1-3積もる不可解


 俺に力を押し付けた悪魔いわく、俺には能力と同時に書き割りも備わったそうだ。


 それは、『転生者と出会う』というもの。


 立ち寄った街の冒険者ギルドに居るとか、カサギのように訪れた場所の領主をしているとか。

 あてどもなく旅をしているつもりが、いつの間にかこの世界の運命を左右する転生者たちと出会ってしまう。それが四年前、『書き割りを壊す能力』と共に宿った、俺の『書き割り』。


 悪魔がすぐにわかると笑っていたことの意味が、四年経ってやっと分かってきた。


 今もそうだ。池から上がった俺は、タマムシの後をつけ始めている。

 同じ船ほど近い距離に居れば、すぐに分かる転生者の書き割り。それを、あそこの誰も持っていなかった。


 こうして後をつけ始めると、確かに刻印がうずくというのに。

 一体どういうことだというのか。持たなくていい好奇心が抑えられない。


 タマムシの魔導機は、六本の足を森の木々の間について進む。外の俺からはがちゃがちゃと不格好な歩き方に見えるが、貴族の女たちの乗る胴体部分は揺れが少ない。


 木々を飛び移りながら追いつく。このくらいの移動は俺でも可能だ。


「おっ、メタルスのマギファインテック社製か」


 背中の所に、スパナとドライバーを重ねた紋章が見える。あれはこの国、メタルスに本社を置く、マギファインテック社、純正の魔導機だという証。


 魔導機は、十年前に、マギファインテック社を起こした二人の転生者が基本システムを設計。爆発的にこの世界に普及させた。その元祖が太鼓判を押したのがあのタマムシ。二流品のはずがない。


「金かかってるなあ……うっ」


 きらきら光る七色の背中を見つめていると、左手に鋭い痛み。


 握っていた木の枝ごと凍っている。

 まずいと思った次の瞬間、両足まで凍った。


 これは攻撃魔法だ。木の中の水分と空気中の水分を利用しやがった。


 タマムシの動きが止まる。背中の一部が開いて、女がひょっこり顔を出した。

 あのメイド。ナイラだ。あいつ、氷の魔法で体を冷やしていたが、ここまで正確な攻撃にも使えるのか。


 かなり高い魔力らしいが、あいつは転生者じゃない。チート能力の魔法なら俺に効かないし、書き割りの存在を感じないから。


「なにしやがるんだ、解いてくれよ」


 ナイラは聞こえないふりをする。タマムシの横っ腹の窓が開いた。出て来たのは俺の傷口を乱暴に縫った女だ。


 確かナイラは、サリとか呼んでたな。


 サリ、サリ、どこかで聞いた名。ザルダ家だって言ってたな。

 くそ、賭場じゃなくてコーヒーショップに行って、新聞とかに目を通しとくんだった。教養なさすぎるぞ俺。


 サリは部屋にいたのか、薄桃色のドレスに、相変わらず豪奢な金色の巻き毛を揺らしている。ごてごて飾り立てた双眼鏡のようなもので、動けない俺を見つめてきた。


「まあ、凍傷じゃない! 早速処置をしなくちゃ! 骨の損傷はあるのかしら」


 ないことを祈る。ナイラが答えた。


「魔法は最低限の威力にしております。ですが、万一の場合はご用意を」


「切除ですのね!? どうしましょう、骨鋸は用意していたかしら。足がなくなったら、領地の使用人にでもしてあげましょうね。そうすれば、コソドロの性根も」


「お嬢様」


「……まあ、私ったらはしたない。他人様の財産を勝手に消費する生活も、きっと改めることでしょうね」


「お嬢様の医術に、この男の全てが救われますよ」


 話が見えて来た。サリとナイラの中で、俺は自分を救ってくれた貴族の後を付けて何か盗もうとする薄汚いごろつきだ。だからナイラが魔法で制裁を与えた。


 そしてサリは寛大にも、裏切ったクズ野郎の俺を許し、命を助けるため凍傷になった足を切り落とし、領地で飼って性根を治してやるということだろう。


 すげえな。いや、貴族的には下々ってのはそんなものだっていっても、どんな都合のいい解釈してんだ。


「サリ、サリ……あ!」


 思い出した。サリってのは愛称だ。転生者たちにも並ぶとされるザルダ家の当主、サバルク・ザルダハールが猫可愛がりしている娘の。


 二十一歳にして、あらゆる国の王子や領主のあらゆる求婚を断り、『私の心の赴くまま』に暮らしているサリーナ・ザルダハールの。


 わがまま放題に育った果てに、ニホンから来た転生者が伝えた医学にはまって、医学書を斜め読みし。

 けが人や病人と聞きつけると、誰に頼まれるでもなく七色に輝く美しい魔導機であらゆる国に駆け付け、結果はともかく、有無を言わさず命を助ける治療を施し。


 ザルダ家お抱えの出版社から、自らをモデルにした『人道の天使』シリーズを発行して、あっちこっちに売り付けている、コメントに困るお嬢様の。


 あー、なんてこった。やばすぎるぞこれは。


「お、おい勘弁してくれ! お嬢さんたち。あとは付けたが何か盗もうってわけじゃない。街か村でもあるかなと思っただけさ」


 書き割りうんぬんっつっても通らないのは分かっているが。ナイラはため息を吐いた。


「信じられるものですか。お嬢様が救ってくれたことをこれ幸いと、悪い考えを起こしたに決まっていますわ。あなたのような卑しい男は」


 くそ、多少理解はあるかと思ったが、だめか。サリも同調する。


「その通りよ。でも心配なんてない。この私が、きちんと、使い物にならぬ足と一緒に、あなたの悪い考えを切り落として差し上げますわ。下々を導くは、偉大なるザルダハール家に生まれた者の勤めですもの」


 美しい瞳と、可憐な微笑み。言葉が通じても、説得は絶対に不可能な奴ら特有の圧力。なんてこった。キマっちまってる。このお嬢さん。


 えらいのに、目を付けられちまったぞ。どうすんだこれ。


 考えろ。好奇心で追ってきた俺も悪いが、馬鹿貴族の趣味で脚を切り落とされるのだけは嫌だ。基本的に死ぬのも嫌だしな。


 そういえば、サリは一応、気絶した俺の症状からサバクヒカリサソリの毒と特定していたな。話は聞かんが、まともに人を救うつもりはあるのだろう。


「ま、待ってください。サリお嬢様。私が確かに卑しい盗人かどうか、あなたご自身で今一度ご判断ください!」


 ナイラが首をかしげる。サリもきょとんと俺を見返す。

 ちくしょう、サリの方は本当に美しい。というか、あいつは外見だけなら、俺の理想である『一つ、二つ年上のグラマラスで品のいい美人』にぴったりだ。


「お嬢様の火で、ナイラ様の氷を溶かしていただきたい。そして、本当に足を切り落とすほど骨が損傷しているか、私が卑しい盗人というほどのものか、お確かめ下さい。その後は、二度と御前に現れたり致しません!」


 とにかく投げつけてみた叫び。必死過ぎて涙も流れた。かっこ悪いが、どうやらサリの好奇心をそそれたようだ。


「ナイラ、やってみてもいいかしら」


 そう言いながら、もう杖を取り出している。話は聞いていない。


「炎よ、明るく熱く我が敵を照らせ! トーチ!」


 高らかに叫んだ呪文。小さな灯りを作るための基本的な呪文だが、凍傷を温めるのにも役立つのか。


 かと思ったら、俺の手足に炎が巻き起こる。なんだ、こりゃ初級の攻撃呪文ばりだぞ。凍傷がだめでも火傷する。


「ぎゃああああああ、ぁ、……?」


 なんだ、熱くない。確かに燃えているのに。

 こけおどしか。いや、する意味がない。サリはそんな回りくどいことできないだろう。

 効いていないのだ。これは、転生者のチート能力を受けた時と同じだ。


「あれ?」


 それどころか、手足も動くようになった。ナイラがかけた、氷の魔法さえも効果を失っている。こちらも解除されたわけではない。まだナイラに魔力を感じる。


「痛っ……なんだ」


 右腕、はおったシャツの下。呪印が痛んでいる。書き割りの気配が大きくなっていく。こいつらは転生者なのか。


 いや、さっきは違った。一体どういうことだろう。

 二人の顔を見比べる。サリは満足そうに炎の魔法を続ける。ナイラはやれやれとため息でもつきそう――いや、うっすらと唇が吊り上がった。


 バン、タマムシの背中がもう一か所空いた。つなぎ姿の男が、二人に向かって呼びかける。


「お、お二人ともお止めください。魔力炉が急に異常な反応を」


 その瞬間、俺でも確かに感じた。タマムシの中心から、巨大な魔力の胎動を。

人間に扱うのは不可能な量。これは魔力炉から漏れ出たものだ。


 後ろにとんだ。できるだけ丈夫そうな木の影に入る。闘気をあるだけ出して身を守る。


 ぱしいん、甲高い音が走った。瞬間、タマムシが内部から裂け飛んだ。


 黒煙と炎が青空を突く。破片が木々の間に落ちた。

 俺のそばを炎と魔力が通り抜けていく。転生者のそれではない。闘気で身を守らなければ、本当に大けがをするほどの量。


 魔導機であるタマムシは、大爆発事故を起こしたのだ。

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