第17話:贈り物と駆け引き
エドワーズ子爵位の継承が認められてから10日が経った。
哀しい事だが、被害者たちの身体は癒されたが心は壊れたままだ。
そんな人たちを見捨てる事はできないが、かといって領民にも預けられない。
善男善女なら疑う事は罪だが、領主は疑う事も仕事のうちだ。
この地の領民の中には、エドワーズ子爵家の悪事に加担していた者がいる可能性が高く、加担していなくても客になった事がある者がいるかもしれない。
今俺が頼れるのは、情けない事にカチュアとその使用人たちだけだ。
全幅の信頼を置いているわけではないが、被害者に関してだけは信じられる。
なんと言っても俺を利用してでも彼らを助けようとしたのはカチュアたちだからだ、被害者たちは城の二ノ丸で保護してもらった。
本丸は基本俺と義姉さんの居住空間であり、日勤してくるヴァイオレットたちの仕事場でもあるから、被害者とは寝起きさせる気にはならない。
その点に二ノ丸はカチュアたちの居住空間と仕事場を兼ねている。
しかも元々多くの家臣が住んでいたから、家も部屋も余っている。
特に仕事場の一部を被害者の治療と居住を兼ねた家に改造したら、夜1人で恐怖にかられて泣き叫んだり暴れたりしたときも、直ぐに対処できる。
なんと言っても城攻めを警戒して24時間警備になっているからな。
「エドワーズ子爵、今回は辺境伯からご挨拶に品を届けに参りました」
被害者の治療に忙しい時に、なにが哀しくて祖父の側近に会わなければいけない。
こいつらは祖父に的確な忠言も諫言もできなかった役立たずだ。
できれば会いたくないのだが、ヴァイオレットの諫言に従うなら、会って情報を引き出さなければいけない。
そうしなければ、今度は俺がカチュアとヴァイオレットに馬鹿にされ、最悪見限られてしまうことになる。
「こちらを確認してくださいませ。
厳重に封がされておりますので、途中で盗まれたり入れ替えられたりされるような事はございません」
祖父の側近がそう言い、俺の元護衛騎士たちがうなずく。
彼らだけなら信用できないが、義弟のメイソンとその護衛騎士もうなずいている。
検分役にまだ10歳のメイソンがつけられているくらいだから、よほど大切なモノを贈ってくれたのだろうが、一体なんだろう。
曾祖父アーサーの血を継ぐ大叔父であり、俺の義弟であり、マティルダ義姉さんの実弟であるメイソンに見張らせてまで届けさせる秘宝など想像もできない。
「な、まさかこんなモノが残っていたのか?!」
俺は思わず大声を出してしまった。
曾祖父が大魔王との戦いの時に全部持ち出したはずの魔宝石。
それも若いとはいえ属性竜から得た膨大な魔力を蓄えられる魔宝石だ。
これがあれば、不要な時に魔力を蓄えておける。
非常時には蓄えておいた魔力を使って戦い続ける事ができる。
少々残念なのは、全ての魔力を使った後だという事だ。
「カーツ義兄上様、私の預かった目録と、数や品が一致しているでしょうか」
必死で口上を覚えてくれたのだろう。
少々緊張しているが、メイソンはちゃんと大切な事を伝えてくれる。
表向きは良好な関係と偽っているが、実際には祖父の方針に逆らった俺だ。
何かあっても、ネオドラゴン城に行って祖父や父に問い質す事などできない。
目録自体を書き換えてしまえば、魔宝石を盗んだり品を変えたりしても、悪事が露見しない可能性がある。
「ありがとうメイソン、お陰で祖父の贈り物を受け取る事ができた。
全部メイソンが一生懸命役割を果たしてくれたからだよ」
俺はメイソンを褒めた後で、視線を使者と元護衛騎士に向けた。
「そなたたちもよく役目を果たしてくれた。
ささやかではあるが、歓待の宴を開かせてもらう。
今日は心ゆくまで飲んで食べて愉しんでくれ」
「「「「「ありがたき幸せでございます」」」」」
別に祖父の使者や元護衛騎士たちを心から歓待したいわけではない。
だが礼儀知らずな事をして、これ以上関係を悪くする必要もない。
彼らには彼らの考え方と生き方があるのだ。
これからは別の家の家臣として、十分にもてなして新しい関係を築くのだ。
それに彼らを追い返してメイソンだけを歓待するわけにもいかない。
義姉さんとメイソンがゆっくり話せる機会を作るのが、今俺がやるべき事だ。
「メイソン、マティルダ義姉さんが話したいと言っていた。
歓迎の宴が整うまで今しばらく時間がかかる。
それまで奥に行って義姉さんと話してきてくれないか」
「ありがとうございます、カーツ義兄上様。
僕も話したい事が沢山あったのです」
俺が水を向けると、メイソンは直ぐに承諾した。
まるで護衛騎士や執事に断られるのを恐れているかのようだった。
メイソンとイザベルさんがネオドラゴン城で哀しい思いをしていなければいいのだが、今の態度を見てしまうと昔の事を思い出してちょっと心配になる。
俺としては2人を、いや、アーロとローラ、ホリーとエドワードも引き取りたいのだが、ヴァイオレットが認めてくれるかどうか……
★★★★★★
俺は歓迎の宴まで礼儀正しく貴族の仮面を被っていた。
祖父の側近と元護衛騎士たちは、それぞれの控室で休んでいた。
だがメイソンの執事と護衛騎士は、役目だと言ってメイソンについて来ようとしたので、俺が相手をして本丸奥には行かせなかった。
こいつらがいては、メイソンが本心を話せなくなるかもしれなかったからだ。
有難い事に男しかいなかったので、奥は男子禁制だと厳しく言って止めた。
メイソンも男だと言いだしそうなバカもいたが、ヴァイオレットが殺気を放ったら、小便をチビって面目を失くしてしまった。
ヴァイオレットは俺の元護衛騎士たちと同等の猛者だ。
四代目候補の俺につけられていた護衛騎士は、祖父と父の護衛騎士に次ぐ実力者で、辺境伯家でもいらない子扱いだったメイソンの護衛騎士とは格が違い過ぎる。
本気で戦えば秒殺されるぐらい実力差があるのだ。
バカが護衛騎士を罷免されるくらいの大恥をかいたので、他の者も同じ目にあいたくなかったのか、もう何も言わなくなった。
ヴァイオレット以外のカチュアの使用人たちは、衝撃受けたメイソンの護衛気騎士たちのスキを上手くついていた。
酒を勧めて色々な情報を引き出したのだ。
そういう手法は、俺にはとてもマネできない。
歓迎の宴が始まったら、使者たちにも同じような手法で情報を引き出すのだろう。
俺も苦手とか出来ないとか言っている場合ではないな。
少なくとも情報を引き出す手助けくらいはしなければいけない。
俺に多少なりとも負い目のある護衛騎士たちに酒を勧めて、普段なら絶対に飲まないくらいの量を飲ませて、必要な情報を引き出す。
引き出した情報が真実かどうかは、カチュアの使用人が見極めてくれるだろう。
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