第41話 三軍も師を奪うべし

「盈力に盈力、ねぇ……。力を食み合わせることはできるとして、その間おれは戦闘に参加できなくなるな」

「ならば拙者が!」

 瑞穂の言葉に応えた辰馬の一言に、威勢よく挙手するのは出水。これまでのコンプレックスから一転、一躍辰馬の役に一番、立てるという自信を得た出水は、水を得た魚の勢いで鼻息も荒い。


「こらデブオタ、お前、ちょっと盈力手に入れたからっていい気になんな」

「そうだな。俺たちを忘れてもらっては困りますよ、新羅さん」

「そんなこたぁわかってるって。お前らのだれが一番とか、順番つけるつもりもねーわ」

「あー、じゃああたしたちのなかの一番は~?」

 雫が可愛い声で爆弾投下。ざわり、と女性陣が色めき立つ。特に前のめりなエーリカの目の本気ぶりが怖い。


「そうよ、そこんとこどーなのよ、たつま!?」

「近い! 寄りすぎ! だぁら誰が一番とかねーって言ってんだろーが。みんな平等、みんな一番!」

「そんなきれーごとで誤魔化されるわけねーでしょーが! アタシが一番って言いなさいよ! そしてヴェスローディア王家を継ぐの!」

「継がねーよ、ばかたれ! いつかおれが王様になったらみんなお迎えするって言ってんだろ、それまで待て!」

「待てないっつってんでしょーが、ばかたつまァ!」

「なんでそんなにキレてんだよ、お前は!?」

「あんたが最近他の子……とくに穣! ばっかりかわいがるからでしょーがッ!」

「え……そんな、贔屓したつもりもねーんだけど……してたっけ?」

 辰馬はここで本当に覚えがないと、きょとんとした顔で周囲を見渡す。まずシンタ、大輔、出水が神妙な顔でうなずき、転じて瑞穂たち女性陣に顔を向けるとこちらも重々しく首肯。最後に、救いを求めて客将のラケシスやアトロファ、マウリッツとレンナートに向き直るが、彼らもやはり困り顔で首を縦に振った。


「あ……あれ?」

「新羅がわたしに過保護だったのは間違いないと思いますよ? はっきり言って少し気持ち悪かったです」

 と、穣にバッサリ行かれるにいたり、辰馬はうぐ、と小さく呻吟する。だって仕方ないやんか、初子なんやもん、そりゃ、少し浮かれもするやろーが! と、思いはしてもそれを口にするのははばかられる孤立無援モードに、新羅辰馬、少し涙目。


「わかった!? わかったらアタシともしっかりイチャイチャしなさい、ってゆーかあたしにも子供仕込め!」

「なに言ってんだお前はぁ!?」

 エーリカの直接的すぎる要求に、辰馬はたじろぎ突っぱねる。辰馬のまわりの女の子たちは基本的に辰馬のことが好きすぎる所為か、羞恥心が薄くて困る。


「エーリカ、実際妊娠すると結構大変ですよ? 動きも相当、阻害されますし」

「く……っ、勝ち組の余裕……!」

 穣に諭され、悔しげにうめくエーリカ。その後ろで瑞穂や雫も、そこはかとなく辰馬の子種がほしそうな、狙ってる目をひそかにぎらつかせる。万事に控えめなメイドの鏡、美咲もちらちらと明らかに意識した視線を向けてくるし、本来生殖という概念を持たない女神・サティアも興味津々。文は無言で静かにしているが、そもそも彼女は今遠征軍の指揮統率で野営地にいるので、この場に存在しない。


「まあ、あれだ……磐座贔屓しちゃってたのは悪かったとして……。今ここでおれがお前等に仕込んでだぞ? そんでおなかの大きいお前等をぞろぞろつれて進軍してたらなんかおかしーだろーが」

「確かに。なんだこれって感じっスね、それ……」

「シンタうっさい! 混ぜっ返すんじゃねーわよ! アタシはね、絶対に辰馬の一番になるの! あんたが王様になるなら第一王妃じゃないとぜーったい、納得しないんだからね!」

「今のうちからそげなこと言われても知らんが! なん先走ったこといいよっとかお前は!?」


「ともかく、まずはヴェスローディア奪還が先ではないですかな?」

 話題が堂々巡りになりつつあると見たか、それまで大人の余裕でにっこり事態の推移を見守っていたマウリッツが挙手して発言。そういえば部外者もいるんだった、とようやく思い至った辰馬とエーリカは、気恥ずかしそうにそれぞれの隻に着席する。


「東方は遠方であることと事態の危急がまだ実感できていないこともあるのか、反神魔戦線への参加の意思が薄いですが。エッダ、クーベルシュルト、ラース・イラ、そしてウェルス。この4国はヴェスローディア解放に参戦の意思を表明しています。やはりテレビ中継の効果が大きかったですな」

「そーだな。情報伝達手段としては現状、あれに勝るものなしか。……つーても、こっちが間違った情報を発信したら間違ったままに伝わっちまうからな、あんまり頼りすぎも……って気もするが」

「ともかくも4国連合軍は200万を超える大軍。……まあ、公称ですので実数は、100万にやや足りないくらいでしょうかな。まずはその旗頭を決める必要がありましょう」

 マウリッツがそう言うと、すかさず立ち上がったのはインガエウ。

「それなら俺しかあるまい! 将器、教養、血統、自分で言うのもなんだがおれに勝る指揮官がほかにいるとは思えん。東方のちび猿など論外だからな!」

「はいはい、それでいーんじゃねーの?」

 辰馬はあっさり譲ろうとするが。

 黙っていないのは弟分と愛妾たちである。


「なめてんのか、このトウモロコシ! 自力で繁殖もできねー不完全穀物が、いっちょ前に吠えてんじゃねーぞ!」

「っ! 誰がトウモロコシだこの赤ザル!」

「お……シンタのあだ名見事的中」

「いや新羅さん、そこ感心しなくていーですから……」


「というか、新羅の指揮統率能力は相当に高いですよ? インガエウは正直に言ってわたしより下、話になりません」

「あれは……ミノリを立てて指揮を任せたに過ぎん! 俺の本気はあんなものでは……!」

「うっせーわねチンピラ。将器と教養と血統? ならアタシでいいじゃない!」

 冷静に力量を指摘されてもがくインガエウに、エーリカがぴしゃり、言い放つ。人並み以上の将器があり、ヴェスローディア女王としての教養があり、さらに「祖帝」シーザリオンからつながる皇統の嫡流(これに関してははなはだ怪しくはあるが)。総大将としてエーリカに勝るものはない。将器に関しては超一流に一歩届かないが、実際の指揮統率は辰馬たち実戦レベルの指揮官が取るのだと考えれば、象徴としてはエーリカが最もふさわしいように思われる。


「え、エーリカ女王……」

「あによ、文句あンの? なんなら模擬戦でもやって決める?」

「……いいでしょう。その勝負、お受けする」


………………

「ってなわけで。会長の兵を少し借りたい」

「いいけど……、新羅くんが自分を通せばいいことじゃないの?」

 野営地の幕舎を訪れた辰馬に、北嶺院文は首をかしげた。血統で言うなら辰馬は魔王ウシュナハ家。ヴェスローディア王家やフリスキャルヴ王家と比べたって遜色あろうはずもなく、将器と教養に関してはまさに空前にして絶後の大才。インガエウは認めないかも知れないが、エーリカは辰馬が立候補すれば喜んで譲るはずだ。


「いや。おれは100万率いる器じゃねーし。ああいうのは将才とは別の器が必要なんじゃねーかな」

「あなたにそれがないとは思えないんだけど」

「ないよ。つーか、そういうもんはいらん」

「いらん、といってもね。世界と時代があなたを放っておかないわ。それに、王になるのでしょう? だったら……」

「説教やめよーや。ただでさえ人殺しの才能がある自分が嫌いなんだからさ、その才能が図抜けてるとかいわれると鬱になる」

「出水君ではないけれど、覚悟不徹底ね」

「……まあ、それは認める。けど人間そんなもんだろ、言行一致してるやつなんてそうそういない」

「確かにそうだけど……あなたの場合優しさが極端すぎて心配になるのよね。少しはしたたかになりなさい、新羅くん」

「あいよ。……んじゃ、兵2万借りる」

 借りる、といってケーキでも切り分けるかのように5万の中から2万を切り抜き、手足のように引き連れていく。ひと一人連れ歩いてその行動を完全に制御するのがどれだけ難しいか、それがわかるなら辰馬が行きをするのと変わらないたやすさで2万を率いていく手際がどれほど卓越しているのかわかろうというものだ。まだ十万百万の大軍を率いた実績はないが、文としてはアカツキの四隅将軍(本田・井伊・榊原・酒井)の誰よりも、彼にこそ100万の大軍を任せて天下を横行させてみたいと思う。おそらくそのとき、世界は彼に服すだろう。魔王ノイシュ・ウシュナハではなく、新羅辰馬という人間の王に。


………………

 エーリカとインガエウはそれぞれ1万5千ずつ、総勢3万の兵を率い、ハウェルペン郊外の平野で対峙した。2万は辰馬が文から借り受けたアカツキ兵だが、残りの1万人はハウェルペン精神病院という名目の政治犯・思想犯収容所にぶち込まれていた反魔軍の有志と、彼らによって招聘されたヴェスローディアの勇士たちである。ハウェルペンに臨時政府を置いたことが明らかになった以上、この先、この小さな町に人はどんどん集まるだろう。兵士も増える。


「さて。まあ、あの礼儀知らずに、ヴェスローディアの流儀をわからせてあげるとしましょーか」

 深紅のドレスに着替えて、エーリカは呟いた。


インガエウはマウリッツとレンナートを抱き込み、クーベルシュルトの主流、すなわち1000人のパイク歩兵とマスケット兵からなり、剣と円盾で装備した歩兵が周囲を囲む混成部隊を三列縦隊で並べたテルシオを5部隊で編成。エーリカが軍師に選んだのは瑞穂でも穣でもなく新羅辰馬であり、辰馬は敵の布陣を見て、戦線を細く長く引き延ばし側翼から叩くことを進言する。


この模擬戦はマウリッツにとって、昨年の兵法大会で敗北した愛弟子レンナートの雪辱戦、意趣返しでもあった。だからあえて一度破られたテルシオで再度辰馬に挑むのであって、突進中に側翼がもろくなると言う弱点は織り込み済み。その対策のため、マウリッツは前進する軍の側面に歩兵とパイク兵に守られたマスケット銃兵を並べさせ、斜行で進ませる。


まずはインガエウがテルシオの突破力をもって突撃。エーリカはこれを受け流し、側面に滑り込もうと機動。インガエウはそれをさせまじと猛撃を加えるが、エーリカは敵正面の鋭鋒を躱して則翼に回る。


ここで、エーリカは兵を展開、敵軍を外側から包囲するようにして銃撃を加え、弾幕で押し包みながら方位を縮めていくが、対するインガエウも斜行射撃を繰り出し、簡単には倒れない。銃撃は激しく、模擬戦用の空砲でなければ相当数の死人が出るであろう激戦になった。


テルシオはただの陣形ではなく、部隊の格中退ごとに作戦本部が設けられてそれが中央幕僚府のインガエウ、およびマウリッツに直結、兵を有機的に動かす。エーリカはその点、自分の才能を過信していたと言っていい。彼女は直接に自身で全軍を統括しようとしていたため、部隊長の数も少なく、そのぶん軍隊の即応力で負ける。兵力と作戦が互角であっても、軍のシステムでエーリカは敗勢にあった。


しかし両軍接戦となり、白兵の間合いに持ち込まれると、優勢に進むのはエーリカ軍だった。というか優勢のはずだったインガエウ軍の武器が、エーリカ軍の兵にことごとく弾かれる。エーリカの「盾の乙女」としての能力、部隊全体への加護は彼らの防御力を圧倒的に底上げする。ここに、引き寄せられた形のインガエウ軍は逆撃を受け、強烈なカウンターを食らって叩かれていく。


「神力の加護! 反則ではないのか!?」

「いえ、持てる能力を存分に使うのは戦場の常道。これはエーリカ女王お見事と言うべきでしょう」

 土器もあらわに叫ぶインガエウに、マウリッツが飄然と答える。インガエウの「王者の剣」は手加減無用のオーバーキルウエポンなため使用禁止、打つ手なしと見えるも、この状況でなおマウリッツは勝利を疑っていない。


 マウリッツの能力は長船言継に似ている。幻覚能力。彼はそれを使って15000のうち3000を、自然の景色に擬態化させ、慎重に迂回させて敵背面を襲うよう指示していた。


「ははっ、どーよたつま! アタシもなかなかやるもんじゃない? ってゆーかあたしたちのコンビって結構、いけてるんじゃないの?」

「そーだな。側翼回って殲敵出来なかったときは焦ったが。まずこれでシャー・ルフか……」

 うきうきと言うエーリカに辰馬が応じたその瞬間、3000のインガエウ軍別働隊ががら空きのエーリカ軍本営を襲う!


 両軍、どちらが先に敵の大将を取るか、という勝負になった。現状エーリカが不利、しかし彼女は持ち前のスタミナと「盾の乙女」の加護と防衛技術で相当に長時間、持ちこたえる。この状況、新羅辰馬がやるべきは一つ。


「インガエウ獲ってくる! それまで持ちこたえろ、エーリカ!」

 それしかなかった。


「一気駆けに馳せてきますな」

「ちび猿。いい機会だ。誰が支配者か、その身に刻みつけてやる!」

 勝利の果実が降ってくるまで、逃げ続ければいいはずのインガエウが、自分を頼んで突出する。


そして。

「我が名はインガエウ・フリスキャルヴ! この首、とれるものなら……ぐぶぅぅっ!?」

 一合もかからない。自信満々で口上をたれるインガエウの胸板に、ものすごい勢いでたたきつけられる模造刀。ぶつかった瞬間それが砕けると、インガエウの胸甲もパァン! と砕けてインガエウは勢いよく馬からたたき落とされた。


「三軍も師を奪うべし、ってな。おれたちの勝ちだ、インガエウ」

 銀髪をさらりとかきあげ、辰馬。銅鑼を鳴らさせ、両軍に戦闘の終了をしらせる。こうして連合軍総司令官の座は、エーリカ・リスティ・ヴェスローディアに決した。

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