第28話:辺境伯代理

「捕らえよ、ご当主様の命に逆らった謀叛人を捕らえよ」


 バカとしか思えない暴挙だった。

 こいつらは祖父の権力の影に隠れて暗躍していたから力が振るえていたのだ。

 祖父が多くの家臣の前で頭を下げて詫びたのに、それに逆らう。

 自分の権力構造を自ら否定する、先には破滅しかない言動だった。

 

 まあ、次々と敵対派閥が俺に潰されていく恐怖感に耐えられなかったのか。

 それとも敵対派閥が潰れた事で、自分の力が強まったと勘違いしたのか。

 どちらにしても俺たちに処断の理由を作ってくれたのだ。

 この機会を見逃す俺たちではない。

 カチュアの使用人たちは佞臣一派の首を刎ねた。


「カーツ様、肥料や魔獣をおびき寄せるエサに使う事ができます。

 ご当主様の影に隠れて悪事を働いていた者たちを、魔法袋で保管願います」

 

 まだ馬脚を露していない佞臣への警告だとは思う。

 でも、あまりにも残虐な事を口にするのは止めて欲しい。

 そんな事を口にされたら、俺まで同類だと思われてしまうではないか。

 確かに、境界域で安全に耕作するために必要な魔獣は、以前保管した佞臣の死体を使って誘き寄せたが、俺が好きでやったわけではない。


 俺の最大の支援者であるカチュアたちに、どうしても必要だと言われて、しかたなくやったのだが、よく考えれば、これは祖父の行動とほとんど変わらない。

 辺境伯家の当主として力を振るうには、家臣の協力が必要不可欠だ。

 大英雄である曾祖父を失った祖父には心許せる家臣がいなかったのかもしれない。

 あの時の戦争で、すべての魔術師たちが死に絶えた。

 他にも多くの家臣が亡くなっていたのかもしれない。


「カーツは分かってくれたようだが、そういう事だ。

 父が魔王を斃してくれた戦争で、辺境伯家は多くの家臣を失ってしまった。

 父が私に残してくれた忠臣たちも、大陸の民を救う戦争で死んでいった。

 皆勇気と理想を持った、かけがえのない者たちだった。

 この地に逃れた時、残っていた家臣のほとんどが卑怯者だった。

 言葉巧みに死地から逃れ、私腹を肥やす事だけに力を注ぐゴミばかりだった。

 わずかに生き残っていた忠臣も、次々と暗殺されてしまった。

 私にできたのは、ゴミ共のパワーバランスをとって辺境伯家を護る事だけだった。

 これでようやく肩の荷を下ろすことができる。

 私は失政の責任を取って隠居する。

 ウィリアムとカーツのどちらが家督を継ぐのかは、2人で話し合ってくれ」


 祖父が辺境伯の地位を放り出してしまった。

 曾祖父が亡くなってからは、とても苦しい領主生活だったのは分かる。

 だがここで領主の地位を捨てるのは、あまりにも無責任すぎるだろう。

 辛いのは分かるが、死ぬまで責任を持って跡始末すべきだ。

 自分の失敗を父や俺に尻拭いさせるなよ。

 などと思っていたら、ヴァイオレットが話しだした。


「恐れながらエドワーズ子爵カーツ様の騎士団長として申し上げさせて頂きます。

 いかに才能があろうとも、弱冠12歳のカーツ様に、残された人々の命運を背負わせるのは、あまりにも無責任すぎる暴挙でございます。

 ご自身が大英雄アーサー様の跡を継いだ苦労を実感されておられるのなら、ウィリアム様とカーツ様の負担を軽減すべきではありませんか」


「儂はもう疲れたのだよ。

 それに、儂がいてはまだ残る佞臣共が、また何か悪事を画策する。

 儂と一緒に悪事を働いた佞臣共を引退させるつもりなのだが、それでも反対か」


「ご当主様が1番佞臣共をご存じでしょう。

 隠居される前に、全員を処刑していただきたいのです。

 ちょうど魔獣にエサにする遺体が欲しかったのです。

 穀物を増産するためにも、ぜひお願いしたします」


「「「「「ヒィイイイイイ」」」」」

「「「「「お許しください、お許しください」」」」」


 ヴァイオレットの脅しに、その場にはいつくばって許しを請う者、必死で逃げ出そうとする者など、対面の場にいた家臣の半数が命の危機を感じたようだ。

 俺が気になったのは、父の側近の中に必死で表情を繕っている者がいた事だ。

 祖父から父への代替わりを見込んで、その時に権力を手に入れようと画策していた者がいるようだ。


「ご免」


 ヴァイオレットはそう口にするなり、逃げ出そうとした者の首を刎ねた。

 俺の親衛隊と名乗っているカチュアの使用人たちは、その場にはいつくばっている者たちの首を情け容赦なく次々と刎ねていく。

 俺が心配していた父の側近たちも、俺が気が付いていなかった者も含めて、半数以上が首を刎ねられた。

 俺は言われる前にすべての死体と血液を魔法袋に回収した。


「カーツ、これはお前がやらせたのか。

 私の側近まで殺すのはやり過ぎではないのか」


 そう言う父の声は震えていた。

 声ばかりではなく、身体中が震えていた。

 そのような状態で俺を咎めようとする気持ちは、ある意味素晴らしい。

 だが、人類の命運を背負う家の当主としては失格だと思う。

 祖父も大英雄の跡を継ぐほどの才能はなかったと思うが、少なくとも、魔族と何度も血で血を洗う激戦を繰り返してきた武人ではあるのだ。


「その者たちは、ウィリアムに取り入って権力を手に入れようとしていた。

 その事は儂が保証する、カーツになんの落ち度もない。

 むしろその事を見抜けなかった自分を恥じるべきだぞ、ウィリアム」


「しかし父上、私は辺境伯になるのですよ。

 それに父上が佞臣だと言われただけで、証拠があるわけではありません。

 証拠もなしに辺境伯の側近を子爵の家臣が殺すなど、許されません」


「……ウィリアムは儂以上に才能も胆力も自制心もないようだな。

 ウィリアムに辺境伯の地位を譲るわけにはいかない。

 今日を限りウィリアムを廃嫡にして、ドラゴン伯爵の爵位も剥奪する。

 儂の隠居は撤回し、カーツにドラゴン伯爵の地位を与える。

 さらにドラゴン辺境伯代理の地位も与え、儂の命がなくてもすべての政務を行う権限を与えるものとする」


「父上、それはあまりにも酷いではありませんか。

 少なくとも私は父上のように佞臣に踊らされたりはしませんでしたぞ。

 それなのに父上よりも才がないと言われるのは納得できません」


「ウィリアム、お前が傀儡にされなかったのは、全く権力がなかったからだ。

 邪魔になれば何時でも殺してしまえいいと考えられていたからだ。

 私の正室の子、お前とアイザックとテディの側には佞臣がいた。

 本来ならば儂とお前、兄弟たちはとうの昔に争わさせられていただろう。

 それを防いでくれていたのは、お前の正妻、ミリアムだ。

 ミリアムの護衛騎士と戦闘侍女たちがいてくれていなかったら、とうの昔に辺境伯家は当主争いで滅んでいた。

 ウィリアム、お前の最大の功績は、ミリアムを正妻に迎えた事だ。

 だが、それは政治的に選んだのではなく、愛で選んだだけだ。

 運がいいだけで、全く政治的才能も度胸もない者に、英雄の跡は継がせられぬ。

 ミリアム、ウイリアムがバカをやらぬように抑えてくれ」


「お任せください、義父上様。

 ウイリアムには辺境伯家の当主になる才能も胆力もあるませんが、夫としてはとても優しく善良で、子供たちにはよき父親です。

 私がしっかりと見張って、義父上様とカーツの邪魔をしないようにいたいます。

 ご安心なされてください。

 カーツ、しっかりと義父上様のお手伝いをするのですよ」


 やれ、やれ、父は母の尻に敷かれ護られていたのだな。

 だがそれは俺も同じだったようだ。

 こうなったら、まだ12歳のガキだからと言って逃げるわけにはいかない。

 まあ、カチュアたちに担がれる覚悟をした時から、逃げる気などないけどね。

 辺境伯代理として、この地を護って行かなければいけないな。

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