第12話:駆け引きと決断
「重ね重ね無理を言ってすまないが、この子たちを安全に匿ってくれないだろうか。
このままでは辺境伯家に、口封じのために殺さるかもしれない。
俺に払える代価なら何でも払う。
命を寄こせと言うのなら、この場で死のう」
護衛騎士たちは驚いているが、俺は本気だった。
四肢の欠損を癒して元通りにしても、少女たちの心までは治せなかった。
辺境伯家が犯した罪を償うためなら、死ぬことも覚悟している。
本性が臆病な俺だ、死ぬことが怖くない訳ではない。
だが今生はおまけのようなモノだから、恥知らずに生きるくらいなら死を選ぶ。
恋心を抱いたカチュアとヴァイオレットに見栄を張りたいというのもある。
「本当にカーツ様の命を頂けるのですか。
何なら魔法袋とその中身でもいいのですよ」
護衛騎士たちが息を飲むのが分かる。
だが全く何も言わないばかりか、俺の方を見ようともしない。
護衛騎士たちもまだ恥を感じる心は残っているようだ。
自分たちが見て見ぬ振りをしたせいで、この世の地獄を味わった少女たち。
その姿を見た直後に何か言えるはずがない。
例えヴァイオレットがドラゴン辺境伯家の秘宝を寄こせと言ってもだ。
ドラゴン辺境伯家に本当の家宝秘宝は祖父の魔法袋の中にある。
だが万が一の時の事を考えて、一部は父と俺に分け与えられている。
それが手に入るのなら、ドラゴン辺境伯家に次ぐ資産と武具を手に入れられる。
その中には属性竜の素材で作られた武具や秘薬もあるのだ。
カチュアたちほどの勇気と戦闘力があれば、魔境の突破に挑戦する手もあるのだ。
もし魔境を突破した先に開拓可能な土地があれば、自分たちの楽園が作れる。
「私はどちらでも構わない。
辺境伯家が犯した犯罪と不始末の尻拭いをしてもらうんだ。
なにを言われても素直に支払わせてもらうよ」
今まで無表情だったカチュアが、にっこりとほほ笑んでくれた。
その笑顔を見るためなら、命だって懸けられそうな魅力的な笑顔だ。
その笑顔のままヴァイオレットに視線を流す。
俺もヴァイオレットの方に眼を向けたら、素敵な笑顔を浮かべてくれていた。
ブラッド城の兵卒が、戦友に向けていた笑顔を思い出してしまった。
ヴァイオレットは俺の事を認めてくれたのだろうか。
「ではカーツ様、命の方をいただかせていただきます。
死ぬまでカチュア様のために働いていただけますか」
「待っていただきましょう。
戦闘力ではカーツ殿よりも私の方が上です。
死ぬまで働くのは私にさせてください」
「マティルダ様は黙っていてくださいますか。
私はカーツ様とお話させていただいているのです。
それに、カーツ様の命をいただけたら、自然とマティルダ様も手伝って下さるのですから、マティルダ様の命をいただいても意味がありません。
そんな損な取引をする商人はいませんよ」
確かにヴァイオレットの言う通りだ。
義姉さんには平和に暮らして欲しかったが、こんな状況ではそうもいかない。
義姉さんの優しい性格だと、このまま見て見ぬ振りなどできない。
辺境伯家も護衛騎士もあてにできない以上、これからなすべきことを完遂するためには、義姉さんを道連れにしてでもカチュアたちの協力が必要なのだ。
「よく見ているな、ヴァイオレット。
ただ命を預ける前に手伝ってもらいたい事がある」
これから俺がやらなければいけない事の交渉しなければいけない。
「余計な交渉は必要ありませんよ。
さっきの事もあります。
ほんの少しの遅れが取り返しのつかない事態になる可能性もあります。
さっさと犯罪者組織の根城に行って、さらわれている人を助けますよ」
俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
俺の命をもらうと言いながら、辺境伯家の卑怯な行いで犠牲になった人たちを、助ける機会を与えてくれるというのだ。
俺に何の文句もあるはずがない。
義姉さんの驚きの表情を浮かべているが、さきほどまでの悲壮感はない。
「では案内を頼む」
「私たちの後をついてきてください」
そう口にしたヴァイオレットは、ちらりと護衛騎士たちの方に視線を向けた。
俺に護衛騎士たちを何とかしろと言っているのだな。
「お前たちはここで待っていろ。
城に帰る事も犯罪者たちに通報する事も許さない」
「カーツ様は我々が犯罪者たちと結託していると言われるのか!」
「結託しているではないか。
そうでなければこのような犠牲者がいるはずもないだろう。
まさかこの期に及んで、私に自分たちを信じろとい言うのではないだろうか。
そんな言葉を平気で口にするようなら、お前たちは辺境伯家に忠誠を尽くしているのではなく、寄生してうまい汁を吸っているだけだと断じるぞ」
文句を言ったアーノルドの目を見つめると、精神崩壊をおこして放心している少女の方に一瞬視線を向けて、歯を食いしばって下を向いた。
続いて何か言いかけていた護衛騎士たちも俺の視線を避けた。
もうこいつらを信じる事はできないだろうな。
カチュアの配下の1人が、子爵がのたうちまわっている部屋に入って行った。
ずっと聞こえていた子爵の苦痛の声が聞こえなくなった。
「もう子爵を助けようと思っても不可能になりましたから、安心して移動できます。
ついてきてください、カーツ様、マティルダ様」
そう口にしたヴァイオレットが護衛騎士たちに視線を向ける。
恥知らずの卑怯者は道を開けろ、そう視線が物語っている。
護衛騎士たちは目を背けながら階段を上がっていった。
護衛騎士たちにも鼻クソくらいの良心は残っているのだろうが、もう遅い。
こんな光景を見た後では、もう肩を並べて戦う気にはならない。
名も知らぬカチュアの家臣たちに先導され、その後をカチュアとヴァイオレットが続き、またカチュアの家臣が俺と義姉さんの間に入る。
一緒に犯罪者組織から被害者を助けようとしているのに、完全には信じてもらえていないのが分かる。
これくらい慎重でなければ、自分の理想を達成できないのだと理解した。
欲得づくの連中が集まってくる俺は、もっと人を見る眼を鍛えておくべきだった。
義姉さんたちを助けた事で自己評価を甘くし過ぎていた。
やはり平和な日本で暮らした前世の経験など、この世界では役に立たないのだ。
もっと本気で命を懸けて自分を鍛えなければいけない。
祖父や父にお伺いを立てている時点で甘すぎたのだ。
今後ろを追いかけている護衛騎士たちを殺してでも、自分の意思を貫くべきだ。
義姉さんを庇って助けたい思っていたのは、間違いだったのだ。
そうではなく、義姉さんと一緒に戦闘力を鍛えるべきだったのだ。
今俺が信じられるのは義姉さんとメイソン、それにコナンくらいだろう。
だがまだ11歳と10歳の弟たちを頼るわけにはいかない。
そんな事を思いながら小一時間走っていると、カチュアたちが不意に止まった。
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