第43話 《竜公》シュテファン

 領主ヴォイヴォーデの居城は探すまでもなかった。トルゴウシュテが誇る名城ティヴァニアは「中欧の宏壮華麗な花屋敷」といわれる偉容と美麗さを兼ね備え、わざわざ「黒森」を超えてすらやってくる旅行者を魅了してやまない。


「ほへ~……たいしたもんだわ」

 と、多くの人は感嘆し、新羅辰馬もまた同じようにぽや~とそう感想を述べるしかできなかった。アカツキ京師・柱天城はまさに天を衝くばかりの偉容と7重の天守でもって見るものを圧倒するが、武威猛々しすぎる柱天城のたたずまいはティヴァニアのたおやかな美しさに遠く及ばない。辰馬がほかに知る城はヴェスローディア王城ヴァペンハイムとクーベルシュルト王城レーシだが、ヴァペンハイムは魔軍の攻撃に陥落させられてボロボロだったしレーシも戦時に大慌てで見ただけ、この二つを復元して最大限美化したとしても、辰馬の審美眼に掛けると圧倒的にティヴィニアの勝ちである。


「でもなんだっけ? 『悪魔公』とか『竜公』とかいわれてるんだっけ、ここの領主さん」

「ですね。トルゴウシュテ領主、『竜公』シュテファン。美貌にして驍勇、その柔弱な美貌を隠すため戦場では仮面に顔を隠して戦うといわれますが、敵に対しては容赦なく、ヘスティア皇帝フョードル率いる10余万の軍を1万2千で撃破し、捕虜2万を串刺しにして街道に並べ、敵の戦意をくじいたとか」

 辰馬の言葉に、手帳を開いて答えるのは大輔。あとの二人、瑞穂と雫は美しい町並みにうっとりと夢見心地で、大輔の語る残酷物語にも気づくふうがない。


「串刺し……うーん……味方につければ心強い、のか? ま、ともかく行くか。瑞穂―、しず姉いくぞー。ぼけーとしてたら犯されるぞ、お前ら」

 まあ、神力が使える状態なら瑞穂はほとんど無敵だし、雫はそれ以上に無敵な辰馬を子供扱いできるほどに無敵の二乗。心配など必要ないのだが、やはり気になるのは辰馬の心配りを褒めるべきか、ケツの穴が小さいと笑われるところか。


「はーい、今行きます!」

「たぁくーん、こんなきれーな景色、堪能しないのはもったいないよー? もっとゆっくり見ていこーぜー?」

「やかましーわ、そーいうのは時間があるときな。今のおれらは忙しーんだって」

 と、二人をせかしてティヴィニア城を訪問した辰馬たち一行だが。


「すみません、領主はただいま不在にしております」

 メイドの……辰馬たちにとって、晦日美咲以外、本物のメイドにお目にかかるのは初めてだったが……言葉は無情なものだった。いつ頃帰るかと聞いてもわからない、領主は奔放な方なのでという返事。


「瑞穂、出立前に連絡はしてるんだよな?」

「はい、手紙と、一応電話口でも約束を。「お待ちしています」とのお返事だったのですが……」

「んー……ま、いいや。そんじゃ帰ったら……えーと《金の杯》亭? そこまで連絡を」

「はい、承知しました」

 と、帰って行く辰馬たち一行を見送るメイドの目が、悪戯げに怪しくゆらめいた。


………………

『金の杯』というのはもともとダキア=トルゴウシュテの英雄ラドゥにちなむ。1500年前の独立から300年で今度は蛮王ゴリアテの隷下に置かれることになったダキア=トルゴウシュテ。ゴリアテの死後、その奴隷の立場から解き放たれた女神レイアはヴェスローディアの主神でありながらクーベルシュルトとエッダのそれをも兼任して大いに威勢を振るった。これはのちとある魔神の計略により彼女が封印されるまで続くのだが、その間ダキアは独自の信仰……というか本来のエッダの主神であるヴィヤト・ブェリーナを崇拝し続けた。神力とは信仰の力であり、崇拝する民が激減したことでブェリーナは大きく力を失ったが、それでもダキアの民によって命脈をつないだ。この点クーベルシュルトでは本来の主神ブリギットが信仰を絶やされ消滅させられたことと大きく異なる。ともかくそういうわけで、ダキアの民は自らが女神を救ったという強烈な自負心を持っている。この人々の恩に対して女神ブェリーナが下賜したのが『金の杯』であり、願いを叶える力があるとされ、英雄ラドゥは隣国ヘスティアと生涯7回大戦におよび、7回ともこの金杯に祈願して勝利したといわれる。金杯が実際に効力を持っていたかどうかはわからないが、ラドゥが名将であったのは間違いないことだろう。東の大国を相手に、一領邦の主が7戦7捷という記録を立てたのだから。


そういう由緒のある名前が、このトルゴウシュテの町にはそこかしこにある。それは逗留から数日で辰馬たちを思い知らせた。ラドゥという名前の男の子がやたらと多く、女の子はバートリらしい。聞いてみるとバートリはラドゥの後継者で、戦場で没した父の後を継いでヘスティアの侵略戦争にあらがい続けた女傑なのだという。国の誇りであるらしく、町人に聞けばそういうことはいくらでも教えてもらえた。


「まずおれたちが歓迎されてない、ってことはなさそーなんだよな。敵対的ではないし」

「そーだよねぇ。でも領主様には無視されちゃってるけど」

 辰馬がベッドに腰掛けると、雫は横に腰掛けるのではなく床に座って辰馬のふとももにすりすりとほおずりする。瑞穂もそれを見て、反対側の足にとりついた。


「ちょ……やめろやお前ら、ヘンな気分なっちゃうだろーが! 大輔、助けれ!」

「すいません、新羅さん。それは無理です」


………………

などとやっているうちに、1週間が過ぎた。

 宿の主人に「お客だよ」と言われてロビーに出る。先日のメイドだった。

「領主からの言づてです。一両日中、この町はヘスティアの馬蹄に蹂躙されることとなる、帰られよ。以上です」

「ここでもまた戦争かよ。ヘスティアのフョードル? そいつなに考えてんだアホが」

「まったくです。先日あれだけ一方的に叩いてさしあげたばかりだというのに……」

「一方的に? 叩いた?」

「い、いえ! シュテファン公がね、叩いてくださったということで!」

「ふむぅ……ま、いーや。おれたちも参加しよう? その戦」

「国使さまといえど、安全は保証できませんよ?」

「だいじょーぶ、戦場にはもう慣れた……吐くけどな」

「吐きますかー。わかります」

「は?」

「いえ! なんでも。それでは城にお入りください、護衛の兵をつけて、装備など支給致します。公への拝謁の用意も」

「あぁ、うん。……あんた、シュテファン公だよな?」

「いえ、わたくしはバートリです。そんな、公と間違われるなんて畏れ多い」


………………

 かくいう仕儀で、辰馬たちはティヴィニア城に入ることになった。


「それでは、わたしはひとまず、これで」

「あいよ」

「たぁくんたぁくん。あの子って、ただのメイドさんじゃないよね?」

「おれもそう思ってシュテファン公? って聞いてみたんだが。違うらしい。けど絶対そーだと思うんだよなぁ……」

 首をかしげる辰馬たち。辰馬には侍臣が、瑞穂と雫には侍女が「こちらです」とそれぞれの更衣室に先導、二手に分かれた。


 シャツとパーカーにジーンズという普段着を脱いで短衣と麻のズボンに替える。その上から軽めの胸甲、肘と膝当て。


「……重いな」

「このくらいならそうでもないと思いますが……」

 こちらはプラスで手甲をつけた大輔が応じる。そもそもが辰馬はヒノミヤ事変の当時でさえ甲冑というものを身につけなかったぐらいの軽装主義だが、今回は「特別扱いは無し、聞けないのなら戦場には出せない」というシュテファン公の意向で仕方なくの甲冑姿。


「まあ、重くて動けんとかいうわけじゃねーが。こーいうの着てると動きのキレがな、鈍る」

「あぁ、それはわかります。感触が違うというか」

「そーいうこった……つーても今回はこの格好がお達しだからなー」

「拝謁の間にご案内します」

「あぁ、はいはい」


………………

 そうして案内されたのは、外から見ても華麗だったが内側も華やかな拝謁の間。玉座に腰掛けるのはやはり、予想通りにバートリと名乗ったメイドの少女。なのだが、表情がまるで違う。

「よお、さっきぶり。やっぱあんたがシュテファン……」

「確かにわたしがシュテファン・バートリであるが、貴公は?」

 雰囲気も違い、そして声までも違う。しかし顔と背格好はどうみてもバートリそのもので、名前がシュテファン・バートリというのであれば彼女が自分をバートリと定義したのもうなずけるのだが、今度はこちらの顔に違和感が大きく残る。なにより辰馬たちを知らないような態度が、どうにも演技ではなさそうな。


「そのあたりの事情、わたしたち、聞きました」

 と、瑞穂。雫もその隣で、なんともいえない沈痛げな顔をする。

「よく、わからないが……、まず言っておくとわたしは4国連合に乗り気でないわけではないのだ。女神ブェリーナの信徒として、悪逆のロイアを討つ好機ではあるからな。だが、ダキアの民の心情としてヴェスローディアの風下でそれをなすというのは承服しかねる。せめてエッダの国を長く統治してダキアの民に庇護を与えてくれたフリスキャルヴのインガエウ殿が盟主であれば話も違ったのだが」

 シュテファン・バートリはここでいったん、言葉を切って。

「……とまあ、ここまでは建前として。そういう臣下の声を封殺するために、貴公らに戦場での活躍を期待したい。ヴェスローディア女王エーリカ殿の子飼いが力を示したとなれば、宿老たちもむげにはできまいよ」

 そう続ける。

「なるほど。帰れとかいったのもおれらを試したってわけか」

「彼女を悪く思わないでくれよ? あれはわたしのためによくやってくれているんだ。……ともかく、国使どのにはわが邦の宿老バサラプの隷下に入ってもらう。実際にはバサラプを後見人として、存分に兵を動かしてほしい」

 シュテファンとバートリは同一なのか他人なのか、一部話がかみ合わないながら、とりあえず辰馬は「あいよ」と答えた。


………………

 その日の夕方にはもう出陣である。領主が女将軍であるためか胸の形を強調したような胸甲を支給され、いつもながらに圧倒的な巨大さを誇るそれが同じ部隊の男どもの視線を釘付けにする瑞穂だが、今はそれを気にしている場合でもなかった。


「シュテファン・バートリ公閣下、あのかたは、二重人格です」

「この国を守るために自分を壊したんだって。かわいそー」


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