1-11傲慢な魅了者


 俺には『転生者と出会う』という書き割りがある。そして、大抵の転生者は、この世界で唯一自分を脅かす存在である俺を許したりはしない。


 べつに、ライムとの因縁がなくても、俺に近づくことは危険なのだ。

 もちろん、俺から誰かと親しくするということも。――なのに、足が動く。


 岩を飛び、砂丘を駆ける。青白い月が砂漠を見つめている。ひときわ大きな丘に登る。この向こうが書き割りだ。


 てっぺんを乗り越えた。


「……うん? どうしたんだい」


 派手なジャケットを着た男だ。整った口ひげが渋い。


 背後に居るのは青いドラゴン。マギファインテックの魔導機じゃない、本物のやつだ。あのタマムシと同じくらい大きい。二十メートルほどか。俺も初めて見る。


 広い背中に、天蓋付きのベッドが載ってる。そこには、五人の女。ダークエルフと、初めて見るがサキュバス、それに、人間とバンパイアにゴブリンか。


「あんたは」


 俺が尋ねると、男はじろりとにらんだ。


「……生憎と、この世界の男に名乗る名前は持ち合わせてないんだよ。この子を追ってきたんなら、あきらめたほうがいい」


 きざったらしい言い方だが、書き割りはこいつから感じる。

 男の手から桃色の光が出ている。それは細いひも状になり、足元に踏みつけたリオーネの首と、天蓋付きのベッドに座っている五人の女の首に絡んでいる。


 よく見れば、女たちの瞳の中に変な紋章がある。先のとがった桃を逆さまにしたような。たぶん、これがこいつのチート能力だろう。


 男がリオーネから足を離した。リオーネは体を起こしたが、子猫のように男の足にすがりつく。生気はない。


「……ふふ、よしよし。やっと戻って来たね。この子はおれのものだったんだ。最初に取ってきたときから、二年くらい放っておいたから、すねちゃったのかな。ここまで逃げ出しちゃって。それも、魔王大陸からだよ」


 魔王大陸。それは、このクラエアにある四つの大陸のうちの一つ。十数年前、魔王と呼ばれる強大なレッサーデーモンが出現し、占拠していた大陸だ。


 ニホンの単位で、このメタルスから、一千キロ近い距離を隔てている。ジュベルナと、サラスというほかの三大国ともだ。


 リオーネはそんなところからここまで来たのか。魔導船にでも潜り込んだんだろうな。


「こういうわけなんだ。あんたがこの子とどういう関係か知らないけど、すべて無駄だよ。おれは転生者だ。そして、この子はおれのもの。それだけ言えば分かるだろう」


 見せびらかすように、リオーネの頬を撫でる男。ぼんやりとされるがままになっているリオーネ。

 あいつ、恐らく俺を新たに作った男か何かと思ってやがる。そして、その絆を壊してやったとでも思っているのだろう。


 実際は会って一時間も経ってないんだがな。


「……そんな、リオーネ」


 演技をしてみた。男は勝ち誇る。騙されてくれている。同じような目に遭わせた男が無数に居るのだろう。


 さて、どうするべきだろう。ただでさえライムという爆弾が居る。これ以上転生者と対立するのは避けたい。勢いでここまでやって来たんだが。


 恐らくこいつのチートスキルは、女性を魅了してしまうというものだ。強烈な快楽か精神操作により、服従させてしまうというところか。


 じゃあ、後ろのドラゴンは何かと思ったが、どうやら雌らしい。よく見ると首元から薄いひもみたいなのがつながっている。人の趣味にどうこう言うのはあれだが、節操がねえな。


「まだ何かあるかい。もう立ち去ってくれると嬉しいな。おれが戦ってもいいけど、結果は見えてるだろ?」


 紐を持っていない手に、光の剣が形成される。優美な刀身の美しい剣だ。

 達人の領域である闘気の具現化。しかも嫌になる莫大な闘気量。呪印なしの俺の拳では、薄切りになるだろう。


 これもまた、チート能力以外に転生者が持つ最低限の力。クラエアのものでは絶対に敵わない闘気か魔力。


「ひ、ひい……」


 いいうめき声を出せた。一歩下がる。ライムには本気で殺されかけたからな。死への恐怖は新鮮な分、演技に磨きがかかっているか。


 男は鼻で笑う。リオーネを足で追いやり、じり、と一歩近づく。怯えた犬をしつけるような顔だ。


 たとえば、あのチート能力で後ろの五人やリオーネ、あるいは雌ドラゴンに俺を攻撃させた場合、呪印で防げるだろうか。洗脳状態は解除できても、攻撃をそのまま食らえば終わりだ。まず、あのドラゴンが火か吹雪でも吐けば、それだけで俺の闘気じゃ防げる気がしない。


 直接対決にしないとだめだ。男の書き割りを砕くなら。


「うーん、なんか妙だなあ。なんで逃げないの。逃げることもできないくらい、ショックってわけでもないみたいだし」


 止まりやがった。


「まさかと思うけど、おれが直接来るのを待ってる。何か考えがあって。おれと命がけで戦ったら、リオーネがお前のことを思い出すとでも思ってるのかな」


 誤解だ。リオーネを説得できるとは思っていない。というかするつもりもない。だが、警戒はされている。ぐじゃぐじゃと長く考えすぎた。


「……この子は、どーでもいいけど、君がこの子を自分のものだと思って死ぬのは違うなあ。うん。ちゃんと、分からせてあげようか」


 ひもが桃色の光を放つ。リオーネの首元に巻き付いたまま輝く。

 リオーネがはね起きた。俺を見据えている。脚を開き、半身で俺めがけて構えた。刀をゆっくりと押し出していく。岩を斬ったあの技だ。しかも、今度は闘気がついている。


 転生者である男ほどではないが、俺よりかなり上だ。あれで、抜き打ちを使われたらまずい。


「死ぬ前に言っとくけど、この子はおれのものだから。おれのものだってことを、この子が自分で示すんだ。勘違いした馬鹿な男を、おれのために斬ってくれるんだ」


 首輪が強い光を放つ。リオーネは恍惚とした顔だ。瞳の中の紋章は一層強く輝いている。服従と快楽か。こいつのチートに取り込まれた女は、どれほど大事なものでも、笑いながら殺して壊すんだろう。


 あるいは、この男の慣れた様子。リオーネを含めてこの男のハーレムの女は、すでにそれをやらされたのかも知れないな。


 ド外道だ。殴っても心が痛まないタイプの。


「さあ。やってよリオーネ。きみ自身より綺麗な、居合の技を見せてほしいな」


 来る。もう白羽取りしかない。九割は死ぬが、闘気を全開にする。くそ、成功しても倒れるぞ。


 呼吸を読め。動きを凝視しろ。俺だって修羅場はくぐってる。

 風が流れる。砂が巻き上がる。俺とリオーネたちの間に砂のつぶてが舞う――。


 つぶてが斬れた。来る。しまった、こっちの動き出しが遅い。


 やられる――。


『れ、レア、ク……』


 リオーネが泣いている。チート能力で操られた瞳から涙が。

 遅い。これなら間に合う。


「ふ、ぐぐぐ、ぐっ……!」


 脇腹にぐず、と数センチほど刃が食い込む。体を守る闘気を、紙くずみたいに貫かれた。

 しかし、止めたぞ。決して破れないはずのチート能力が、ほころんだ。


 呪印が反応している。転生者である男を示す書き割りの痛み、そして、リオーネに感じたむずむずとする書き割りの感覚も同じ。


 リオーネ。こいつ自身の書き割りが影響している。わずかだが、この世界の者ながら、転生者の書き割りに食い込んでいる。『チート能力で女を操って、恋人を殺させる』という書き割りが、ほんの少し歪んだ。


 だから、あれほど美しい刀の技が、俺なんかでも止められた。


「あれえ? おっかしいなあ。リオーネ、演出はいいよ。ばっさり行ってほしいんだ」


 男が首をかしげる。完全な能力の支配下にあると思っている。


 リオーネは反撃してくれるだろうか。いや、刀には闘気がこもっている。ほんのわずかでも力を抜けば、俺は後ろの砂丘ごと、上半身と下半身がさよならするだろう。


 男の書き割りが壊れればともかく。リオーネの書き割りは、チート能力に対して俺のことを思い出し、わずかに手心を加える程度で、精いっぱいなのだ。


「……仕方ないなあ。じゃあもういいよ」


 刀が引っ込んだ。リオーネが刀を納める。


「おれがやるよ。こいつ、目が死んでないのが気にくわない」


 闘気が膨れ上がる。生成された光の剣が膨張する。見る見る男の身長を超える。ドラゴンの首さえも、砂丘すらも。


 掲げた。巨大な光の柱だ。天から降る神の光と言われても信じられる。


 これが、転生者の力。クラエアという世界の誰もが、すべてを諦め、疑問にも思わないような。


 男が俺を見つめる。ごみを見る目。

 どこだろうと、絶対に存在を許さないという敵意。


「おれの女を奪うヤツは死ね。それが救いだ。光輝なる救世の剣セイヴィアーズ・ライトブリンガー!」


 夜気が裂ける。夜中の真昼が来る。際限なく明るい。

 俺を潰す闘気の大剣。だが――俺には呪印がある!


 右手一本。頭上にかざし、下りてくる柱を支えつつ、男の元へ駆ける。


「あ、ありえない。異世界人がこんな……」


 俺は強く右手を握る。頭上で剣が折れ砕けた。呪印の前には、転生者は無力。


 男が剣を消した。左手の紐も消した。魅了もやめて俺を殺す気だ。

 まだ、もう一歩間合いが遠い。一瞬あれば、相手は俺を殺せる。


 逆手持ちのダガーを生成。俺を殺すべく待ち構える。


 その、側頭部。黒い鞘がぶつかった。

 リオーネだ。チート能力が弱まった瞬間、刀の鞘を投げつけた。

 

 気を取られた男。俺は間合いに入った。


「好き嫌いぐらい、女の自由にさせてやれっ!」


 呪印の拳。握り固めたアッパーカット。


 書き割りが壊れる感触。見事に、男のあごを捉えた。

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