第9話:誘拐
俺は必死で反論したが、マティルダ義姉さんはとても頑固だった。
自分が俺を護るから胆力も指揮能力も鍛える必要はないとの一点張りだった。
この点に関しては護衛騎士たちも同意見のようで、助けてくれなかった。
カチュアとヴァイオレットは無表情を貫いていたが、内心何を思っているのか。
ブラコンとシスコンと姉弟だと思われているに違いない。
この世界に転生してからの初恋は、最悪の終わりを迎えてしまいそうだ。
「カーツ殿、魔力が半分近くになったので城に戻りましょう。
カチュア、清算は城に戻ってからさせてもらいます」
「承りました、マティルダ様」
初めての魔境での狩りは、完全に義姉さんが仕切ってしまった。
俺はただ義姉さんが魔獣を狩るのを見ていただけだ。
いったい何のために命懸けの決意をして魔境に来たのか分からない。
俺はマティルダ義姉さんを含めた家族を護りたかったのに。
こんな状況になったら、ますますマティルダ義姉さんに近づく佞臣悪臣は増える。
こんな事になるのなら、魔境に狩りに行きたいなんて言わなければよかった。
俺はトボトボと魔境をから出ようと歩いていた。
護衛騎士たちも今日は何も話しかけてこない。
祖父と父、義姉さんの気持ちは痛いほどよくわかるし、俺が彼らの立場でも同じことをした可能性が高い。
だが、俺にだってプライドはあるし、家族を想う気持ちだってあるのだ。
本当は心優しく虫も殺せない義姉さんに、これ以上無理をさせたくないのだ。
「子供です、子供が死にかけています」
先行していた護衛部隊からとんでもない言葉が聞こえてきた。
魔境の中に子供が入って来るなど信じられない事だ。
貧しくて飢えているのなら、辺境伯家が行う炊き出しにくればいい。
貧民支援のために行われている公共事業なら、年齢に関係なく参加できる。
貧しさが原因ではなく、子供らしい冒険心から魔境に入ったのか。
「治します、私が治すので回復薬で応急処置をしてください」
義姉さんが大きな声で叫んでいる。
思わず声が出たのだろう。
義姉さんにはこういう優しい心があるのだ。
そんな義姉さんを最前線に立たせて、殺し合いをさせる訳にはいかない。
魔族を斃す事はできても、味方に死ねという命令を下せるわけがない。
そんな事をさせたら、義姉さんの心は壊れてしまう。
「ヒール、ハイヒール、ハイヒール」
まだ4歳か5歳くらいだろうか、急いで駆けつけた義姉さんが抱きしめている。
ボロボロの服を着た子供に、繰り返しヒールとハイヒールをかけている。
だが、子供は一向に目を覚まさない。
身体はある程度治癒したのだが、血を失い過ぎているのだろう。
義姉さんのハイヒールでは、失われた血を元通りにはできない。
栄養に余裕があって、スーパーヒールをかける事ができれば助けられるのだが。
「義姉さん、これを飲ませてください」
俺は魔法袋から栄養薬と造血薬を取り出して渡した。
普通の薬ではなく、一瞬で効果が現れる魔法薬だ。
貴重な素材、もう2度と手に入らない竜素材が必要な、秘薬ともいえるものだ。
「え、いいのですか、このような貴重な薬を使ってもいいのですか」
義姉さんの言いたいことは分かる。
このようなみすぼらしい子供のために、秘薬を使うのは家臣の手前問題がある、
だが、この子を助けてどうしても聞かなければいけない事がある。
この子の背中の傷は魔獣が付けたモノではない。
どう見ても刀傷で、人間に斬られたモノだ。
誰がどのような理由で子供を殺そうとしたのか、絶対に調べなければいけない。
辺境伯領に何の罪もない子供を斬り殺そうとするモノがいるなど絶対に許せない。
遺体処理のために魔境に子供を捨てたのか、それとも子供が必死で逃げ込んだのかは分からないが、この状況は絶対に見過ごせない。
それに、義姉さんに子供を助けられなかった哀しみを味合わせたくない。
「必要な事ですから遠慮せずに使ってください。
辺境伯領に子供を斬り殺すような者がいる事を、見過ごすわけにはいきません」
こう言っておけば、家臣たちも俺が秘薬を使う事を納得してくれるだろう。
「分かりました、ありがとうございます、カーツ殿」
こういう切羽詰まった時に、義姉さんの気の弱さが現れる。
普段は無理をして義姉ぶっているが、本当は俺の影に隠れたいのだ。
義姉さんは優しくて、人を助けたいと思っているが、優しくて気が弱いのだ。
小さな頃から性根の悪い連中の悪意にさらされ続けたせいかもしれない。
それに加えて、俺が庇った事が悪い影響を与えたのかもしれない。
義姉さんに全力を発揮させるには、誰かが庇って安全を確保した状態が必要だ。
「うっ、ううううう、おねえちゃん」
2つの薬を飲まされた子供が意識を取り戻したようだ。
この子には姉がいるようだな。
最初に姉を頼るという事は、両親を亡くしているのだろうか。
「もう大丈夫よ、しっかりしなさい。
私が必ずお姉ちゃんの所に連れて行ってあげるから、安心していいのよ。
お姉ちゃんはどこにいるの」
「おねえちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん、わああああああん。
おねえちゃんがつれていかれちゃったよぉお。
きしさまがおねえちゃんをつれていっちゃったよぉお。
おねえちゃあぁああん、わああああああん」
騎士、だと、騎士が子供を攫って行ったというのか。
それともこの子の姉は妙齢の女性だとでもいうのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
辺境伯領の騎士が子供を斬り殺し、姉を誘拐するなど絶対に許せん。
「セバスチャン、何か思い当たることはないか」
「幾つか悪い噂を聞いた事がありますが、カーツ様にお教えする事はできません」
セバスチャンが俺に秘密にしなければいけない事だと?!
この件に関係しているのは、辺境伯家に連なる者という事か。
信じたくない事だが、他に考えようがない。
他の連中も露骨に顔を背けている。
俺は都合の悪い事を聞かせてもらえない、裸の王様だったのだな。
「カチュア、ヴァイオレット、恥ずかしい所を見せてしまったな。
俺は家臣にも嘘をつかれる愚か者だったようだ。
このままでは辺境伯家は滅びてしまう。
もし少しでも人の世界を残したいと思ってくれるのなら、教えてくれないか。
辺境伯家の誰が子供を斬り女子供を攫っているのだ」
「「「「「カーツ様」」」」」
「黙れ、お前たちは祖父と父の命令し従って俺を護っていろ。
俺は俺の誇りに掛けてやりたいようにやる。
邪魔をするなら殺す。
殺されたくないなら俺を殺せ。
カチュア、ヴァイオレット、頼む、この通りだ。
誰が犯人なのか教えてくれ」
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