1ー4炎から生まれたもの


 俺は詳しくないが、魔導機は膨大な魔力を魔力炉の中で反応させているという。それはもう、転生者や、天賦の才に恵まれたわずかな者にしか扱えないほどの魔力量だ。


 万一そんなものが、タマムシを動かすという目的から外れた反応を起こせばどうなるか。


 俺の目にしたのはその結果だった。あれほど大きく存在感のあったタマムシが炎に包まれているのだ。


 吹き荒れる魔力。これは書き割りじゃない。呪印じゃ消せない。


 しかし、助けないわけにもいかない。俺は息を整えた。


「フゥ……」


 最大限の闘気を維持する。数分だが、これで炎となって殺到する魔力に対抗できる。


 闘気はヒト族や一部の魔物以外に存在しない特殊な力だ。肉体や武器を強化したり、魔力にぶつけて防御したりできる。達人は魔法とは別の形に具現化したり、放出したりもできると聞く。


 冒険者に傭兵、兵士に騎士や軍人などなど。いわゆる戦う職業は、この闘気か魔力のどちらかを伸ばし、一般人以上の力を振るうのだ。


 俺のような旅のごろつきもだ。魔力の中、顔をしかめて木のそばを出る。サリがタマムシから噴き出す炎をとどめていた。


「あ、あなたは……!」


 俺を見ておびえたような顔になる。それはそうか。こいつの中で、俺は恩知らずの盗人で、足を切って更生させてやるべきごろつきなのだ。


 サリは左手を炎の制御に使う。右手を俺に向け、こちらをにらんだ。


「反撃させていただきますわ、私達から何か奪おうというのなら」


 暴走した魔力炉の魔力を、必死に操ろうとしているサリ。


 ドレスの一部が焼け、美しい手足の端に痛々しい火傷。最初の熱波で不意を突かれたのか、露わになった左の肩が痛々しく焦げていた。


 ここまでだと、たとえ火傷が治っても残酷なほど醜い傷跡になる。


「おびえんなよ、何か手伝えることはあるか」


 大したものだ。ここまで負傷しながら、サリの周りには、噴き出す魔力と熱波の空白が作られている。使用人や技師たちが数十人も集まっていた。


「生存者はそいつらで全部か? 探してやるぜ。俺を信じてくれるなら」


「……結構です。たとえ私が焼け死んでも、船の者達は死なせない。ザルダハール家の問題で、ごろつきの手を借りたとあっては、弟や妹達に迷惑がかかりますわ」


 まあ、そういう答えになるよな。サリは一人でやる。支えきれない波が来たなら、他の者の盾となって死ぬだろう。


 それが、暴走したタマムシの持ち主としての貴族流の責任の取り方だ。


 こういう立派な女に甘やかされて暮らしたいもんだ。じゃなかった。


「じゃあ勝手にやるよ。俺も、ちょっとは闘気が使える。二人ずつくらいなら、技師さんや使用人さんをこの波の外まで運んでやれる」


 言いながら、技師とメイドの腰を抱え上げ、魔力の波から飛び出した。池のほとりに二人を置いて、また戻る。


「あ、あの」


「聞かねえよ。逃がすと決めたからな。あんたの医学と一緒だ」


 そう言ってやると、サリは言葉に窮したらしい。


 何か言おうとして、ぐっと黙る様は、気分を損ねた少女らしいというか。婚約者が殺到するのは、ザルダハール家の令嬢だからってだけでも、なさそうだ。


 俺が全員を運んでやる頃には、魔力の波も一時期よりは落ち着いていた。

 とはいえ、まだまだ危険なのだが。


「これで全員だぜ。あんたも運ぶか。そういや、ナイラの姿がないな」


「あの子は……まだ生存者を探すと言って、船の中に」


 タマムシを見つめるサリ。俺は唇を噛んだ。生きてるはずがないからだ。


 なるほど、炎となってあふれ出る魔力は減ってきたが、まだまだ船は火だるま。

 サリの居たバルコニー、ナイラや整備士の出て来たような窓は、どれも内部からの炎にあおられ、バタバタと開閉している。


 ナイラは氷の魔法を使う。ある程度ならば身を守れると考えたのかも知れないが、間違っていたと言わざるを得ない。暴走する魔力炉に近づけるのは、魔法の得意な転生者くらいなのだ。


 転生者。そういや、また書き割りを感じなくなった。呪印の痛みも引いている。一体あれは何だったんだ。


 そう思ったときだ。タマムシの方で再び魔力が膨れ上がった。


 やばい。だがサリは俺めがけて左手を突き出す。


「火炎よ、我が敵を穿て! フレイムランス!」


「ぐっ」


 うめく。腹が火であぶられた。闘気のガードを貫いている。下手したら内臓まで焼かれただろう。だが俺は、炎の槍で吹き飛ばしてもらえた。


 二度目の爆発。タマムシが一瞬で見えなくなる。サリもだ。今度は地響きと空気の震えさえ伴っている。


 サリの姿が炎と爆発の中に消える。その瞬間の表情。 


 凛々しいとさえ言ってよかった。覚悟なんて、安い言葉も当てられない。

 身勝手で迷惑だが、自分の志に誇りと意気を持つ。真の貴族ってのが居るなら、こいつだと思える。


「サリ!」


 俺を助けた火の魔法は、最後の息吹だったのだ。使えば死ぬと分かっていて、コソドロの俺を助けやがった。


 魔力が駆け抜けていく。腹は痛むが、闘気を集中する。救われた命だ、守り抜かないと――。


 びき、と右手の甲に痛み。呪印が強く痛む。『書き割り』だ。今度は前のように半端じゃない。


 転生者だ。だが、こんな炎の中に……。


 魔力と炎の波が空気に散っていった。黒焦げになって、ちろちろと小さな火をまとうタマムシの残骸。


 陽光が煙を散らす。サリがたたずんでいた。魔力に飲まれたはずだったのだが、あれ以上の負傷はない。腕の中にナイラを抱えていた。


 魔力が散っていく。炎は気高い志を彩るドレスの様だ。


「申し訳ありません、あのような助け方しかできなくて」


 炎で形成された扇が、口元を覆い隠す。俺の呪印の痛みは、サリに向かって強くなっている。


 これは、転生者の魔力だ。一体、どういうことなんだ。

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