1-10刀と孤独のリオーネ


 亜人と俺は呼んだが、正確にはワーウルフとかワーキャットとかいった獣人だ。


 この世界の人間ぽい生き物は、二種に分かれている。

 ひとつは、俺のような人間とかエルフとか、人魚、オークが属するヒト族。

 もうひとつが、ゴブリンとかサキュバスとか、バンパイア、あるいはこの少女はハーフのようだが、獣人といった魔族。


 寿命や魔法の適性を除けば、ヒト族も魔族もそれほど違いがない。だが、魔族の多くはかつて魔王に率いられ、現在ヒト族とされている者達に戦争を仕掛けたことがある。


 だからというか、転生者達により魔王が倒され、三国協定が結ばれた後は、仕事や住居、財産の相続、土地の所有権やら何やらで魔族は差別を受けている。


 まして、こいつは恐らく人間とのハーフだ。年は若そうだが、こんな廃墟に住み着くほかないのだろう。このメタルスの国は全体的に治安がいいが、利用価値のない砂漠には、打ち捨てられて誰も来ない廃墟が無数にある。


「どうした。オマエ、しゃべれないのか。お腹、すいてるのか」


 ひょいと近寄ると、心配そうに俺を見上げる。サリやナイラとは違う、素朴な可憐さだ。見ず知らずの俺を本気で心配しているらしい。


「……あ、いや、すまない。ここはあんたの家だったんだな」


 少女は寂しそうに笑った。


「そうだけど……そうじゃない。家は、家族の居るところ。とーちゃんも、かーちゃんももう居ない」


 くそ、俺というやつは。こっちも笑顔を作った。


「悪かった。俺はレアクというんだ。あんたは」


「リオーネ。レアク……うん、レアク、覚えた。レアクはどうしてここに居るの」


 まあ、そう聞くよな。だが見たところ善良過ぎるリオーネだって、俺を囲むものに巻き込みたくはない。


「……ちょっと理由があってな。いろんなもんから逃げてきたんだよ。まあでも、ここはリオーネの家だよな。ほかに行くぜ」


 すれ違う瞬間、袖をきゅっとつかまれた。


「だめ、居て。アタシ、もうどれくらい、人と話してないか分からない……そうだ。レアク、もしアタシでいいなら」


 背中に手を回し、胸元の布を外そうとする。まずい。

 肩をつかむ。さすがに獣人のハーフ、細く見えてしなやかな筋肉がある。じゃなかった。


「まっ、待て待て待て。ちょっと考えろ、俺が何者か分からないだろ。それはダメだ。俺みたいな行きずりの奴に、簡単に許すことじゃない」


「でも。でもアタシ、一人やだ……生きられるけど、誰もそばに居ないなんてやだ。レアクが居てくれなかったら……こんなところ、誰も……」


 とうとう涙を浮かべ始める。会ったばかりの俺にここまで言うなんて、どれだけ寂しかったんだろうか。どれほど長く、ここで暮らしたんだ。


 面倒なことになったな。鉱山を出てから三年、サリやナイラといい、あのライムもそうだが、急に俺に干渉してくる奴が増えた。そうならんために、こんなぼんやりと生きてたんだが。


「レアク、お願い、一緒に居て。そうだ。えっちなこと、いらなくても、レアクを追ってくる奴と、アタシが戦うよ」


 どういうことだと聞く前に、リオーネがひょいと跳ぶ。枝葉が風に流れるように、あばら家の隙間から飛び出す。


 この身のこなし、なにかの武術を修めている。それも相当な領域まで達してるな。


 リオーネを追って外へ出た。すっかり暗くなって、抜けるような空に三日月が輝いている。


 月光の下、リオーネはゆっくり息を吐く。肉球のある虎の足を引き半身に構えている。じり、と足元が動く。金属音がした。これは刀の鍔鳴り――。


「てえやぁっ!」


 気合の発声。俺は頭からつま先まで震えた。これが寂しさに潰されそうな少女か。

 いや、刃が鞘を滑り出ている。いつ抜いた、振ったんだ。


 岩石に線が走る。砂つぶてが切れている。岩塊がずれていく。どん、地面が揺れた。


「お、おいおい……」


 なんなんだ。今の、闘気を使っていない。純粋な反復と技だけで岩を斬ったぞ。


 俺も不良冒険者みたいなことを、三年ちょっとやっている。メタルス、ジュベルナ、サラスの三大国、短い間だが魔王大陸にも行った。だが、こんな技は見たことがない。


 月光を浴びながら、刃が鞘に戻っていく。ち、と鍔を鳴らし、丁寧な納刀だ。

何度繰り返したら、こんな美しい動きができるのだろう。獣人の寿命は人間と同じくらいのはずだから、どう見てもこの少女は俺より年下なのに。


「どうかな、アタシ、役に立ちそうか? レアクが怖がる奴、斬れそうかな。そうしたら、一緒に居てくれるね」


 嫌だと言ったらどうなるんだろう。ライムが俺を見つけて仕掛けてくるより先に、俺はあの岩のようになるのかも知れない。


「……ま、まあ、次の村に行くにも、闘気が切れちまってな。休まなきゃいけないんだけど、マッチがしけって火がつかないし、水も、食べ物もなくて困ってて」


 ぱあっ、と、リオーネにあどけない笑顔が咲いた。猫を思わせるような瞳、丸い虎の耳が動く。


「まかせろっ! 砂漠にも生き物いるぞ! 泉もある。あとこれライターな。火を頼んだ」


「うおっ、ちょっと、おう……」


 オイルライターはかなりの高級品だが、これもときたま冒険者ギルドで買える。俺に投げ渡すと、リオーネは廃墟を走り出た。


 俺は黙って元の廃屋に戻ると、集めてきた薪に火を点けた。


※※  ※※


 リオーネは一体何者なのだろう。転生者ではないことは確実だろうが、ならなぜ、わずかとはいえ、呪印が反応する書き割りを持っているんだ。


 なぜ、こんな廃屋に暮らしているんだ。なぜ俺と出会った。呪印を持つ俺は、転生者と出会うこと以外、書き割りの因果関係に巻き込まれることがないから、まったくの偶然なのは確かだが。


 分からんことばかりだ。あのライムって奴といい、もういい加減頭がこんがらがってくる。


「まあ、体も温まってきたし……あとは、あいつがどんな食い物を持ってきてくれるかだな」


 砂漠だと、砂モグラか、砂ヘビか。水も用意してもらえるかもしれない。確か、獣人も人間と同じようなものを食べていたはずだし、変なものは持って来ないだろう。


 ぱちぱちと枝がはぜる。たき火を見つめていると、ふと、サリ達のことを思いだした。


「あいつら、大丈夫かな」


 パワーゲーマーについては聞きそびれたが、ライムのような転生者が所属する組織なのだ。相当の力を持っていることは確実だろう。恐らく、今の世界を裏で動かしているに違いない。


 パワーゲーマーは二人を、ザルダハール家を生かしておくだろうか。


「……問題は、あのお嬢さんだな」


 ライムのような転生者が、世界のどこかで理不尽な殺しをしていることを。それを許す巨大な組織がこの世にあることを、サリは見過ごせるだろうか。


「なんなんだろうな、本当に」


 ライムに虐殺された者と、その痕は、きっとライムの書き割りに取り込まれるのだろう。ライム自身が心を痛めないよう、世界の流れに傷を与えないように、因果関係や感情が操作されていくはずだ。


「でも、これでいいんだよな……これで、よかったんだ」


 拳と呪印がうずく。もう三年になるか。俺のせいで鉱山が崩壊してから。ここからは遠いが、あそこもメタルスの国だった。


「……いや、これは本当に痛い。また転生者か」


 呪印がうずいている。リオーネの反応じゃない。またべつの書き割りだ。ライムのときほどではないけれど。


 立ち上がって一瞬ためらう。リオーネは確実に俺より強い。だが、転生者の書き割りには敵わない。もしも、ライムのような性根の奴だったら。


「くそっ!」


 ほんの少しの闘気をまとい、俺はあばら家を飛び出した。砂漠の夜気の中、湿った砂を蹴る。


 転生者は、基本的に世界を豊かにする。書き割りで、世界の役に立たぬものを、呑み込んで滅ぼすことで。


 書き割りに塗りつぶされていく悲鳴は、誰一人気に掛けることがない。


 呪印を刻まれて四年。大失敗をして三年。

 いくら空虚を気取っても、俺が殴りつけたいことだった。

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