第42話 ヴォイヴォーデの反発

 エッダ共和国にはヴォイヴォーデといわれる地方領主がいる。


 エッダ=フリスキャルヴ王室が打倒されて共和制となったあとも彼らは残った。というより、ヴォイヴォーデによる連合体といってよいエッダが彼らを完全に解体するのは不可能だったと言って良い。


 さておき。そうして共和制エッダの一員となったヴォイヴォーデではあるが、中には旧フリスキャルヴ王室への追慕の念強く、共和政府を憎む連中も少なからず、存在する。そして厄介なことに、その頑迷な連中こそが国の枢要に重要な役割を担う大物であったりもするのだった。


「そんで。そいつらがエーリカの総大将就任を認めない、と……」

 政務室、上がってきた報告に、辰馬はさすがに渋面を作る。ヴォイヴォーデの中でも東方、ヘスティアとの国境に存在するトルゴウシュテと、大陸北端に位置するエギル、この2都市が「フリスキャルヴの正統、インガエウ閣下をさておいて、ゴリアテさまの血統から言えば傍流であるエーリカ如きが総大将などと片腹痛い!」と行ってきたのである。現在人類が一丸となって神魔に対抗すべき時であるのに、なにを考えているのかばからしい、と一笑に付したくもなるのだが、笑って済ませられないのはこの2都市の影響力がエッダ国内外に大きく、各国の派兵に悪影響を及ぼしかねないということである。困る。


「ホントなに考えてんだろーなぁ、ばかたれが! 神魔どもに負けたら利権あさりも出来なくなるんだぞ?」

「人はそういうものです。ヒノミヤでも神月派に圧伏されて危険な状態にありながら、強調を取らずに自分たちの利権をむさぼり合う人たちがたくさんいました」

 瑞穂の言葉に、辰馬は実に嫌そうな顔になる。あんまり嫌な気分なので瑞穂をぐいと抱き寄せて、その豊臀を鷲づかみにした。


 ぐにぐに、ふにふに。

 4月の末にこちらに来てはや3ヶ月、さすがに8月近くになるとヴェスローディアも暖かく、瑞穂もごわごわしたセーターやはんてんという色気のない格好はしていない。有事に備えていつものかんみそ姿であり、その半ば露出した尻肉が手近にあれば触りたくもなる。とはいえ辰馬が自分から女体に触れたがるというのが、かなりストレスを感じている証拠ではあるが。


「あっ……ぁ、辰馬さま……く……ふぅっ……」

「なんかなー、やっぱ現地に行って説得せんと駄目か。そんな時間もねーのに」

「……くぅっ……ん……、ハ、ハゲネさんの所持する転移の絨毯、あれを使えばすぐにいけるのではないでしょうか? ハゲネさんは一応、国の重鎮であったわけですし、トルゴウシュテにもエギルにも行ったことはあるはずです」

「あぁ、そーなー……」

 ハゲネの転移の絨毯、あれはもともと魔軍が暗黒大陸アムドゥシアスから進行してくるために使っていた巨大な転移布の切れ端であるが、どこにでも転移できるわけではない。いや、出来るのだが、そのためにはまず、使用者の誰か一人でも転移先に行ったことがなければならず、そのためアカツキに来たことがなかったハゲネがアカツキまでエーリカの危急を告げに来るまで、汽車と徒歩とで10日以上かかった。


「そんじゃ、ハゲネに言うか……」

 左手で頬杖つきながら、

ぐにぐに、くにゅん、むにっ、むにゅ♡

瑞穂の巨尻を存分に揉み捏ねる辰馬。その指技の熟練ぶりに、いつもの事ながら瑞穂はなすすべなく翻弄され、興奮させられるが、辰馬は自分が瑞穂の尻を触っているという自覚がない。「うーん、むうぅ~」と唸りつつふにふに、くにくにと揉み続ける。瑞穂はたちまち青息吐息となり、辰馬にしなだれかかった。


「はああぁ……辰馬さま、ご主人さまぁ~♡」

「? なに発情してんのお前? 昼間だぞ、今」

 ぎょっとして目を見開く辰馬。抱きつき、拘束するようにしがみついて服を脱ぎに掛かる瑞穂。


「ちょ、待て待て待て! やめれ、やーめーれって!」

「やめません! ご主人さまが悪いんですからね!」

「なにが……んぶぅぅ~ッ!?」

 乱暴なくらい強引に唇を奪われた。瑞穂は強行に舌を差し入れ、半裸の爆乳をこすりつけてくる。辰馬の理性も粉砕されて自分から瑞穂の身体に手を伸ばそうとした瞬間、執務室のドアが開いて人が入ってきた。


「食料の買い入れなんだけどたつま、これ計算間違えてない? 兵員200万人に1日辺りジャガイモとトウモロコシ600グラムとして、なんでこんな値段に……って、アンタたち」

「あー……エーリカ。よお」

「よお、じゃね-でしょーが! ……ま、アタシは理解ある妻だから今更やめろとは言わないわ、アタシも混ぜなさい!」

「……あのさ、前から聞きたかったんだけど」

「ん? なに?」

「お前らってなんでそんなに積極的なの? 男好きなの? ピッチなの?」

「はっ倒すわよアンタ、一国の女王捕まえてピッチとか。そんなもん、理由はひとつしかないでしょーが」

「なんだよ?」

「アンタがかわいーからよ!(ご主人さまが可愛いからですよ!)」

「………………」

 理解できん、とかぶりをふった辰馬は瑞穂の拘束をふりほどいて自由になるとドアに走る。エーリカが追う、躱す、あと一歩でドア、逃げ切った! そう思った背中にどぅっ! と衝撃。瑞穂の放った光弾が、辰馬の背を強打。辰馬は開こうとしたドアにびたーんと叩きつけられ、ダウン。


「ぅぐ……」

「逃がしませんよ、ご主人さま♡ わたしを昂ぶらせた責任、取っていただきます♡」

「容赦ないわねー、みずほ。ところで『ご主人さま』に戻したの?」

「あ……そうですね、無意識で……」

「そんじゃ、牢城センセも呼ぶ? やっぱたつまをイジメるんなら、3人でやらないと」

「それは良い考えですね!」


 というわけで、新羅辰馬は女郎蜘蛛の様な少女たちにいたぶられ、絞られ尽くしてその日は終わる。


………………

「……ってわけで、おれがトルゴウシュテに向かう。エギルにはインガエウに行って貰いたい、つーか行け」

「指図をするな、ちび猿。たかが一回、まぐれで俺を落馬させたくらいで」

「なんならまぐれじゃないって理解するまで何度でもやってやるが?」

「ふん、東方人は野蛮で困る。そうやって蛮勇を誇るから、貴様らは猿だというのだ」

「よし。んじゃあ頭で勝負しちゃる。将棋……はここにはないから、チェスで勝負だ」

「いいだろう。……俺が勝ったらヴェスローディアの王位継承権を放棄しろ、ついでにミノリも渡して貰う」

「……そーいう条件つけられるとできなくなるだろーが。ヴェスローディアの継承権? そんなモンはもとよりいらんが、磐座は景品じゃねーよ」

「フン、腰抜けが。自信がないのか?」

「そりゃ、どんな勝負にも絶対はないからな。絶対に勝てるとかほざくのは世間知らずの子供か、頭の弱いバカのどっちかだろ」

「俺をバカだというのか?」

「さあ? 少なくとも、あんまし頭よさそーには見えんよなぁ」

「よかろう、指してやる」


………………

「シャー・ルフ(王手)!」

 40分後。辰馬のポーンがクイーンにチェックをかける。インガエウが弱かったわけではなく、彼とても相当な巧者であったのだが、辰馬はその2、3枚上手を行っていた。


「馬鹿な……この、俺が?」

「その程度の腕でなんで『負けたことが信じられない』って顔なんだよ。負けるだろ、そりゃあ。瑞穂とか磐座はおれよか断然強いし、おれのいもーとのゆか何かバケモンだぞ?」

「知るか! これは無効だ、俺は今までの人生でチェスに負けたことはない! それがこんな、東方のちび猿にまけるはずがないのだ!」

「………………あのさ、ひとつ、いいか?」

「なんだ!?」

「お前って一応、王族なわけだよな。で、チェスに負けたことないってそれ、たぶんみんなわざと負けてくれたんだと思うぞ? だってお前、一流だけど超一流ではなかったもんよ」

「……!? そ、そんな……はずは……」

 インガエウは否定してくれと言いたげに、三人の従者を見る。ホズ、シァルフィ、ホラガレスの三人はバツ悪げに目をそらし、それが如実に現実というものを証明した。


「さて、そんじゃメンバー分け……インガエウはいつもの3人と一緒でいいとして。おれも4人で行くか。エーリカは総大将で動かせないとして、磐座も大事とらんといかんし。サティアと出水はいざってときおれの代わりの火力になれるからここに残す。シンタの目と晦日の諜報力も哨戒役として重要だから残すだろ……、会長はもともとおれの部下でここに来てるわけじゃないし、アカツキ軍の指揮があるから当然、残す。となると連れて行くのは……大輔、瑞穂、しず姉だな」

「押忍(わかりました/りょーかーい)!」


………………

「たつま、早く帰ってきなさいよ。旅先でみずほとか牢城センセに種付けしたら殺すから」

 出立前、エーリカはなにやら病んだ言葉で辰馬を脅す。

「なんでだよ」

「とにかく! 初子は先越されたけど、つぎに赤ちゃん授かるのはアタシじゃないといけないの! わかった!?」

「……おまえ、そんなに子供好きじゃなかったよな?」

「自分の子なら話は別よ。そしておとーさんがたつまならね。はい、行ってらっしゃいのちゅー」

「あーもう……まあ、いいや。あいよ、ちゅー」

「あー、いいなぁ。たぁくんたぁくん、あたしにもちゅー!」

「やかましーわ。……そんじゃ、いくぞ!」

 ハゲネが絨毯を広げ、その上に4人が乗る。続けてハゲネが「力ある言葉」を呟くと、辰馬たちは真っ暗な森の前にいた。


「これが、トルゴウシュテの『黒森』。本当に真っ暗なんですね……お昼なのにほとんど先が見通せないです」

 瑞穂が驚嘆に目を丸くする。歴史と兵法を学ぶものとしてこの地を守った古代ダキアの歴史は当然、頭に入っている。1500年前、ウェルスの執政官にして名将、プブリウス・セントーニウス・スッラがこの地まで遠征したにもかかわらずここから先の進軍を……このトルゴウュシテを抜けるとその先にはいよいよヘスティア、桃華帝国という東方国家がある……諦めたのは森があまりに暗いためだったというが、現実にその場に立たないとわからないものだ。まさにこの暗さは冥府の獄を思わせる。


「まさしく、この森の暗さが東方を救った、ってわけだ。……そんじゃ、その救い主の末裔たるご領主様に挨拶に行くとしますかね」

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