第10話:仲間割れ
「本当によろしいのですか、カーツ様。
辺境伯様や伯爵様に逆らったら、廃嫡されるかもしれませんよ」
わざとだろうか、ヴァイオレットが俺を挑発するような言い方をする。
確かに祖父や父の方針に逆らえば廃嫡されるかもしれない。
辺境伯家の当主である祖父とは見える光景が違うのかもしれない。
祖父のやり方の方が、大局的に見て貴族としては正解なのかもしれない。
だが、俺は絶対に嫌だ。
子供を殺し攫うような連中を見逃すくらいなら、殺された方がましだ。
「構わない、領民を、特に女子供を見殺しにするくらいなら廃嫡される。
まして辺境伯家の悪事を見逃すくらいなら、殺された方がましだ。
俺の覚悟を問う前に、ヴァイオレットの覚悟はどうなのだ。
自分が殺されるだけではすまないのだぞ。
大恩ある主家のカチュアまで殺されるかもしれないのだぞ」
「見損なってもらっては困ります。
カチュア様はそのような腰抜けの卑怯者ではありません。
命惜しさに女子供を見捨てるような恥知らずでもありません。
ここで私がカチュア様を庇って何も言わなければ、追放されてしまいます。
カチュア様の名誉を護るのも、仕える者の役目でございます」
俺に返事をしてくれるのはヴァイオレットだけだが、カチュアもにっこりと笑ってくれているから、嘘偽りではないのだろう。
名誉と誇りのためなら、辺境伯家を敵に回して戦い死ぬ覚悟ができている。
心から羨ましいと思ってしまう。
俺の護衛騎士たちも命懸けで俺を敵から護ってくるだろうが、それはあくまでも辺境伯家に忠誠を誓っているからで、俺個人に心服しているからではない。
「では教えてもらおうか、辺境伯家の誰がやったのだ」
「ヴァイオレット!」
普段は絶対に強い語気で話さないセバスチャンが、ヴァイオレットに黙ってろと言う意味を込めて名前を呼び捨てにした。
「ふん、主君の名誉を護るために命もかけられない卑怯者が。
横から余計な口出しをして、更に主君の名誉に泥を塗る気か。
命の惜しい憶病者は耳を塞いで黙っていろ」
ヴァイオレットの言葉に、護衛騎士たちが顔色を変えている。
彼らにも多少はやましいと思う気持ちはあるようだ。
「エドワーズ子爵家ですよ。
家中が混乱していて、誰が権力を握っているのか私たちにも分からない状態です。
ですがエドワーズ子爵が犯罪組織の後ろ盾になり、女子供を攫っています。
それだけではなく、幼い女の子を欲望のはけ口にしているという噂もあります」
あまりに恥知らずな行いに、反吐が出る思いだ。
このような状況を、祖父や父は知っているのか。
本当に知っていて黙認しているのか。
まだ無能で家臣に何も報告されていない方がましだ。
ついさっきまでの俺のように。
「御用商人になったばかりで悪いが、俺の護衛を頼めないかな」
「カーツ様!
絶対にいけませんぞ。
勝手な事をなさっては、辺境伯家の名誉と誇りが地に落ちますぞ」
「黙れ卑怯者!
もうどうしようもないくらい辺境伯家の名誉も誇りもクソまみれだ。
俺をお前達と同類だと思うな!
大爺様に恥ずかしい生き方をするくらいなら、祖父に殺された方がましだ」
俺に恥かしい生き方をさせようとするセバスチャンを思いっきり罵ってやった。
セバスチャンにはセバスチャンの正義があり生き方があるのは理解している。
だからセバスチャンがどのような生き方を選ぼうと邪魔する気はない。
だが同時に、セバスチャンに俺の生き方を邪魔させる気もない。
「カーツ様の誇り高い生き方に心から敬意を表させていただきます。
その証拠に、カーツ様の護衛を引き受けさせていただきます。
ただし、あくまでのカチュア様の次ですが、それでもよろしいのですか」
またヴァイオレットが挑戦的な表情と語気で質問してくる。
俺は上手くヴァイオレットに操られてしまっているのかな。
さっきから随分と景気の好い事を口にしてしまっているが、俺の本性とは違う。
俺本来の性格は、もっと臆病で慎重なはずなのに。
転生してから初恋した相手に好い所を見せたいとでも思っているのだろうか。
「その必要はありません。
カーツ殿は私が護ると言っているではありませんか。
それが例えご当主様や義父上様に逆らう事であろうと、私の覚悟は変わりません。
御用商人はカーツ殿の案内さえしてくれればいいのです」
おい、おい、おい、俺は義姉さんを巻き込む気などないのだぞ。
とはいえ、俺が何を言っても聞いてくれないだろうな。
さきほどから義姉さんの言葉を思い出せば分かる事だ。
義姉さんは覚悟を決めて俺を護ると言ってくれている。
ここで止めては義姉さんの名誉と誇りを傷つける事になる。
ここは別の方法で義姉さんを護らなければいけない。
「承りました、マティルダ様。
カーツ様の護衛はマティルダ様にお任せさせていただきます。
我らは犯罪組織の根城とエドワーズ子爵の隠れ家に案内させていただきます」
「では頼んだぞ。
義姉さんは決して無理をしないでください。
義姉さんに人殺しはさせられません。
人を殺さなければいけない時は、私がやりますから」
「そんな心配は無用です、カーツ様。
人殺しは私の専売特許です、味方殺しもね」
横から軽い調子でジェンソンが口出ししてきた。
「義姉さん、もしジェンソンが私を抑えようとしたら、麻痺させてください。
ジェンソン、ついてくるのは構わないが、邪魔をするな。
もうお前達を俺の護衛騎士だとは思わない。
ご当主様や父上様が付けた監視役だと思っている。
俺の名誉と誇りを護るために必要だと思えば、容赦なく殺すぞ」
「分かっていますよ、必要なら何時でも殺してください。
ですが我々もご当主様とカーツ様の板挟みに苦しんでいるのですよ。
必要だと思えばカーツ様を拘束する事もありますので、お覚悟ください。
それと、ここで私たちをまこうとしたら、拘束しなければいけません」
やれ、やれ、ジェンソンにこう言われたら、あまり強くでられない。
身分制度があるこの世界で、主君の命令は絶対だ。
特にドラゴン伯爵家以外力を持った貴族がいない状態では、祖父の命令に逆らうのは絶対君主に逆らうに等しい。
自分だけでなく家族まで殺される覚悟が必要になる。
「そうか、だったら勝手についてくればいい。
だが俺と義姉さんの5メートル以内に近づくな。
近づいたら問答無用で義姉さんに麻痺させる。
頼みます、義姉さん」
「任せてちょうだい、絶対に手出しはさせないわ」
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