第5話:遺棄品の回収

「魔族が遺棄していった貴重品を回収してくれ。

 最優先するのはドラゴンの素材だ。

 この青銅級魔法袋を預けるから、全部回収してくれ」


 獣の血を詰めた樽を投石機で放り投げる策は大成功した。

 予想通り、多くの猛獣が血の臭いを嗅ぎつけて集まってきた。

 曾祖父がこう言う時のために研究開発してくれた特殊な配合をしたの血だ。

 幾種類かの薬草を混ぜる事で、ドラゴンや猛獣を集める効果が高いのだ。

 だから城壁前のゴブリンの死体ではなく、魔族の真ん中に猛獣が飛び込む。

 別名集竜血とも言われる配合血を浴びた魔族は、猛獣に喰われていた。


 だが、集竜血の扱いはとても慎重にしなければいけない。

 わずかでも城内に落としてしまったら、猛獣が城内に入ってきてしまう。

 城の左右は猛獣でも降りておられないような断崖絶壁だが、油断大敵だ。

 なぜなら、魔山の領界から出られない属性竜が、怒りに任せて暴れるからだ。

 岩を足で蹴り飛ばすくらいならいいが、機嫌が悪い時だとブレスを吐くのだ。

 今回魔族軍が壊滅したのも、多くの属性竜がブレスを吐いたからだ。


 それに、どうやらドラゴンと魔族は天敵同士のようだ。

 魔素と瘴気は相反する関係だと思われる。

 そうでなければ、俺たちも属性竜にブレスを浴びせかけられていたはずだ。

 だがそんな事にはならず、ドラゴンたちは魔族たちを追いかけてブレスを吐いた。   

 ドラゴン山脈を越えて逃げようとする魔族を追い、ついには皆殺しにしてくれた。

 後は魔山の領域が広がった時に、残された遺骸をむさぼり喰うのだろう。


「お任せください、カーツ様。

 城の守備隊には悪いですが、貴重なドラゴン素材は全て回収します」


 1番口数の多いジェンソンが陽気に返事をしてくれる。

 今回はアーノルド、ジェンソン、ルーベン、ライリー、カーターの5人が城壁をおりてドラゴン素材を回収してくれるのだ。

 目もくらむような高い城壁を、綱を使ってとはいえ降りられる人間は限られてる。

 少なくともブラッド城の守備隊には降りられる人間はいなかった。

 そう簡単に昇り降りできるような城壁では、辺境伯領を守れないからだ。


「ドラゴン素材以外は残してやってください。

 命懸けで戦ってくれた将兵には、戦場掃除で余禄を得る権利がありますから」


 俺の側に残ってくれるセバスチャンが5人に声をかけている。

 何があっても俺の側を離れず護ってくれる護衛のうちの1人だ。

 護衛騎士の1人だが、俺の執事でもある。

 俺の護衛騎士8人のなかでは1番気遣いのできる漢だ。

 セバスチャンの言う通り、こんな命がけの戦いをしてくれた将兵には、魔族が遺棄していった武器や防具を回収する権利がある。


「分かっているよ、セバスチャン。

 戦友の権利を奪う気などないよ。

 その代わりと言っては何ですが、カーツ様、ドラゴン素材を回収した分の褒美を頂きたいのですが、いかがでしょうか」


「安心してくれセバスチャン。

 ドラゴン素材に相応しい金品を対価に渡す。

 その事は御爺様にも父上様にも許可を頂いている」


「安心いたしました、では行ってまいります」


 5人は信じられないくらい軽々と縄を使って城壁を降りて行った。

 高所恐怖症の俺には絶対にできない事だ。

 城壁を降りるどころか、端によって下を見る事もできない。

 城壁から身を乗り出して槍を突く兵卒を心から尊敬してしまう。

 俺はそれくらい高い所が嫌いなのだ。


「城門を使えるようにするには、まだまだ時間がかかります。

 カーツ様は少し休憩された方がいいのではありませんか」


 セバスチャンが休むように勧めてくれるが、そんな気にはなれない。

 確かに城門内の大石を全て取り除き、外に出るにはまだ時間がかかる。

 護衛騎士たちが全員側にいてくれている時なら、休憩していただろう。

 だがジェンソンたち5人は、俺の命令で働いてくれているのだ。

 そんな状況で俺だけ休憩するわけにはいかない。


「ジェンソンたちが戻ってから休憩する」


「カーツ様、いつも全員一斉に戦い全員一斉に休めるとは限りません。

 今回5人が働いている間に、我々3人が休んでおけば、後で5人全員休憩を取る事ができるのですが、分かっておられますか」


 セバスチャンに優しく注意されてしまった。

 思わず若い身体が赤面してしまう。

 前世も含めれば、俺の方がセバスチャンの倍くらい長く生きている。

 だが人生の濃さが全く比較にならないから、こんな愚かな事を口にしてしまう。

 

「分かった、城の領主の間で休ませてもらう。

 3人は交代で休んでくれ」


「「「はっ」」」」


 俺たちは城代に話をして領主の間の鍵を開けてもらった。

 普段は使わない、領主である祖父が来た時だけ使われる城内最高の部屋だ。

 俺はドラゴン辺境伯家の直系で観戦武官だから、特別に使えるのだ。

 いや、直系であっても、祖父の許可がなければ使えなかっただろう。

 それくらい権威のある部屋だから、居心地よりも防御力を重視している。

 窓1つない地下の部屋で、ここに来るまでの要所を守備兵が厳重に警備している。


 だからと言って、全面的に守備兵たちを信用しているわけではない。

 城代も含めて、いつ誰に裏切られるかもしれないのだ。

 ドラゴン辺境伯家に敵意を持っている者だけでなく、心からドラゴン辺境伯家に忠誠を誓っているからこそ、俺を殺そうとする者がいるかもしれない。

 義妹が魔力持ちでなければ、こんな心配はいらなかったのだろうが……


★★★★★★


 俺たちは順番に休憩して戦いの疲れを癒した。

 まあ、百戦錬磨の護衛騎士たちはあれくらいでは疲れていないだろう。

 だが初めて実戦を見学した俺は、実際に戦ってもいないのにとても疲れていた。

 精神的な疲れというのは、想像以上に身体を疲れさせる。

 もっと実戦経験を積まなければいけない

 戦争は無理でも、魔山や魔境に入って戦う必要があるだろう。


 コン、コン。


「カーツ様、よろしいでしょうか。

 魔族たちの遺棄品を買い取る商人がやってきました。

 先日見学したいと申されておられましたので、伺わせていただきました」


 城代がわざわざ呼びに来てくれたようだ。


「分かった、直ぐに行く」


 準備をして城代を待っていたわけではないが、ここは最前線の城だ。

 昨日まで魔族と熾烈な戦いをしていた城でもある。

 いつでも戦えるように、鎧を着たまま寝るのが常識なのだ。

 従軍商人が相手であろうと、完全武装で相対するべきだ。

 家臣たち以上に奇襲や暗殺を心配しなければいけない相手だ。


 俺は城代に案内されて従軍商人と対面した。

 魔族との戦いの間は、少しでも戦力を増やすために、従軍商人は城外にいた。

 俺の護衛部隊も、後詰もかねて同じように城外にいたのだ。

 まあ、そんな事はどうでもいいのだが、従軍商人だから、てっきり軍人と変わらないような厳ついおっさんを想像していた。

 だが、俺の前にいるのは、俺と歳の変わらない絶世の美少女だ。

 2つの世界で100年近く生きてきた俺が、狼狽の余り固まってしまっていた。

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