第18話:引き受け

「カーツ義兄上様、僕たちを助けてください、お願いします」


 メイソンの護衛騎士たちを酔い潰して、しばらくは身動きができないようにしたうえで、俺は本丸の奥に行って義姉さんとメイソンの話を聞いた。

 開口一番メイソンは俺に助けを求めたきた。


「カーツ殿、私からもお願いします、私の家族を助けてください」


 マティルダ義姉さんもとても真剣だ。

 ここ最近の、無理をした強気の表情とは全く違う、昔の弱気な表情だ。

 よほど切羽詰まっているのだろう。

 思っていた以上に、辺境伯家の中は佞臣奸臣悪臣に蝕まれていたようだ。


「いいよ、なにがあっても護るよ。

 どういう状態なのか教えてくれるかい」


「悪い家臣たちが、私や母上を傀儡にしようとしているのです。

 特に2人も魔術師を産んだ母上が狙われています。

 母上の話では、薬を使ってまで誘惑しようとしているようです。

 自分の子供を母上に産ませて、辺境伯家を乗っ取る計画まであるようです」


 イザベルさんに言われたとおりに話しているのだろうが、メイソンはどこまで本当の意味を分かっているのだろうか。

 これは確かに、今直ぐ動かなければいけない危険な状況に思える。

 だがどうしても確認しておかなければいけないことがある。


「イザベルさんが産んだ魔術師は、マティルダ義姉さんだけのはずだ。

 メイソンは検査で魔力がないと判別されたよな。

 他の弟妹は幼過ぎてまだ魔力検査をするには早いはずだ。

 誰かが魔力検査を強要したのか」


「母上の話しでは、ローラの侍女がおもちゃに紛れ込ませて確かめたそうです。

 でも侍女の誰かも分からないそうです。

 本当に侍女だとも断言できないと言っていました……」


 なんてこった、最悪の状況だ。

 イザベルさんは子供たちと一緒に、ネオドラゴン城の最奥に隠れているはずなのに、誰にも分からない間に魔力の測定をされてしまう。

 敵がやる気になったら、即座に毒殺や刺殺も可能だと言う事になる。

 これはもう考えている時間も惜しい。

 今なら敵も俺と義姉さんは使者の歓待で動けないと思っているはずだ。


「何としてでも俺が助けだすから、ちょっと待っていてくれ」


 俺は事情をヴァイオレットに話して助言と助力をお願いする事にした。

 彼女たちと一緒に戦った過程で、俺よりも遥かに合理的な作戦を立てられる事と、慈愛の心を持っている事が分かっている。

 俺1人で考えて失敗するわけにはいかないから、頭を下げて教えを乞う。

 プライドなと犬に喰わせてしまえばいい。

 俺が今1番に考えなければいけない事は、家族の安全と幸せだ。


「そういう事情なのだが、今直ぐ助けに行って大丈夫か」


「助けに行くべきですが、敵に知恵者がいれば罠を張って待っています。

 侵入を試みている途中で城門を閉められて、囚われる可能性もあります。

 全軍で迎え討たれて首を取られる可能性もあります。

 最悪すでにイザベル様が薬物で支配されている可能性もあります。

 イザベル様が家族や味方として近づき、背後から刺殺を図るかもしれません。

 そんな風に抵抗敵対する家族を抑え込んで、抱えて逃げなければいけない可能性もありますが、カーツ様にその覚悟がありますか。


「ある、命を懸けて助ける気がある。

 ヴァイオレットは手伝ってくれるのか」


「私たちもここまで手を貸して来たのです。

 今更手を引いても辺境伯家に殺されるだけです。

 手助けはさせていただきますが、カーツ様に本当に覚悟があるのですか。

 自分の命を懸ける程度の覚悟ではなく、マティルダ様に人殺しをさせてでも、イザベラ様や下の弟妹を助ける覚悟ですよ」


 義姉さんに人殺しをやってもらわなければいけないくらい危険な状況なのか。

 最悪の状況だと言っていたから、それほど可能性が高いわけではないだろう。

 だが、覚悟を決めなければいけない程度にはありえる話なのだろう。

 イザベルさんたちを助けるために、義姉さんに人殺しの罪を背負ってもらうのか。

 だが義姉さんになにも言わないでいて、イザベルさんたちが殺されたら、義姉さんは家族を助けられなかった罪悪感に苛まれることになる。


「分かった、義姉さんに全てを話して協力してもらう」


「マティルダ様に選んでいただくのではなく、カーツ様が命じられるのですか」


 またヴァイオレットは俺を試しているのか。

 もう十分に俺を試したと思うのだが、まだ試し足りないとでもいうのだろうか。

 そこまでしなければいけないくらい、カチュアが大切だと言う事か。


「俺はこれでも男だからな。

 女子供に決断の責任を背負わせるような卑怯なマネはしない。

 それに、どうしても嫌なら断ってくれるだろうし、俺が命じたからと言って義姉さんの罪悪感が全くなくなるわけではない。

 ほんの少し軽くしてあげられる程度の事だ。

 話してくるから少し時間をくれ」


「大丈夫でございますよ。

 私たちも万全の準備をしなかればいけませんから」


 ★★★★★★


 義姉さんには包み隠さずに全てを話してから命令した。

 可哀想だと思ったが、メイソンにも同席してもらった。

 俺と義姉さんが死ぬようなことがあれば、次の旗頭はメイソンになる。

 俺と義姉さんが殺されるようなネオドラゴン城にメイソンは戻せないし、色々助けてくれたカチュアたちにために、叛乱の旗頭を残す必要もある。


 さすがに今回はカチュアを城に残していくと思ったのだが、一緒に来た。

 あれほど大切にしているカチュアを、敵地の真っただ中に連れて行くなんて、ヴァイオレットたちの真意が分からない。

 まだ数多くの隠し玉があるとしか思えない。

 その隠し玉を俺たちのために使ってくれるのだろうか。

 まあ、カチュアが一緒に行動してくれている間は使ってくれるのだろう。


 今回も俺たちに同行してくれるカチュアの使用人は50人だった。

 残りの50人は祖父の使者たちを歓待してくれる。

 宴が始まれば直ぐに俺たちがいない事に気が付くだろう。

 問題はどれくらい長く宴を開くまでの時間を引き延ばすかだ。

 宴を開いて俺も義姉さんも出て来ないのを、何と言って言い訳してくれるか。

 全てカチュアの使用人に任せてしまった。


 ヴァイオレットは全員に予備も含めて3頭ずつの軍馬を用意してくれていた。

 しかお予備の馬まで辺境伯家の騎士が使っているような名馬ぞろいだった。

 いったいカチュアたちは、どれほどの資金力と勢力を持っているのだろうか。

 不安と恐怖が心に湧きおこるが、助かったのは確かだ。

 お陰で疾風迅雷の速さでネオドラゴン城の城門前にたどり着く事ができた。

 いよいよ俺の生まれ育った城であり、敵の本境地でもある城に乗り込むのだ。

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