご褒美あげちゃおう……
男が逆の手をかかげた。音符をかたどった青白い魔力がドラゴンを取り巻く。りぃん、りぃんと鈴のような音が響く。次の瞬間。
パキ、と何かを砕くような音。ドラゴンの全身が真っ白になった。凍結している。なにもかも完全に。これだけの巨体を。
再び魔力の音符が弾ける。ぱあん。砂粒と同じほど細かく、ドラゴンは砕け散った。
白い砂のような残骸が、風に吹かれて吹き飛んでいく。
なんだこの魔法は。確か、ドラゴンの鱗は魔力や闘気に耐性があると聞いたことがあるのだが。
「ふー、結構強かったなあ。まあ、氷属性が弱点で良かった。さて」
俺達を振り向く。闘気のナイフを投げた。
「ええぇいっ!!」
気迫一閃。リオーネの刀が俺たちを狙ったナイフを弾き飛ばした。
だがそれまでだ。リオーネは膝をつき、刀を支えにどうにか姿勢を保つ。俺と同じで、闘気を使い過ぎたのだ。
男は俺たちを見つめた。
「……ふーん。なかなか、根性あるんだね。けん制とはいえ、ぼくの闘気を。君はどうするんだい」
男にたずねられ、リオーネは叫んだ。
「レアクと、この人と……生きる!」
牙を剥きだす。虎のような剣歯、戦意に満ちた目。客観的に言えば敗北が確定しているような状況だが、心だけは折れていない。
俺はただ見守っていた。なぜこんなに、力のある者に向かっていけるのだろう。
いや、俺の迷いなど、どうでもいい。ここまでしてもらって、リオーネを見捨てるわけにはいかない。背中から掌に呪印を移した。
来るというなら、やってやる。ライムより隙はなさそうだが、まだ俺の呪印には気づいてないはず。
書き割りを砕くだけじゃだめだ。殴った瞬間を突いて、リオーネに斬ってもらう。それしか助かる方法は――。
「うん。やめた」
「え」
闘気と魔力の放出が止まった。男は相変わらずの笑みだ。
「リオーネだっけ。君は、あの粋がるやつらと違うみたいだ。その弱っちい彼氏さんと頑張って生きたいんだろ。その覚悟がある。だから僕に向かってくる気だ。勝てなくてもね」
認めたっていうのか。一見すると、裏のないような微笑を浮かべる。
「転生者に寿命はないけど、ぼくも、この世界で十年くらい過ごした。来たとき二十過ぎだったから、もう三十超えちゃったよ。おじさんになると、余裕と遊び心が出る。気まぐれに、若い人を応援したくもなる。それに君たちは、あんまり大きな書き割りを持ってない。放っておいてもいいかなって」
書き割りについて知っている。ライムもそうだった。やはり、こいつも、パワーゲーマーというやつらの一人なのだ。
男が俺達に背中を向ける。
二、三歩と歩いてこちらをふり返った。
「……あ、そうそう。もう出会うこともないだろうけど、ぼくが何者かとか、あのマスターがこれからどうなるかとかは、調べたりしないでね。君たちを消すことが、ちゃんと決まっちゃったら、おじさんもこんな気まぐれできなくなっちゃうから」
同じ微笑、子供をたしなめるような口調。
だが、強大ななにかが、のしかかるような圧力を感じる。
リオーネの手が震えている。俺は唇を噛んだ。何をしようと転生者が持つ巨大な書き割り次第で、この世界の全ては決まる。
男の姿が消えた。一体どういう方法でかは分からなかった。
「レア、ク。よかっ……た」
リオーネが倒れかかる。俺は慌てて受け止めた。
浅い呼吸だ。相当に無理をしたのだろう。軽い体。細い腕に腰、こんな体で、俺を守ってあんな奴に立ち向かってくれた。
「……ごめんな」
俺は、あの男に立ち向かうという判断にすら、迷ってしまった。
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