第20話:開戦
「謀叛だ、カーツ様とマティルダ様の謀叛だ。
城門を破壊するなど、カーツ様とマティルダ様であろうと絶対に許されん。
殺せ、矢を射かけて殺すのだ!」
こういう状況になる事を待っていたのか、俺と義姉さんを謀叛人だと決めつける騎士の声には、聞き間違えようのない喜びの感情が入っている。
ここで俺と義姉さんを殺すことができたら、佞臣たちは四代目候補を自分たちが操り易い人間にする事が可能だ。
それが男なら娘や妹を正室に押し込み、女なら自分が配偶者となる気だろう。
ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン、ヒュン。
城門内の狭間から矢が飛んでくるが、義姉さんが防御魔術で護ってくれる。
カチュアの使用人たちや軍馬にも矢が当たるが、全て弾いてしまう。
カチュアたちと軍馬は属性竜の革鎧を装備している。
敵はまだ属性竜の牙や爪までは手に入れていないようだ。
馬を全速力で駆けさせながら狭間の奥にいる敵を射殺す事などできないから、反撃することなく一気に城門内を通過する。
城門内の天井から鉄格子が落とされないかヒヤヒヤしていたが、大丈夫だった。
信じられない事に、ここまで味方の誰一人死傷していない。
ヴァイオレットはこうなる事を読んでいたのだろうか。
辺境伯家に忠誠を使う者と佞臣を正確につかんでいたのか。
もしかしたら、カチュアの使用人がドラゴン辺境伯家に入り込んでいるのか。
まさか、辺境伯家を乗っ取るつもりなのは、カチュアたちなのか。
本丸城門を突破したのはいいが、枡形虎口が3つも続いている。
このまま敵の矢を受け続けたら、確実に義姉さんの魔力がつきてしまう。
そんな心配をしたのだが、杞憂に終わった。
枡形虎口を護る騎士たちが同士討ちを始めてたからだ。
その戦いはあまりにも激しく、俺たちを攻撃する余裕などなかった。
「後は私がやります」
ヴァイオレットはそう言うと、枡形虎口の城門門扉を斬り破った。
本丸城門ほど大きくもなく、厚みがあるわけでもないが、それでも属性竜の皮が張られたとても頑丈な門扉なのに、一撃で斬り破るとは、信じられない。
ヴァイオレットの使っている剣は、それほど巨大な剣ではない。
女性にしては厚みも長さもあるが、並の騎士なら普通に扱っている剣と同じだ。
それなのにこれほどの切れ味という事は、総属性竜牙製なのだろう。
「私の後に続きなさい」
信じられない事に、ヴァイオレットが先頭に立ち、その後ろにカチュアが続く。
あれほど大切に護ってきたカチュアが、最前線の二列目にいる。
カチュアとヴァイオレットの左右は使用人が護っているが、それでも危険すぎる。
まさかとは思うが、カチュアも人並み以上に武術ができるのか。
いや、剣タコはなかったし、どこにも激しい修練の後はなかった。
乗馬も普通の上手いが、達人というほどの手綱さばきではない。
そんな事を思っている間に、ヴァイオレットを先頭に城館にたどりついた。
まったく損害を受ける事なく、ドラゴン一族が住むところまできてしまった。
難攻不落だと思っていたネオドラゴン城なのに、こんな簡単に最奥まで攻め込むことができるなんて、内憂のなんて恐ろしい事か。
外にいる敵よりも、味方を装い内側にいるの敵の方が数倍恐ろしかったのだな。
知識では分かっていたが、この状況になってようやく実感できた。
「カーツ様とマティルダ様が戻られたぞ。
辺境伯様を佞臣からお護るするために、カーツ様とマティルダ様が戻られたぞ。
忠義の臣は持ち場を離れずに役目を果たせ。
不必要に辺境伯一族に近づく者は、害意がある者として、斬る。
警護の者は主の側を離れるな」
いつもの大声の使用人が、城館中に響き渡る声で命じる。
これで持ち場を離れる人間は敵だと断言できる。
いや、もうカチュアたちは敵味方を特定しているのかもしれない。
だからこそ、今の言葉で俺たちに有利な状況を作り出したのだろう。
辺境伯家の家臣が持ち場にいる事が、1番安全にイザベルさんたちを救い出せると、カチュアたちは計算しているのだな。
「謀叛者だ、なにをしている、こいつは謀叛人だぞ」
こうやって、俺を正面から罵って斬りかかってくる騎士は予想よりも少ない。
これもいつも優しい微笑みを浮かべているカチュアの策なのだろうか。
本丸の、しかも城館内の警備を任されるほどの騎士だ。
護衛騎士ほどではないが、並の騎士では相手にならない強さのはずだ。
完全鎧も、最低でも亜竜種の皮で補強されている。
それなのに、全員カチュアの使用人に一刀のもとに斬り殺される。
今回は証言させる必要もないのだろう。
捕虜にする事もなく、次々と斬り殺していく。
まるで無人の野を行くがごとく、楽々と奥に奥にと進むことができる。
このまま順調に、最奥にいるイザベルさん達の所に行けるかもしれないと思ったのだが、そう簡単にはいかないのだな。
「カーツ様、マティルダ様、辺境伯様に謀叛とはお情けない。
ここは私が苦しまないように殺して差し上げます」
確かこいつは騎士隊長の1人だったな。
配下には100人の騎士がいるはずだが、一緒にいるのは20人程度か。
俺の記憶に間違いがなければ、ルキャナン大臣の傍流から正室を迎えていた。
それが縁で信用を得て、騎士隊長に昇進したはずだ。
ドラゴン一族の側近くに仕える人間は、信用信頼できる者でなくてはいけない。
だがその信用信頼の根本である大臣が佞臣では、まったく話にならないな。
「死ね」
完全鎧を装備した騎士隊長が、面貌の奥から愉悦に満ちた声を吐く。
俺と義姉さんを殺せる事が、楽しくて仕方がないようだ。
こんな性根の腐った奴に、騎士隊長という重責を任せていたのか。
俺とは縁遠い位置にいたから気にした事もなかったが、もっと気配りして配下の本性を確かめておくべきだった。
まあ、自分の護衛騎士の本性も見抜かなかった俺には、どうせむりだったな。
「お気に入りの拷問売春宿を潰された恨みを、カーツ様とマティルダ様に八つ当たりするなど、本当に性根の腐った奴だ。
同じように人を痛めつけて快楽得るような腐った奴が、騎士を名乗るんじゃない」
ヴァイオレットが騎士隊長と配下を順番に睨みつける。
クソったれが、俺が見た辺境伯家の鎧を着ていたのはこいつの配下か。
怒りのあまり血が頭に上って目の前が真っ赤になった時、ヴァイオレットたちが目にも止まらぬ速さで動いた。
そう思った時には、立ちふさがっていた20人の首が斬り飛ばされた。
残った胴体からは噴水のように血が噴き出している。
「カーツ様、こいつらの剣と鎧は後々必要になります。
キッチリと魔法袋に回収しておいてください」
また俺が死体を回収するのかよ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます