第19話:突入

「かいもぉおおん、開門、カーツ様とマティルダ様がお戻りになられたぞ」


 カチュアの使用人が大声で門番に城門を開けろと言っている。

 エドワーズ子爵としてではなく、辺境伯家の四代目候補として強気に出ている。

 俺とエドワーズ子爵家の騒動が、どこまで家臣たちに広まっているのか。

 それによって家臣たちの対応が変わってくる。

 いや、門番たちの中に奸臣佞臣悪臣の手先が入り込んでいるかでも変わる。

 できる事なら武官は清廉潔白であって欲しいが……


「直ぐに、直ぐに開けさせていただきます」


「おい、こら、勝手な事をするな。

 隊長の許可も受けずに城門を開ける事は許さんぞ」


「やかましい、腐れ外道。

 奸臣の手先にいいように操られる根性無しばかりだと思うなよ。

 兵卒にだって漢の矜持があるんだ」


 門番たちが争っている声が聞こえてきた。

 内心では味方同士の争いに焦っていたが、何とか表情に出さずに黙って待った。

 本当は声をだして清廉潔白な兵卒を応援したかったが、我慢した。

 我慢した甲斐があって、深く広い空堀に跳ね橋が降ろされてくる。

 奸臣の手先の兵卒や、その長を抑えるくらいの善良な兵卒がいてくれる。

 何とも言えない感動が心に広がってくる。


「突撃」


 ヴァイオレットが大声を出すことなく淡々と命じた。

 カチュアの使用人たちが素早く馬に拍車を入れて、大きくあけられた門扉をくぐり城門内に入っていく。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。


 弓音とともに、城門を開けてくれた兵卒を斬ろうとしていた者たちが斃れる。

 驚くほど正確で強力な弓射だ。

 比較的強固な鎧を貸与されているはずの門番たちが、一射で絶命している。

 属性竜の皮とは言わないが、亜竜種の皮で作られた鎧なのだ。

 普通の鉄の鏃では射抜けないはずなのに。

 まさかとは思うが、貴重な亜竜種の牙を使った鏃を使っているのか?!


 俺の驚く内心を置き去りにして、カチュアの使用人たちがドンドン先に進む。

 二ノ丸に入るのに1番近い城門ではなく、城内町を右に進んでいる。

 もしかして、ネオドラゴン城の内情まで詳しく調べていたのか。

 1番近い二ノ丸城門では突破できないが、右の向かった先にある城門なら、さきほどの城門のように破壊することなく突破できるというのか。

 カチュアたちは、いつからどこまで計画していたんだ?!

 そんな事を考えている間に、二ノ丸城門に近づいた。


「かいもぉおおん、開門、カーツ様とマティルダ様がお戻りになられたぞ」


 今度も門番同士が争うかと思っていたのだが、そんな事はなかった。

 まったく争うことなく、即座に深く広い空堀に跳ね橋が降ろされ門扉が開かれた。

 俺たちはそのまま城門を通過したのだが、門番たちが最敬礼してくれている。

 俺は馬を駆けさせていたが、思わず答礼した。

 義姉さんもカチュアたちも同じように答礼している。

 俺は主家の者らしい堂々とした答礼を返すことができただろうか。


 俺がそんな不安を感じている間も、カチュアの使用人が道案内をしてくれる。

 今度は家臣たちだけが住む二ノ丸地区だ。

 エドワーズ子爵城とは比較にならないくらい広い二ノ丸だ。

 カチュアの使用人は、今度は左に進む。

 1番近い城門は佞臣奸臣悪臣の支配下にあるのだろう。

 

 左先にある城門から本丸に入るのかと思ったが、素通りして更に先に進む。

 左右どちらにある本丸城門も敵の手に落ちているのか。

 領主家族が住む空間に近いほど佞臣の影響力が強いなんて、最悪だ。

 こんな状況になっている事に全く気が付いていなかった。

 前世の知識があると思い上がっていた自分が恥ずかしくて、大声を上げて逃げ出したくなるか、逃げるわけにはいかない。

 

「かいもぉおおん、開門、カーツ様とマティルダ様がお戻りになられたぞ」


「直ぐに、直ぐに開けさせていただきます」


「おい、こら、勝手な事をするな。

 ルキャナン大臣閣下の許可も受けずに、城門を開ける事は許さんぞ」


「やかましいわ、奸臣の手先が。

 カーツ様に刃を向けるような、不忠者の命令に誰が従うか。

 邪魔したければ命懸けでかかってこい。

 もっともお前達のような、お追従で役目をもらうしかないような腰抜けに、剣を抜く勇気などないだろうがな」


 城門内で騎士同士が罵り合っている声が聞こえてきた。

 それにしても、ルキャナン大臣が佞臣だったとはな。

 まさか大臣を務める者が佞臣だったとは思わなかった。

 しっかりと役目を務めているように見えていたが、エドワーズ子爵家の件で忠言や諫言をしなかった連中は、どいつもこいつも佞臣か無能かのどちらかだな。

 全員普段は祖父に忠実な家臣を演じていたということだ。


「マティルダ様、跳ね橋の鎖を2本魔術で切り落としてください」


 今まで1度もマティルダ義姉さんの魔術に頼らなかったヴァイオレットが、今度は頼ってきたという事は、この城門は敵の方が有利だと言う事だな。

 

「任せて」


 そう言うと同時に義姉さんの魔術が炸裂した。

 風魔術で断ち切ったり、火魔術で熱し切ったりするわけではない。

 義姉さん得意の金魔術で金属の結合を断ち切るのだ。

 その方法が1番魔力の消費が少なくて済む。

 祖父が送ってくれた巨大な魔宝石に魔力を蓄えてはいるが、義姉さんの魔力回復量と今日までの日数では、溜められる魔力はそれほど多くない。


 ドッガーン


 二本の太い鎖を切られた跳ね橋が、轟音とともに落ちてくる。

 このまま本丸に突入して、多くの警備門を打ち破って城館にまでたどり着き、邪魔する連中をぶちのめして排除し、イザベルさんたちを助け出す。

 今まで突破してきた二ノ丸三ノ丸をまた突破し、追いすがる敵の攻撃を撃退しながら、エドワーズ子爵城まで逃げきらないといけないのだ。

 蓄えた魔力で足りるとは到底思えない。


 なのにヴァイオレットは、義姉さんに魔力回復薬を飲んで、魔宝石に魔力を貯めろとは言わなかった。

 やはり何かある、絶対に隠し玉、切り札を持っている。

 それが何なのか分からないから不安で仕方がないが、教えてはくれないだろうな。

 ヴァイオレットから見れば、俺も切り捨てる可能性のある駒でしかない。


「マティルダ様、門扉も破壊してください。

 魔力の事は心配せず、1番の土魔術を叩き込んでください」


「分かったわ」


 義姉さんが返事をすると同時に、巨大な岩の塊が生まれる。

 しかも先が尖っていて、あらゆるものを刺し貫くかたちだ。

 だが、本丸城門の門扉には属性竜の皮が張ってある。

 少々強化した岩では貫く事などできない。

 おそらくは衝撃力で門扉を吹っ飛ばすのだろう。

 

 ドッガーン


 予想通り門扉が吹っ飛んだ。

 城門奥の2枚目の門扉も閉まっていると思ったが、開いている。

 奥の門扉は忠臣が確保してくれていたのだな。

 問題は城門内に突入している間に、鉄格子を落とされる事と矢を射かけられる事。

 特に属性竜の牙の鏃を使われたら、俺たちは全滅するかもしれない。


「突入」


 ヴァイオレットが何の感情も見せずに淡々と配下の指示する。

 配下たちもなんのためらいも見せずに城門内に入っていく。

 当然俺も義姉さんも突入するしかない。

 

「いくよ、義姉さん」


「ええ、どこまでも一緒よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る