第4話:エレファントマン

「エレファントマンだ、エレファントマンが近づいてきたぞ」


 城壁守備の兵卒が恐怖を隠しもせずに大声で叫んでいる。

 大型の魔族、エレファンマンは確かに見るからに恐ろしい存在だ。

 だが、俺が学んだ範囲では、突進力や俊敏さでライノーマンより劣っている。

 城壁をよじ登る事もできなければ、城門を破壊する事もできない。

 今回のエレファントマンの役目は、腕力で大岩を引き出す事だろう。

 城門内に詰め込まれた大石をどかさなければ、城門の中には入れない。


「問題はエレファントマンが持っている大盾です。

 表面にドラゴンの皮が張られているように見えます。

 厚みのある手袋をして張り付けたのか、それとも人間にやらせたのか……」


 俺の考えなどアレキサンダーには手に取るように分かるのだろう。

 余計な事は口にせず、1番大切な事を伝えてくれる。

 人間ではとても扱えない、それこそ家の壁を1面剝がしたような大きく厚い盾だ。

 アーノルドの強弓でも貫通させられるかどうか分からない。

 まして表面にドラゴンの皮を張り付けてあるのだ。

 ドラゴンの牙で作った鏃でも、少しでも弱い膂力なら弾かれてしまうだろう。


 最後に珍しくアレキサンダーが言い淀んだ人間の事。

 これはあくまでも噂でしかないが、魔族は人間を飼育しているという。

 魔族にとって柔らかくて美味しいご馳走である人間。

 その人間を喰い尽くしてしまわないように、食用に飼育繁殖させているという。

 反吐がでるような話だが、噂に聞く皇太后が変化したオーククィーンなら……


「弩砲で直接エレファントマンを狙う。

 当てられるようなら、亜竜種の骨を使った大矢を使うぞ。

 急いで準備しろ」


 指揮官騎士が決断をしたようだ。

 曾祖父が亡くなり、もう二度と手に入れる事ができなくなったドラゴン素材。

 属性竜の牙や爪を使うのはさすがに難しいが、亜竜の骨ならまだそれなりにある。

 それに、弩砲の強力な破壊力なら、あの大盾を貫通できるかもしれない。

 問題は大盾に張られている皮が亜竜種の物なのか属性竜種の物なのかだ。


「エレファントマンを斃せると思うか、アレキサンダー」

 

 俺は我慢できずに聞いてしまった。

 本当は俺が指揮官騎士の命令に疑問を挟むような事を口にしてはいけないのだ。

 四代目ドラゴン辺境伯になる可能性が高い俺がそんな事を言うと、指揮官騎士が冷静な命令を下せなくなる可能性がある。

 それを危惧したからこそ、祖父はなかなか初陣を認めてくれなかったのだ。

 今回も見学だけという条件でここに来ているのだから。


「何の心配はありません、カーツ様。

 指揮官はとても優秀だと思われます。

 亜竜種の骨で様子を見て、効果がなければ爪や牙に切り替えるでしょう。

 それでもダメなら、属性竜の骨や爪、牙を使う事でしょう」


 ガッァアアアアン。


 頭が痛くなるほど大きな音を響かせて、弩砲の大矢が大盾を直撃した。

 だが、これほど大きな音をたてながら、大矢は大盾を貫通できなかった。

 魔族は大盾に属性竜の皮を張っていたのだろう。

 曾祖父だけしか狩れなかったという属性竜だ。

 とても貴重で、持っているのは我が家と皇室だけだ。

 欲深いと聞くオーククィーンが、将兵に貸し与えるとは思えないのだが。


「恐らくですが、ナイト城やマジシャン城に張られていた皮を回収したのでしょう」


 俺の疑問を正確に読んでアレキサンダーが答えてくれた。

 確かに、曾祖父が居城としていた城にはドラゴンの皮がふんだんに使われていた。

 曾祖父の爵位があがり、護るべき領民が増えるたびに、本拠地を移転したと聞く。

 それらの城には、領民を護るために惜しげもなくドラゴンの素材が使われていた。

 今はもう失われてしまった、ドラゴン山脈西側にある我が家の本拠地だ。


「取り返したいな、何としてでも取り返したい」


 俺は思わず想いを口に出してしまっていた。


「今の辺境伯家に、ドラゴン山脈を越えて城を取り返す力はありません」


 俺が無謀な事をやらないように、冷たく突き放すように言い切られてしまった。

 確かに今のドラゴン辺境伯家には、魔族が支配する地域に侵攻する力はない。


「せめてここに持ち込まれた分だけでも回収できないだろうか」


 俺はアレキサンダーに食い下がってみた。

 方法が思い浮かばない訳ではない。

 だがその方法はとても危険で、やれる人間を選ぶのでとても難しい。

 不確定要素も多く、優秀な家臣を無駄死にさせてしまう可能性もとても高い。

 その方法をアレキサンダーは俺に伝えるだろうか。


「私を試すのは止めていただきたいです、カーツ様。

 カーツ様なら危険な方法を思い浮かべる事ができるでしょう。

 ですが同時に、安全な方法も思い浮かべておられるはずです。

 2つの安全な方法を思い浮かべながら、危険な方法を口にするか試されました。

 そのような事をすれば、家臣の忠誠心を失いますよ」


「すまなかった、アレキサンダー。

 試したわけではなく、確認したかったのだ。

 思い浮かべた3つの方法だけなのか、それとも他に方法があるのかを」


「そう言う事ならしかたありませんね。

 私にも3つしか方法が思い浮かびません。

 では、今度は私から質問させていただきましょう。

 カーツ様なら3つの策のうち、どれを1番最初に行われますか」


 俺が家臣を試しているのと同じように、家臣も俺を試している。

 仕えるに値する主君かどうかを。

 今はドラゴン辺境伯家の興亡が人類の興亡に直結してしまっている。

 平和な時代なら長男継承が1番領内を乱さない。

 だがこの危急存亡の秋は、無能な長男が継ぐことで破滅につながりかねない。


 皇位継承問題が今の状態の遠因だと学んだ。

 だからドラゴン辺境伯家は後継者争いはできるだけ避けようとしている。

 祖父も父もその方針で俺や一族に接している。

 だが、俺と同世代に魔力持ちが生まれて来た以上、争いなしにはいかないだろう。

 俺が魔力持ちを正室に迎えられたらいいのだが、倫理上不可能だからな。

 いや、今はそんな事を考えている場合ではないな。


「私なら獣の血を詰めた樽を投石機で投げる策を1番先に行うだろう。

 そうすれば魔境に住む強力な獣やドラゴンたちが集まってくる。

 いくら魔族でも、周りを猛獣やドラゴンに囲まれたら平気ではいられないはずだ。

 それに、ドラゴンたちは魔山から外には出られないが、猛獣は違う。

 まだ魔物化していない猛獣なら、魔境の外に出てくる可能性が高い。

 城壁前に高く積み上げられた魔族の遺体を見れば、猛獣はむさぼり喰うはずだ。

 これでどうかな、アレキサンダー」


「大正解です、カーツ様」


「投石隊、獣の血を詰めた樽を放て。

 できるだけ遠く、魔族の連中の真ん中に落とすんだ。

 ただし、お前たちも猛獣には注意しろ」

 

 俺がアレキサンダーに答えた直後に、指揮官騎士が正にその策を命じた。


「「「「「はっ」」」」」


 普段から繰り返し訓練していたのだろう。

 辺境伯領防衛の要であるブラッド城駐屯部隊だ。

 どのような状況で、どんな対処策を使うかは身体に染み付かせている。

 問題は、敵がこの防衛策を読んでいる可能性と、指揮官騎士が口にしていたように、勢い余った猛獣が人間にまで襲いかかってくることだ。

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