第27話:吐露
俺は覚悟を決めて祖父と会う事にした。
多くの佞臣を処断したとはいえ、まだ多くの腐れ外道が残っている。
油断すれば刺殺や毒殺される可能性もある。
莫大な利益につながりそうな境界域での耕作を辺境伯家で独占して、少しでも自分たちの利益につなげようとする佞臣もまだいるだろう。
そんな状況で貴族同士の正式な交渉をするのだ、胃が痛くてたまらない。
「エドワーズ子爵の護衛は我々が務めさせて頂きます。
誰であろうと指一本触れさせませんので、ご安心ください」
ヴァイオレットが不敵な笑みを浮かべながら断言してくれた。
「そうですね、これは好機ですから、安心してください」
カチュアが紫の瞳を輝かせながら口にしてくれた。
ここでようやく俺にも理解できた、今回も俺は試されていたのだ。
知らないうちにその試験に合格できていたのだ。
それにカチュアたちは、今回もこの機会を利用して佞臣を殺すつもりだ。
俺を囮にして、今まで上手く処罰を逃れていた佞臣を炙り出す気なんだ。
「それに、エドワーズ子爵の護衛は私たちだけではないでしょ。
カーツ様の側には、いついかなる時にもマティルダ様がおられます。
今実戦で戦える魔術師はマティルダ様だけです。
魔力も十分に溜まってきています。
本来は魔族に備えるための魔力ですが、カーツ様を護るためなら、無制限で使ってもしかたがありませんものね」
カチュアはそう言いながらマティルダ義姉さんの方を見た。
「ええ、もちろんですわ。
カーツ様を死傷させるくらいなら、人々を見捨てる方を選びます。
カーツ様の命を狙う者を助けるために、魔力を使うなど真っ平です。
もし魔族が攻め込んで来たら、辺境伯領を見捨てて逃げます。
カーツ様と家族を連れて、魔境を突破して新天地を探します」
義姉さんの性格が、昔の性格と家臣の忠誠心を合わせた状態になってしまった。
俺も含めて色々な経験をした事で、性格が一変してしまった。
姉として俺を護るために、無理矢理強気を装っていたところはなくなった。
それはいいのだが、公私で性格が全く違っているのだ。
公の状態では、主君に尽くす忠実な家臣、魔術師として凛としている。
私の状態では、泣き虫の甘えたで、俺にベタベタと引っ付こうとするのだ。
「その心配はまずないと思いますが、それくらいの覚悟は大切ですね。
では、カール様に付き従うのはマティルダ様と私とヴァイオレット。
それに親衛隊の半数です。
城に残るのは、イザベル様とお子様方、それに親衛隊の半数と子爵軍です。
これでよろしいですか、カーツ様」
ここまでカチュアが前に出るとは思わなかった。
今回の佞臣粛清がよほど大切なのだろうか。
それとも、祖父から領主権を俺に委譲させる事が大切なのだろうか。
まさかこの機に乗じて辺境伯家を乗っ取る気なのか。
領主の座はカチュアの方がふさわしいと思うし、責任を背負うのも嫌だから、乗っ取ってもいいのだが、俺や義姉さんまで殺す事はないだろうな。
大丈夫だ、義姉さんは常にカチュアとヴァイオレットを警戒している。
少なくとも不意討ちで殺されるような事はないだろう。
でもなぁ、義姉さんには心から感謝しているが、実の大叔母で、血はつながっていないとはいえ姉弟なのだから、露骨にヤキモチを焼くのは止めて欲しい。
俺は前世のアニメやラノベの主人公のような、普通絶対にいない鈍感男じゃない。
人の気持ちを察する能力にたけた日本人だったんだ。
恋心を抱いてくれている女性の気持ちくらいは分かる。
だからこそ、義姉さんの気持ちは困るのだ。
俺に近親相姦の趣味はないし、ちゃんとした恋愛をしたいのだ。
まあ、貴族に恋愛の自由など許されないのは分かっている。
側室や妾なら恋愛相手で許されるが、正妻は政治的理由で決められる。
父のようなマガママは、辺境伯家しかまともな貴族が残っていなかったからできたことで、普通は絶対に許されない。
だが、今の辺境伯家には身勝手を通せるような力はない。
カチュアたちの協力がなかったら、家臣たちに喰い尽くされていた。
そして次の魔族の侵攻で、人は滅んでいただろう。
俺はカチュアたちに報いなければいけないのだ。
俺がカチュアとヴァイオレットに恋心を抱いている事とは、別次元の問題だ。
だが、カチュアたちの本当の望みはなんなのだろうか。
そもそも俺の正室になる気があるのだろうか。
あの2人が、理想のために好きでもない男と結婚するだろうか。
それくらいなら、ドラゴン一族を皆殺しにして支配者になりそうな気がする。
表だって殺すと不必要な犠牲者がでるから、密かに暗殺していきそうだ。
ああ、怖い怖い怖い、危険だと思ったら義姉さんたちと逃げよう。
「ああ、それで構わない。
万が一の事などないとは思うが、最悪に備えるのも領主の務めだ。
俺たちが全滅した時の事を考えて、イザベルさんたちを残す。
ローラの魔力の才能には目を見張るモノがある。
彼女さえ生き延びてくれれば、人々の希望が潰える事はない」
俺たちは覚悟を決めて、準備万端整えて対面に望んだ。
最初は使者を立てて祖父に対面の許可を求めた。
俺の事もあって、辺境伯家は処罰と人事に忙しい。
それでなくても家臣たちや地域の有力者の陳情で忙しいのだ。
辺境伯家の威信を高めるための、滑稽なくらい仰々しい無駄な行事も多い。
そんな予定をぬって対面するのだから、事前に予定を組むのだ。
だが、今回はそんな予定など必要なかった。
祖父はすべての予定をいつでも中止するから、好きな時に来いと言ってきた。
下手な相手にそんな事を言えば、喧嘩腰かと誤解されかねない。
だが俺たちの判断はそうではなかった。
祖父がすべての佞臣を処断する覚悟をしたという事だ。
俺には見えていなかったが、祖父は自分を狙う佞臣たちに気が付いていたのだ。
★★★★★★
「お久しぶりです、ご当主様。
辺境伯家のためとはいえ、独断で動いた事、お詫びさせていただきます」
多くの家臣がそれぞれの思いで見つめる中、一応お詫びの言葉から始めた。
だが全面的に謝る気はない。
そんな事を口にしたら、まだ残っている佞臣に足元をすくわれるかもしれない。
やった事ではなく、独断で動いた事だけを詫びる。
これに喰いつくようなバカな佞臣は、この場で斬り殺されることになる。
「いや、カーツが謝る事など何もない。
全ては私に力がなかったせいで、全面的に儂が悪いのだ。
鷲が無力なせいで苦労を掛けた、すまなかったな」
まさか、ここまで率直に祖父が詫びるとは思っていなかった。
しかもこれだけの家臣たちを前にして詫びたのだ。
それでなくても領民からの尊敬や忠誠心は地に落ちてしまっている。
家臣たちに対する威信も、これで地に落ちてしまっただろう。
だが、これで祖父の威光を笠に好き勝手していた連中の力はなくなった。
「ご当主様、それは間違いでございます。
辺境伯家のご当主ともあろう御方が、身勝手をした孫に謝るなどありえません。
ここは厳しく叱責され、イザベルの子供たち共々追放にされるべきです」
「「「「「そうでございます、追放にすべきでございます」」」」」
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