第46話 諸侯会盟

 ハウェルペンの衆議堂には13名の、各国のトップあるいはそれに準ずるビッグネームが貌を連ねた。


 第1席、盟主としてヴェスローディア女王、エーリカ・リスティ・ヴェスローディア、18才。ヴェスローディアという国家の陥落を許しはしたものの、若き不屈の女王は自ら艱難に身をさらして復興を目指し、いまここにある。軍隊指揮の巧拙に関してはしばしば「一流ではあるが、超一流ではない」と言われる彼女だが、彼女の真価は兵に将たる、ではなく将に将たる能力にあり、幕下の優秀な人材軍を知るにつれ各国諸侯は賛嘆と羨望を禁じ得ない。


第2席に座るのはウェルス=グロリア神教の『聖女』教皇ルクレツィア・アウレリオス・チェーサル28才と、第3席はその忠実な従僕たる神聖騎士団長テオドールス・アウレリオス・スキピオ36才。ルクレツィアは先代教皇クロートーの愛弟子であり、先代聖女アーシェ・ユスティニアの後継でアトロファやラケシスの先達に当たる。聖女として神力の技巧はむしろ凡庸だが、人のために自分を捨てることの出来る献身的な人格は「彼女こそ心の聖女」といって支持される。彼女を信仰するものには祖帝シーザリオンの妻(シーザリオンとルクレツィアが結婚することはなく、シーザリオンの妻は女神グロリアから下賜された竜種の娘であったが、実際に祖帝が愛した女性はルクレツィアひとりであったという説は根強い)・聖母ルクレツィアに彼女を重ねる向きが多い。スキピオはルクレツィアと同じアウレリオスを氏族名とする点で推測がつくかと思われるが、ルクレツィアとは従兄弟に当たる。優秀で有能な指揮官であり、優れた才覚の騎士でもある。個人戦闘力では魔王殺しの勇者・新羅狼牙、世界最強騎士ガラハド・ガラドリエル・ガラティーンに一歩譲るが、堅実な防衛戦の指揮能力は極めて高い鉄壁である。


遅れてきながら堂々と第4席に座ったのはヘスティア皇帝オスマン33才。これに目を剥いたのはこの席は自国の女王エレオノーラにこそ、と思っていたラース・イラ「騎士団」の歴々であるが、エレオノーラは平然と譲り、オスマンも悪びれることなく端座する。その挙措の洗練、鋭い眼光、短い言葉からも察せられる叡慮。そうしたものがたちまちに彼をこの場の主役とするほどで、オスマンという男は歴史の表舞台に現れた瞬間からすでにほかの主役たちを喰うほどの存在感を発する。


第5席にはオスマンに弾かれた形のラース・イラ女王エレオノーラ・オルトリンデ19才と、その隣6席に「騎士団」の副団長セタンタ・フィアン。「真聖剣」クラウ・ソラスを佩くエレオノーラは華奢ではかなげな、一見すると守られるだけのお飾りの女王というふうがあるが、それは彼女の本質を見ていない。愛国の念、世界平和への希求というものであれば彼女は歴代の「聖女」たちにも劣らず、その心底を知る故にラース・イラの騎士たちは命を捨てて彼女に尽くす。また剣士としての彼女は世界最強の騎士、ガラハドに師事しており、身ごなしを観察すれば彼女がただ聖剣を吊しただけのお飾りでないことは知れる。副団長セタンタ・フィアンもアカツキ内乱(ヒノミヤ事変)で竜の魔女相手に負った傷を完治させて、腕を鍛え直しての参戦だった。


7席、クーベルシュルト新国王フィリップ28才、8席はその守護騎士にして妻である女王ジャンヌ23才、さらに9席、クーベルシュルト宰相ヤン・トクロノフ57才。つい先日まで虜囚として獄中にあった王太子はすっかり立派な国王となり、精神的支柱、師父トクロノフを軍師に、尽力してくれた姫騎士ジャンヌを妻にはせ参じた。ジャンヌはウェルス・グロリア神教会が認めた正式の聖女ではないが実力は折り紙付き、ヤン・トクロノフがヤン・ウィクリフから継承した軍事的才能、とくにワゴンブルクはいまやアルティミシア大陸の防衛戦の主流となりつつある。頼れる存在であった。


10席、エッダ共和政府副総裁カール・グスタフ・オクセンシェルナ47才。冷静で怜悧な政治家であり、軍人ではないが剛胆放胆で知られる。18年前の魔神戦役当時も若手官僚として国防に辣腕を発揮した人物であり、魔王殺しの勇者・新羅狼牙一行がエッダから海を渡って暗黒大陸に向かう際、その船を手配したのがこの人物であった。まさか勇者が魔王の息子をかくまって自分の養子にしたとは思いもしなかっただろうが。


その隣の11席はインガエウ・フリスキャルヴ。エッダ北方をまわって慰撫した結果、彼らの「旧エッダ王家残党連合」の総領に推戴され、ここに着席。「王者の剣」に選ばれただけあり優秀な剣士であり指揮官としても優秀、先日新魔の軍に追い立てられて全軍が壊滅させられそうになったとき、馳せてそれを持ち直させたのはすべて枯れる手腕による……のだが、おごりやすく調子に乗りやすい彼はその功を誇り、他者に対して尊大に振る舞うのが瑕瑾となる。それをいさめることもなく主君をあおりたてる三人の従者に、問題があるのであるが。


12席、アカツキ少将・北嶺院文。一少将のごときが、という声もアカツキ三大公家次席、北嶺院家の家門を押し立ててねじ伏せ着席。率いる兵がわずか5万と少ないためにやはり軽んじられがちだが、彼女は学生時代模擬戦無敗の天才。混元聖母とルーシ・エル・ベリオールの東方戦線による被害を最小限に食い止め、返す刀ですかさず西方にやってきた彼女の功はもっと評価されてよい。


そして13席。本来用意されていなかったこの席に、エーリカとオスマンの強烈な推薦で座ることになったのが新羅辰馬、18才。魔王の継嗣にして聖女の息子である。史上、新羅辰馬という少年がヒノミヤローカルではないアルティミシア九国史に明確に姿を現したのが、まさにこのときであったと言える。各国のトップ……トップの大概は人格者であったり、辰馬と面識があったりなのでむしろその後ろに控える高官たち……はアカツキにおける地位は学生士官で中尉に過ぎない無名の少年に怪訝な顔をしたが、そこを弁護するのは褐色の肌のヘスティア皇帝。


「かの少年は余に勝った者である。彼を侮辱する者は余と余の帝国の名誉に喧嘩を売る者と見なすぞ?」

 高圧でもなく、実にすらりと。そんなふうに言ってのけるオスマン。この一言でひとまずしわぶきは已んだ。


「そーいうことよ。あと、そいつはあとあとヴェスローディアの国王になるんだから、あんまし馬鹿にするんじゃねーわよ」

 エーリカもオスマンに続けて鼻息淡く。しかしこれはむしろ反感を買う。エーリカ女王をたぶらかしたか、浅学非才が寵をたのみおって、と辰馬言われ放題。


「っせぇよ、ボケ! テメぇらに辰馬サンのなにがわかんだっての!」

「そーそー。あんましたぁくんのこと悪く言うとおねーちゃんも怒っちゃうよ~?」

 あまり政治的な見識がないうえ、辰馬に対して妄信的なシンタと雫がそう吠えるが、そういうのがまた逆効果になる。


「お前ら……ちょっと黙ってろ、な?」

「でもさぁー、たぁくん」

「いーからいーから。なんもわからんばかたれどもには言わせとけ」

 と、素でこんな事を言ってしまうのが辰馬の正直さであり、困ったところ。各国文武の官は色めき立ち、それを見てオスマンは面白そうとにっこり。


「おやめなさい」

 と。一騒動持ち上がりそうな所、立ち上がったのは教皇ルクレツィア。白と赤を基調とした法衣姿の女教皇はしずかだが有無を言わせない声と態度で、今が内輪もめをしている場合でないこと、そして


「その少年は教会の至宝といわれた先代聖女、アーシェ・ユスティニアさまのご子息ですよ。……そうですよね、新羅さん?」

「ああ、うん……」

「ほらね。というわけで、彼を無名の有象無象、と決めつけることは教会の権威に傷をつけることになるのですが」

 

 この言葉にはとくに地方の領主たちが苦呻を上げた。うっかり辰馬=聖女の息子を侮辱して瀆神罪で教会から破門→信徒領民が離反→反乱→収入激減と考えた彼らは、たちまちに掌をくるり。揉み手せんばんかりの愛想良さを辰馬に向け振りまく。


「なんだろね、これ……ま、いーけど」

「そんなことより。今の戦況分析が必要であろう? 余とヘスティアの軍勢はこちらに来たばかりで戦況も土地勘もない。このまま戦っても勝てんぞ」

「当然の質問です、ヘスティア皇帝。ではわたしが説明を」


 オスマンの言葉に、エーリカの隣から穣と瑞穂が立ち上がった。穣が指示を出し、瑞穂が穣の告げた言葉をかみくだいてマジックペンでホワイトボードに書き記していく。ホワイトボードはたちまち地形と地勢と兵力、各部署の指揮官能力などの概要でいっぱいになった。穣の正確すぎる洞察力と分析力、それを理解して衆人にわかりやすく図面化してのける瑞穂の表現力、どちらも尋常のそれではなく、人々は驚嘆に息をのんだ。


「まず、このハウェルペン。20万と北嶺院先輩の5万を合わせて25万でしたが、スルタンの30万が加わって55万」

 瑞穂が言う。


「対する神軍と魔軍ですが、一度に一面を相手にするのであれば、数はこちらが勝っています。神軍30万、魔軍50万というところ」

 ついで穣。そこで辰馬が疑問を挟む。

「神軍って……そんなにいたか? 5万とか10万とか、おれらがトルゴウシュテに行く前はそんなくらいだった気が……?」

「増えました」

「ふえた?」

「はい、人間の娘を苗床にして、混元聖母は天使を増やしました」

「………………吐き気のするやり方だなぁ……」

「彼女たちを救うためにも、敗北は許されません。……続いてですが、魔軍にはおそらく、魔王クズノハが前線に出ました」

「「「……!?」」」

 穣の言葉に、人々の目に恐れと動揺が走る。魔王クズノハ、先代魔王オディナ・ウシュナハが殂してわずか18年で、暗黒大陸を統一して人類に挑む英傑。本人は暗黒大陸に隠れたままでその実力未知数であったが、5将星といわれる一人で一国を滅ぼしうる力を持つ5人の魔神を従え、彼らの力から類推してやはり、魔王と言うにふさわしかろうと畏れられる存在。


そして、辰馬にとっては異母姉。


「わたしの構想では、まず魔軍と手を組みます」

「魔軍と!? 相手は魔族だぞ、話が通じるものか!?」

 穣の言葉にどこかの国の門閥貴族がそう吠えるが。


「いえ、大丈夫だと思います。むしろ話が通じないのは神軍。とくに混元聖母は人間を心の底から憎悪しています。理解しあえないというならこちらでしょう」

「それに、上位の親族は普通の人間には見えないし、触れません。強い神力魔力の持ち主でないとそもそも戦いにならないんです。魔族のかたにこれをなぎ払っていただけるなら非常に助かります」

 穣の反駁、そして瑞穂の補足に、むうと呻いてうつむく。心情的に魔族と結ぶのは承服しかねるが、理性は納得したというところだろうか。


「んじゃ、クズノハ先生に同盟、申し込みましょうか」

「教義的には反対すべきなのでしょうが、人類存続を神のご意志とあきらめる気にはなれません。教会はエーリカ女王の決断を尊重します」

「余としても異存はない」

「ラース・イラは人類を守護する剣として戦うのみです」

 エーリカの言葉にルクレツィア、オスマン、エレオノーラが同意し、ほかの面々も内心はともかく同意。


「そんじゃたつま、戻ってきたばっかで悪いけど、おつかい行ってきてー」

「え゛ぇ? なんでおれ……?」

「そんなん、アンタが一番クズノハ先生と親しいからよ、さ、行ってこい弟くん!」


………………

「追い出された……。ま、行くか」

「ご案内します、辰馬さま」

「あー、晦日。サンキュ」

 かくて。エッダのトルゴウシュテから戻った新羅辰馬は今度はヴェスローディア王城ヴァペンハイムを目指す。次の目的は魔王クズノハとの同盟締結。神族撃破のため、これは決して失敗するわけに行かない。


「そういう交渉に不向きなんだがなぁ、おれは……」

「大丈夫、辰馬さまならできます!」

「いや、根拠なく励まされても……」

 新羅辰馬と晦日美咲の二人きりという、珍しい取り合わせはこうしてヴァペンハイムを目指した。

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