第29話:薬物
祖父が内憂となる佞臣奸臣悪臣を全て粛清した。
側近くにいた実力者をすべて粛清し、軍の幹部も少なくない数を粛清したので、清廉潔白な性分だからこそ出世できなかった連中が、数多く抜擢された。
以前にも言ってたが、長い物には巻かれていたような小者までは殺さず、境界域での強制労働刑にして穀物の生産に役立たせた。
俺は辺境伯代理と役目をもらった事で、色々と忙しくなってしまった。
エドワーズ子爵としての役目を十分に果たせる状態ではなくなってしまった。
そこで異母弟のメイソンにエドワーズ子爵代理の役目を与えた。
まだ11歳のメイソンに領主の仕事ができるとは思っていない。
俺だって前世の記憶と知識があっても十分に役目は果たせていないのだ。
だが、カチュアの使用人たちを補佐につければ、上手くやれると思う。
それはドラゴン伯爵の役目も同じだった。
祖父に成り代わり、誰にでもできるような、儀式の場で座っているだけの役目を、三代目候補の父が担っていたのだが、それを同母弟のコナンに任せたのだ。
母が見張っている父にやらせたら、祖父やカチュアが見逃した佞臣奸臣悪臣が、父を傀儡にして復権しようとするかもしれない。
小者だと思って軽い処分に済ませた者が、以外に悪知恵が働くかもしれない。
だからコナンにドラゴン伯爵代理の役目を与え、儀式などの出席を任せたのだ。
父の時と同じように、コナンの事は母の護衛騎士や戦闘侍女が護ってくれる。
何より大切なのは、異母弟のメイソンに役目を与えた事への配慮だ。
エドワーズ子爵代理はメイソンにしか任せられないが、その所為で母が危機感を持ったり警戒心を持っては、辺境伯家一族内に亀裂を生んでしまう可能性がある。
母の実子には、エドワーズ子爵代理に異常の役目を与える必要があったのだ。
「カーツ様、ご身内を粛清して頂かねばならない事が分かりました」
今日もまたヴァイオレットが挑戦的な表情で言ってくる。
今更誰を粛清しなければならなくなっても驚かない。
問題は俺がカチュアたちの望む答えを返せるかどうかだ。
正しい答えが返せれば、傀儡と言うべきなのか、主君だと言っていいのか分からないが、辺境伯代理を務める伯爵のままでいられるだろう。
「誰を粛清しなければいけないのだ」
「大英雄アーサー様のご長女、オリビア様の傍流がピーターソン子爵家に嫁がれておられるのですが、ピーターソン子爵が領民を奴隷のように酷使しております」
「ふむ、人道としては許し難いが、領主としても許されない事なのか。
滅んだ皇国の法ではなく、辺境伯家の法に従って罪なのか。
法を犯した証人がいるか、証拠があるのなら、私も処罰が必要だと思う。
私が権力を握ったからと言って、私憤や気分で人を処罰などできない。
むしろ権力を握ったからこそ、今までのような粛清は許されない。
どうなのだ、ヴァイオレット。
ピーターソン子爵家がやっている事は、処罰するのが当然の事なのか」
「さすがでございます、カーツ様。
カーツ様の申される通り、ピーターソン子爵が領民を酷使した程度では、処罰するわけには参りません。
権力を握られたからこそ、それを使う事に慎重になられる。
人の上に立つのに相応しい態度でございます」
ヴァイオレットがにやりと笑いながら褒めてくれるが、その表情から判断すると、まだ50点なのだろうな。
うれしいような哀しいような、以前よりも正確にヴァイオレットの表情が読めるようになってきたが、それを伝える訳にはいかないな。
そんな事を口にしたら、隣りに座っている義姉さんが焼餅を焼いてしまう。
「だがそれは、今私に報告してくれた範囲の事なのだろう。
まだ報告していない事があると思うが、なんなのだ」
ヴァイオレットがうれしそうな笑顔を浮かべてくれる。
それはいいのだが、隣りの義姉さんから不機嫌な気配が伝わってくる。
俺を挟んで反対側に座っているメイソンがオロオロしているのが可哀想だ。
その隣に座っているイザベルさんからはおもしろがっている気配が伝わってくる。
ああ、本当に情報の共有など言いださなければよかった。
こんな事になるとは全く考えていなかった。
「まだ証拠はつかめていないのですが、ピーターソン子爵家で違法薬物が作られているという噂がございます」
「ヴァイオレットが私たちに聞かせるという事は、まず間違いないのだな」
「はい、証拠をつかむのは難しいと思いますが、間違いないと思っています」
「証拠をつかむ前に私たちに教えたのは、辺境伯家の縁者をピーターソン子爵家から連れ戻せと言う事だな。
辺境伯家の事を考えてくれるのはいいが、それでは証拠をつかむのが難しくなるのではないか」
「その通りではあるのですが、その薬物はかなり危険なモノで、使った相手を言いなりにする事ができるのです。
ピーターソン子爵家が辺境伯家を傀儡にするつもりなら、傍流の女性に使われている可能性があります」
「ヴァイオレットがそんな危険があるというのなら、すでにオリビア殿のオリビアン家の人々に使われている可能性があるのだな」
「はい、ピーターソン子爵夫人は度々実家に戻られておられます。
オリビアン家の人々も度々ピーターソン子爵城に訪問されておられます」
「その違法薬物には常習性や禁断症状があるのか」
「領内に出回っている違法薬物を買った者たちを調べましたが、強い常習性と激烈な禁断症状があるようでございます」
「違法薬物にどっぷりとはまった人間から薬を抜くことはできるのか」
「領内の常習者たちを調べた範囲では、不可能に思われます。
違法薬物を手に入れるためなら、売春や強盗はもちろん殺人まで平気でやります。
一生隔離しておかなければ、いつ誰かを殺すか分かりません」
「ヴァイオレットは、俺が一族を助けるために動くのか、元凶を取り除くために一族を切り捨てるのかを確かめたいのだな」
「はい、その通りでございます」
義姉さんたちが俺の言葉に息を飲んだ。
くわしい事情は分からないが、ピーターソン子爵夫人やオリビアン家の人々は、騙されて薬物中毒にされた被害者かもしれない。
俺が同じ立場でも、同じように薬物中毒にされていたかもしれない。
本家の者として、一族を助けるべきだという考えの者もいるだろう。
「可哀想だが、証拠をつかむ事を優先する。
ここで取り逃がせば、どのような手段を使って辺境伯家の人間に薬物を使ってくるか分からない。
もう中毒になった人を元通りにする事ができないのなら、助けた後でできるだけ人らしく生きて行けるように手助けするだけだ。
なにがなんでも薬物犯罪の証拠をつかめ。
どうしても証拠がつかめず、だがピーターソン子爵の元に確かに薬物があるというのなら、義姉さんと一緒にピーターソン子爵城を強襲する」
「ご下命、承りました。
必ず証拠をつかんで見せます」
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