第11話:隠れ家

 俺たちはヴァイオレットの案内で移動した。

 彼女たちの情報収集能力には目を見張るモノがあった。

 辺境伯家にも同じような能力があるのかもしれないが、身内の犯罪を見逃しているようでは何の意味もないと思う。


「ここです、ここがエドワーズ子爵の隠れ家です。

 今使っているのがエドワーズ子爵の本人かどうかは分かりませんが」


 ヴァイオレットがまた俺を挑発するような言い方をする。

 青い瞳が俺の本性を見極めようとしているような気がする。

 そんな俺たちを見て、護衛騎士たちは何か言いたそうだが、我慢している。

 護衛騎士たちもこれ以上恥をさらすのが嫌なのだろう。

 辺境伯の命令とはいえ、自分たちのやっている事に後ろめたさはあるようだ。

 黙ってついていてくれるのなら邪魔にはならないからそれでいい。


「お前達は俺の後ろを5メートル以上離れてついてこい。

 後ろから斬りかかられるのは嫌だからな」


 俺は護衛騎士たちに再度念を押した。


「安心してください、カーツ様。

 カーツ様と彼らの間に我が家の使用人を挟みますから」


「だめだ、カーツ様にそんな危険な真似はさせられん」


「静かにしろ、セバスチャン。

 証拠隠滅のために子供を殺させるつもりで騒いでいるのなら、俺がお前の家族を殺すぞ!」


 セバスチャンが傷ついたようなか表情をしたが、知った事か。

 お前のプライドなどより子供の命と尊厳の方が大切だ。


「ヴァイオレット、鍵は空けられるのか」


「お任せください、鍵開けを得意とする者もいますから」


 カチュアの使用人の1人が流れるような動きで隠れ家に近づいた。

 隠れ家は魔境が最大に広がった時にも安全な場所ギリギリに建てられている。

 それほど大きな小屋ではなく、よくある狩りの拠点にするような広さだ。

 だが狩り小屋と根本的に違うのは、全て石造りだという事だ。

 窓はあるが、小さいうえに鉄で補強された扉を閉めている。


「開きました、様子を見てまいります」


 あまりにも手慣れ過ぎているが、この使用人はカチュアの密偵なのだろうか。

 普段からこのような使用人が色々と調べてカチュアに情報を届けているのか。


「中はよくある狩り小屋に見せかけていますが、地下室に続く隠し扉がありました」


 ほんの少し待つだけで、密偵が隠し扉を発見してくれた。

 よほど腕がいいのだろうが、カチュアは本当に商人なのか。

 盗賊団の幼頭目と言われても信じてしまいそうだ。


「開けてよろしいですか」


 密偵が俺ではなく、主人のカチュアでもなく、ヴァイオレットに確認した。

 カチュアは傀儡の当主なのだろうか。

 全てをヴァイオレットが決めているように見えるのだが。

 今回は荒事だから、ヴァイオレットに一任されているのだろうか。


「カチュア様、よろしいですか」


 ヴァイオレットはちゃんとカチュアに確認を取っている。

 ヴァイオレットは常にカチュアを立てている。

 カチュアは言葉に出さず、静かに首を縦に振った。

 密偵が全く音を立てる事なく隠し扉を開けた。


「いや、いや、いや、いやあああああ」


 まだ幼い女の子の悲鳴が耳を打った。

 俺は思わず全力で隠し戸に向かって駆けていた。

 一瞬の遅れてマティルダ義姉さんも駆けだした。

 俺も一生懸命鍛えていたのだが、魔力で身体強化ができる義姉さんに敵わない。

 だが義姉さんは俺の前に出たとたん、俺に早さを合わせてくれた。


「見直しましたよ、カーツ様」


 俺を護るために側を離れないようにしている義姉さんとは違い、カチュアとヴァイオレットは早さを抑える事なく走り去っていく。

 信じられない脚の速さで悲鳴の聞こえた地下に降りていく。

 2人に比べて足が遅いのがもどかしい。

 だが俺よりも遅いのは護衛騎士たちだ。

 俺との間にカチュアの使用人たちがいて身動きできないようだ。


 義姉さんに続いて隠し扉の中に入って、細い石造りの階段を降りる。

 取り返しがつかない事態にならないか、心配で心臓が早鐘のように打つ。

 階段の下には通路が真直ぐ通っていた。

 カチュアとヴァイオレットが通路の先にある部屋の扉をたたき壊して入っていく。

 左右は牢屋になっていて、虚ろな目をした幼い少女たちが閉じ込められていた。

 何が行われていたか想像するだけで吐き気がした。


「ギャアアアアア」


 耳障りの悪い男の悲鳴が聞こえてきたが、同情など全くわいてこない。

 むしろザマア見ろと言う思いしか浮かんでこない。

 焦る思いほど足が動かず、なかなか正面の部屋に入れない。

 ようやく部屋に入った俺が見たモノは、貴族然とした服装に身を包んだ壮年の男が、内臓を引きずり出されてのたうちまわっている姿だった。


「ウッゲェエエエエエ」


 義姉さんが我慢できずに嘔吐している。

 俺も激しい嘔吐感に襲われていたが、先日魔族の激しく損傷した遺骸を見たお陰か、何とか吐かずに耐える事ができた。

 ヴァイオレットが右手を血塗れにしながら冷たい目で男を見下ろしている。

 カチュアは、まだ幼さの抜けない傷だらけの少女の抱きしめている。


「どけ、どかないか、どかないと斬り殺すぞ」


 ジェンソンがカチュアの使用人たちを脅している声が聞こえてきた。

 俺の頼みを聞いて、5メートル以内に近づけないようにしてくれているのだろう。


「黙ってそこに立っていろ、卑怯者共が。

 お前たちの卑怯な行いの結果が、そのにいる幼女たちの姿だ。

 少しでも恥を知るなら、俺にその汚い声を聞かすな!」


 俺は思わず本気で怒りをぶつけていた。

 

「俺が出ていく。

 卑怯者どもを俺の5メートル以内に近づけるな」


 怒りに任せてカチュアの使用人に命令してしまった。

 だが、もうこれ以上こんな所に義姉さんをいさせるわけにはいかない。

 少しでも早く外の空気を吸わせてあげないといけない。


「義姉さん、もう大丈夫ですから外に出ていてください。

 敵もいませんし、カチュアたちが信用できる事も分かったでしょ」


「恥ずかしい所を見せてしまいました。

 心配してくれたうれしいですが、もう大丈夫です。

 牢屋にいる子たちを助けるのでしょう。

 私にも手伝わせてください」


 少し安心できたからだろうか、地下に立ち込める便臭と腐敗臭が鼻を突く。

 こんな環境の中で、幼さの抜けきれない少女たちは拷問されていたのだ。

 それを知っていて見て見ぬ振りしていた連中を許す事などできない。

 少なくともそんな連中に、側によって来られるのは絶対に嫌だ。


「分かりました、手分けして治してあげましょう。

 これはさっきの造血薬と栄養薬です。

 それとこれは四肢欠損を回復させる薬です。

 必要なら遠慮せずに使ってください」


「そんな、これは属性竜の素材が必要な秘薬ではありませんか。

 これほどの秘薬を独断で家臣でもない者に使ったとなれば、厳罰を受けますよ」


「家の恥と犯罪の償いは、絶対にしなければいけません。

 私は死んだ後でアーサー様に恥知らずと罵られるのは絶対に嫌です。

 義姉さんもアーサー父さんに叱られたくはないでしょう。

 アーサー様に絶縁されるくらいなら、祖父に殺された方がはるかにマシです」


「そうですね、私もアーサー父さんに親子の縁を切られるのは嫌ですね」


 俺たちは拷問で四肢を失い傷口が腐り始めていた少女たちを急いで治療した。

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