第13話:エドワーズ子爵城

「ここがエドワーズ子爵家の居城であり、城下町でもあります。

 この中に犯罪者組織の根城があります。

 まさに敵の本拠地に護衛もなしに乗り込んでいくのです。

 止めるのなら今ですが、どうなされますか」


 ヴァイオレットがまたしても俺を試すように話しかけてきた。

 だが俺は、全く知らない城がある事に驚いて何も言えなかった。

 いや、確かに走りながら城があるのは見えていたよ。

 だけど、城は辺境伯家が地域の領民を護るために築城したのだと思っていた。

 まさか領地を捨てて逃げてきたエドワーズ子爵家の城だとは思わないだろう。

 だってこの地域は全てドラゴン辺境伯家の領地なのだから。


「覚悟はできているから、今更入らないなんて言わない。

 だけど教えて欲しい事がある。

 なぜドラゴン辺境伯領内にエドワーズ子爵家の城があるんだ。

 そんな話まったく聞いていないぞ」


 分からない事は素直に知っている人に聞いた方がいい。

 聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥、という言葉は前世で身に染みて理解している。

 だから俺よりも知識があって嘘をつきそうにないヴァイオレットに聞く。


「建前上は領内に数多くある村の避難城という扱いです。

 ですが実際は、魔族から逃げきた4つの子爵家の居城の1つです。

 ここを開拓したは大英雄様ですが、築城したのは逃げてきた子爵家の領民です。

 だからこの城壁の中はエドワーズ子爵家の家臣領民ばかりです。

 さきほど申し上げた通り、敵の真っただ中に入る事になるますよ」


「さっきも言ったように、入る覚悟はできている。

 だがヴァイオレットの話しから考えると、エドワーズ子爵家に関係のない俺を、素直に入れてくれるとは思えないのだが」


「その心配はありませんよ、カーツ様。

 ドラゴン辺境伯家の直系であるカーツ様が、エドワーズ子爵に挨拶に来たと言っているのに、門前払いなどできません。

 それこそ非礼を咎められて厳しい処分を受ける事になります。

 この場合は堂々と表に出して処分できる事案ですから」


 ヴァイオレットの話しは頭では理解できるが、心が納得しない。

 子供の誘拐や拷問は家名に傷がつくから表に出せないので処分しない。

 だけど不敬なら表に出せるから処分する。

 そんな話が納得できるモノか!

 俺に力があれば、見て見ぬ振りせずに処分するのに、なんてことはもう言わない。

 力があろうがなかろうが、納得できない事には文句を言うし手も出す。


「だったら堂々と正門から入ろうじゃないか。

 ヴァイオレットたちは俺の護衛を演じてくれ」


「お任せください」


 ヴァイオレットが美女とは思えないふてぶてしい笑顔を向けてくる。

 男勝りと言うべきか、騎士の家系だから武人らしいと言うべきか。

 それに比べてカチュアの笑顔の可憐な事。

 思わず抱きしめたくなるが、義姉さんの手前、表情を緩める事もできない。


「だったら私はカーツ殿の義姉としてではなく、アーサー様の娘として、父の盟友の子孫に挨拶したいと言った方がいいかしら。

 ドラゴン辺境伯の孫というよりは、妹と言った方が相手も威圧されるでしょ」


 義姉さんも自分の血筋を利用する覚悟を決めたようだ。

 内心は色々と思う所もあるだろうが、まだ囚われているだろう子供たちを助けたいのが1番で、自分の感情など二の次だと思ってくれたのだろう。

 それに俺としても、そうしてくれたら助かる。

 エドワーズ子爵は俺単独よりもさらに断り難くなる。


「かいもぉおおん、開門だ。

 ドラゴン辺境伯家のカーツ様とマティルダ様がエドワーズ子爵に挨拶によられた。

 今直ぐ門を開けよ!」


 カチュアの使用人が、本当の騎士のような態度で堂々と名乗りを上げている。

 まあ、本当かどうか分からないが、先祖は騎士家の出身で正統な後継者だという。

 今回の魔境へ狩りに行くのに、騎乗するのか徒士でついてくるのかでもめた。

 俺としては全員騎乗してくれた方が早く移動できていいのだが、身分の壁がある。

 ドラゴン辺境伯家の法律では、騎乗できるのは準騎士家以上となる。


 セバスチャンそういうと、カチュアの使用人全員が騎士位持ちだと言ったのには笑ってしまったが、お陰で移動が速くなって助かった。

 むしろ護衛騎士以外の護衛部隊に兵卒がいたので、俺の家臣の方が足手まといだったが、今はそのお陰で余計な連中がついてきていない。

 俺の命令を無視して少し離れてるついてきているのは護衛騎士たちだけだ。


「騎士様、急にそのような事を申されましても、当家としては対応に困ります。

 カーツ様とマティルダ様をお迎えする準備ができておりません。

 後日改めてご来訪いただければ、子爵家らしい歓待をさせていただけます」


 門を警備していた兵卒の長が慌てて答えるが、聞き届ける気は最初からない。


「それはなにか不都合な事を隠しているからなのか?!

 悪事を隠すためにカーツ様とマティルダ様を門前払いするという事か。

 カーツ様はドラゴン辺境伯家の四代目候補として挨拶したいと申されている。

 マティルダ様は大英雄アーサー様の娘として、当代のエドワーズ子爵にご挨拶し、盟友であった初代エドワーズ子爵の墓に詣でたいと申されている。

 それを断るというのは、よほどの悪事を隠しているという事だな!」


 門番を脅してくれているカチュアの使用人は、声量も多いし度胸もある。

 嘘をつき通して相手を脅す手法は、とてもマネできない。

 門番の長も配下も恐怖で震えあがっているから、もう直ぐ開門されるな。


「これ以上ここで時間を潰して、カーツ様とマティルダ様に恥をおかけするわけにはいかないから、ここは帰るが、子爵家に厳罰が下されると思え。

 少なくともお前達門番は、不敬罪で拷問の限りをつくして殺されると思え。

 ドラゴン辺境伯家の拷問は並の苦痛ではないぞ、覚悟しておけ」


「ひぃいいいい、開けます、開けます、今直ぐ開けます。

 開けますから、どうか拷問だけはお許しください」


 俺は思いっきり嫌な気分になった。

 門番たちがここまで拷問を恐れるのは、エドワーズ子爵の拷問癖を知っているから、それ以上の拷問を受けたくない恐怖心からなのか。

 もしそうだとしたら、子爵家の一部が知っている事ではなく、全体が関与しているか黙認している事になる。


「カーツ様、今は考えている時ではありません。

 今なすべき事は、捕らえられている可哀想な人々を助ける事です。

 そして言い逃れしようのない連中に、厳罰を与える事です」


 余計な事を考えていた俺は、ヴァイオレットに言われてしまった。

 言葉は丁寧だが、イントネーションと語気は明らかに叱責している。

 また恥をかいてしまった。


「その通りだ、敵の根城に案内してくれ」

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