第14話:根城
俺の言葉と同時に、タイミングよく城門が開いた。
俺たちは順番に従って城門をくぐったが、その速度は異常だった。
貴族が他の貴族の居城に表敬訪問するような速さではない。
城攻めに乗り込んできた敵のような素早さで駆けた。
もちろん装備も魔境で魔獣を狩るための完全装備のままだ。
例えエドワーズ子爵家の将兵の襲われても即座に反撃できる。
案内してくれるカチュアの使用人に迷いなどなかった。
攻め込んできた敵を迷わすための複雑な街並みを、一気に駆け抜ける。
落ち延びてきた子爵家の領民だけが住む地区だから、それほど広くなかった事もあり、直ぐに目当ての場所に着く。
城内の領民地区、城内町と言える場所の中央、もっともいい場所に犯罪者たちの根城はあった。
腹立たしい事に、堂々と売春を商売にしている事を看板に出していた。
しかも、金さえ出せば拷問して殺す事も可能だと明記している。
あまりの怒りに目の前が真っ赤になった。
血が頭に上り過ぎて血管が切れそうだ。
ちょうど出てきた客が、辺境伯家が貸与している鎧を着ていた事で、俺の堪忍袋の緒がブチ切れた。
「殺せ、問答無用で客も皆殺しにしろ。
黙認していた子爵家も滅ぼしてしまえ!」
俺の言葉を待っていたのだろうか。
カチュアの使用人たちが一斉に犯罪者組織の根城に攻め込んだ。
だが、ブラッド城の攻防とは違い、全く音を立てない。
攻め込んだとは言ったが、正しく表現すれば忍び込んだに近い。
指を嚙み千切られないように、魔獣素材の強固な手甲をした手で標的の口を塞ぎ、的確に急所を刺し貫いて殺していく。
「ヴァイオレット、使用人たちは刺客なのか」
犯罪者組織の根城に入る事が許されず、外で待つしかなかった俺はたずねた。
「彼らは刺客ではありませんが、先祖がそういう役目だった者もいます。
我らはカチュア様を護るために、それぞれの家に伝わる技を共有しています」
ヴァイオレットは何事もないように淡々と言うが、とんでもない事だ。
ヴァイオレットと同じように、皇室の後継者争いで皇都を追われ苦しい生活をしていたとしても、士族家には代々伝えられてきた技に対する誇りがある。
そう簡単に他人に教えるようなものではない。
それに他家の技を覚えるよりは自家の技を習得する事を優先する。
それを全ての技を共有して習得しただと、並大抵の努力と忠誠心ではないぞ。
「羨ましいくらいの忠誠心だな」
言わなくてもいい事を口にしてしまうのは、俺の器が小さいからだな。
「全員、家族を助けてもらった恩がありますから。
今殺されているような下劣な連中は、ここにいるだけではありませんよ。
皇都には掃いて捨てるほどいたと聞いていますし、地方の貴族領にもたくさんいましたから、みな大なり小なり口にしたくない思い出があります。
特に大英雄様に助けていただくまではね」
「だから、命懸けで俺の協力してくれるのか」
「当代のドラゴン辺境伯様やドラゴン伯爵様は、大英雄様から受けたご恩を返すのに相応しい方ではありませんから、カーツ様に返させていただく、とカチュア様が申されたのですよ」
ヴァイオレットの言葉に聞いて、カチュアの顔をマジマジと見てしまった。
だがカチュアは全く動じることなく、堂々と微笑んでいる。
完全に人間の器が違っている。
俺がカチュアに勝てるところなど何一つない。
だが、それでも、ドラゴン辺境伯家の直系という点が俺を上に立たせてしまう。
ならば小心で狭量な本性を隠して、善良な領主を演じ切ってやろうじゃないか。
「そうか、だったら俺の望みをかなえてくれ。
まずはここに捕らえられている人々を全員て助けたい。
そして安全な場所に匿ってあげたい」
「分かりました、ですがその為には、あの城を落とさなければいけません」
ヴァイオレットはそう言うと平山城になっているエドワーズ子爵城を見た。
俺は一旦逃げて被害者を匿うつもりだったのだが、それではダメなようだ。
「元凶であるエドワーズ子爵家の一族と家臣を皆殺しにしなければ、また同じ事が引き起こされますよ。
ここで一旦逃げてしまったら、そいつらが闇に潜んでしまいます。
そうなれば我々でも捜しだすのは難しくなります。
なによりドラゴン辺境伯家が軍勢を繰り出したら、我々は皆殺しにされます。
元凶を断ち、もう二度と同じ事を繰り返させないようにしたうえで、我々が生き残る方法は、この城を攻め取って籠城するしかありません。
マティルダ様の魔術と、カーツ様の魔法袋にあるドラゴン素材の武具があれば、ドラゴン辺境伯軍が攻めてきても守り切れます」
ヴァイオレットはとんでもない事を言う。
確かに今、なにがなんでも自分が領主になると決意した。
その決意を見抜いたように、ドラゴン辺境伯家に叛旗を翻せと唆す。
俺としては、祖父と父と正面から言い争ってでも、辺境伯家の方針を変えさせて、その上で四代目を継承するつもりだったのだが、それでは手緩いという事か。
それともヴァイオレットは、祖父と父は絶対に方針を変えないと読んでいるのか。
「最初に無理無体を聞いてもらって、命まで懸けてもらったのは私だ。
今更逃げ出すわけにもいかないし、名や命を惜しむわけにもいかない。
俺にだって多少は漢の矜持があるからな。
分かった、あの城を落とそう」
そんな事を言っている間にも、カチュアの使用人たちは働いてくれていた。
命懸けで、可哀想な被害者たちを助け出してくれていた。
同時に腐れ外道な犯罪組織の連中と客を殺してくれていた。
一緒に根城の中に入ったわけではないが、伝令が逐一状況を報告してくれる。
その鍛え抜かれた行動には舌を巻いてしまう。
度重なる戦いで練達の騎士や兵士を失った辺境伯家とは比べ物にならない。
全てが終わるまでにかかった時間は、1時間もなかった。
検分をしてくれと言われ、根城の中を確認した。
被害者たちは助け出されて久しぶりに外の空気を吸っている。
一方下種な犯罪者と客は殺されて骸をさらしていた。
地上二階と隠し扉から降りる地下が二階。
生き残りが潜んで逃れる事がないように、隠し部屋が徹底的に暴かれていた。
「さて、では今から城に攻め込むわけですが、これだけ時間をかけてしまいましたから、エドワーズ子爵家の連中は迎撃の準備をしているはずです。
ここで逃げ出しても構いませんが、どうなさいますか、カーツ様」
このまま祖父の元に戻って、今の地位を守るために自分たちを裏切るかとヴァイオレットが聞いてくるが、こう何度も俺を試して何が楽しいのだろうか。
「何度も確認してくれてありがたいな。
だが俺の気持ちは変わらない。
このまま一緒に城攻めに参加させてもらうぞ」
「私もお供させていただきます。
今度こそ私も魔術で戦いますからね」
申し訳ないが、マティルダ義姉さんにも戦ってもらわないといけない。
被害者たちを護るために、カチュアの使用人の半分は城内町に残るのだ。
残っる半分、50人程度で子爵家の城を落とすなんて普通は無理だ。
義姉さんの魔術に頼るしかないが、13歳の義姉さんに人殺しをさせるのは……
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