第38話 女神蹂躙~白帝ゴリアテ略記

「あー、あー……えぇと、なに話せばいいんだっけ?」

 辰馬は困惑げに、スタッフたちに向け問いかける。「生放送なんですから、こっちじゃなくてカメラ見て!」現地スタッフに叱咤され、うーん、という顔でカメラへと向き直った。


 ハウェルペン発、はじめて全世界放送に乗った新羅辰馬の美貌は、戦時下においても人々を湧かせた。テレビの普及率が全家庭に行き渡っているというほどではなくとも、学校や役所などの公的機関や電気店には普通に出回っている昨今、マウリッツの提案したこの報道戦術の効果は大きい。実際のところ世界のかなりの人数が、ヴェスローディアの片隅のテレビ局に座る辰馬の姿を見た。


「そんで、魔軍との戦いなんだけど……ちょっと悪いことがあってな……」

 最初からためらいがちなところのあった辰馬だが、ヴェスローディア開放戦の戦果報告に入っていよいよ躊躇しがちに、言い出しにくそうな様子になる。


 なにしろ人類の庇護者・守護者であったはずの女神たちが人類に敵対を表明したのである、辰馬自身はある意味そのことも想定していたが、さすがに現実のものとなるとショックは大きい。というかそれを全人類に伝達するということの気鬱が重い。


「えーと……仕方ねぇ、言わんわけにもいかんしな。……この大変な時期ですが、女神たちが裏切りました。たぶん1200年前の遺恨のせいで」

 辰馬は大きくため息をつくと、そう言ってかぶりを振った。女神たちへの憤懣やら、特に出水を半殺しにしてくれた混元聖母に対する怒りももちろんあるのだが、彼女らが人間に対して抱く怒りや憎しみ、その理由もわかるだけに単純に怒ることもできない。むしろ魔族と組んで人間を滅ぼす、という挙に出ないでくれただけ、マシかと思ってしまう。


………………

 そもそもの事の発端は1200年前、当時の統一帝国ウェルスの一地方(現在のクーベルシュルトのはずれ)に起こる。


 ゴリアテ、という山賊がいた。歴史書には「白帝ゴリアテ」と称されるが、この呼称は五行説に基づき「黄帝・祖帝シーザリオン」の次の皇帝であるからに過ぎない。人物としてはまったく清廉潔白ではなく、むしろ限りなく黒に近いグレーであった。なにしろ彼の力というのが「異性を犯して力を収奪する」という能力であり、その力を持って50年の人生を好き放題に振る舞ったのであるから推して知るべし。


 最初のゴリアテは山賊の頭として近隣の村落を襲い、村娘や近隣の小貴族令嬢、あるいはそのあたりの自治組織が雇い入れた冒険者の女たちをねじ伏せ、犯した。同じアルティミシアの5帝に数えられ、おなじく好色で多くの娘たちを侍らせた新羅辰馬と比べ、ゴリアテという男は情け容赦なく冷酷であり、好色だが女に情をかけず、犯すだけ犯したらあとはポイ捨てであった。多くの娘たちの末路はゴリアテの子分たちの奴隷であり、酷い場合は魔獣たちの慰みものとされることすらあった。


このゴリアテが人間の女では満足できなくなったのが、「白帝」の端緒である。彼は選りすぐりの配下(もちろんただの山賊であり、場数は踏むもチンピラ以上ではない)を率いて眠れる竜女神グロリア・ファル・イーリスの霊峰に挑む。


潜在的に強大な霊力を持っていたゴリアテはそれに任せて霊峰の神域を蹂躙した。しかし神域の番人であるところの、女神イーリスの分霊(わけみたま)に完敗を喫す。


完全なる敗北ではあったが、この一戦でゴリアテはイーリス(の分霊)に一撃をくれることに成功、たかが人間が為したこの偉業に興をそそられたイーリスはゴリアテを跪かせ、絶対の忠誠と服従を誓わせるかわり、ひとつの大きな力を与える。それが「力の収奪」であった。


創世女神に屈辱の服従を誓わされたゴリアテだが、隷従の代わりに力を得た彼はもはやイーリス以外は怖くないとばかり、これまで以上に凄絶で凄惨な陵虐を繰り返す。村落相手の山賊行為はやがて町を狙い、国を狙う規模に拡大し、規模が大きくなれば手に入る女の数も質も向上してゴリアテはさらに力を増し、やがてゴリアテはウェルスという国から独立して現在のクーベルシュルト、ヴェスローディア、エッダ三国に跨がる「第2帝国」フリスキャルヴ皇家を建てる。フリスキャルヴというご立派な姓はゴリアテの軍師スノリが出自卑しい主君のために神話を引いて用意した名前に過ぎないが、ともかくもこのフリスキャルヴ皇家は強かった。


兵を精強にしたければ方途は二つ。略奪を徹底的に禁じて「秋毫も犯すところなし」と鉄の規律を築くか、逆に略奪暴行を奨励して「楽しみは人の女の腹の上」と放言し欲望に任せるかである。二つに一つでありゴリアテは当然のように後者を取って飽くなき膨張主義で皇家を巨大化させた。44才の当時に彼はセッスルームニルに寓居する守護女神を攻撃、あまたの神使、陪神を食い散らかした上主神ロイアをも犯し、女神の力を収奪して自分に隷属を誓わせた。インガエウ・フリスキャルヴ言うところのフリスキャルヴ皇家には神族の血が流れているというのはこうして屈服させた女神をゴリアテが名目上の妻(ゴリアテは出自が卑しいために、人を服させるため自ら信じてもいない権威を奉じる必要があった)にしたためで、実際の扱いは妻どころか卑女以下の家畜奴隷、あえて魔族やバケモノに饗されることもあったから、彼女が1200年を経てなお人間を憎むとしても無理はない。


ウェルスとの戦いが膠着となり、利が少なくなるとゴリアテは娘を送り、ウェルスの皇太子との婚姻を進め和を結んだ。無理攻めするより、彼は西をおいて略奪の場を東に移すことを望んだのである。このときゴリアテ48才。


東方には「兵法」を学問として学ぶ知略の国桃華帝国に、雪深い中にあって堅強な兵を養うヘスティア、現在の世界最強国の面影はまだないが騎士たちに守られた強国ラース・イラ、そして武人たちの国アカツキがあった。この4国が互いに結束して当たったならゴリアテとその軍勢といえども勝ち得なかったかも知れないが、ゴリアテにとっての幸運は特に強敵と目される桃華帝国が内紛のまっただ中にあったということだ。兵法鼻祖の女帝・馮媛が開いた桃華帝国廣王朝は20代を数えて凋落、次の慶王朝への過渡期でちょうど、群雄割拠しての分裂期にあった。彼らの磨いた兵法は目の前の敵にばかり向けられ、西方から馬蹄をとどろかせやってくるゴリアテに気づくことがなかったのである。そして気づいたときには鎧袖一触、粉砕されてしまう。創世女神イーリスの創造において、魔王オディナとともにひとかたの役目を担った大物・混元聖母は人間世界への過干渉を避けて隠棲していたがゴリアテのまき散らす破壊と殺戮と陵辱に黙っておれず出陣、神力と魔力の双方を持ち合わせる混元聖母の前にゴリアテといえどなすすべはないはずだったが、しかしここで彼女の価値観を一変させる出来事が起こる。


弱者の心理をよくわかっているゴリアテは捕虜とした桃華の公主(姫)に、助かりたければ女神を売れと命令、捕虜の公主は命惜しさ、我が身恋しさに、桃華帝国は混元聖母を売り渡しますと誓約し、むしろ自分たちがここまでになっても救ってくれなかった聖母こそ悪だと悪口雑言をぶちまける。臣民がこれに和して混元聖母への憎悪をぶつけると、放心した聖母は形勢を整えるまもなくゴリアテにとらわれ、陵辱を受けた。激痛の中ゴリアテに屈服を誓わされながら、聖母はなぜ自分がこんな目に遭っているのかと自問して、そして人間は守護するに足りないと断するようになる。


ゴリアテは2年で桃華帝国を降したあと、ヘスティアの主神ウルリカが絶世の佳人と聞いてこれを手に入れるべく行軍準備を整えるが、準備万端整えて進軍の途中、急性の心不全により世を去る。荒淫が過ぎた故の心臓病であったとされるが、世人たちは天罰と罵って陵虐の圧制者が除かれたことを喜んだ。第2帝国フリスキャルヴ皇家は邪悪ではあったが強大な統率力を持っていたゴリアテの死後急速に力を失い、まず桃華帝国が叛乱を起こして独立、慶王朝を建て、数代のうちに西方の版図もクーベルシュルト、ヴェスローディア、エッダに別れて祖を同じくする国同士で覇権争いに明け暮れるようになる。


かような、どう好意的に解釈しても「悪人」とそれ以外に呼びようのない蛮王ではあるが、しかし彼の達成した版図の巨大さ、気宇と野心の壮大さは歴史上無視できるものではなく、祖帝シーザリオンに次ぐ「第2の覇王・白帝」と呼ばれるのだが……、


………………

「いらんことやってくれたよなぁ~、あのばかたれ」

 撮影を終えて、拠点に入った辰馬(のちの赤帝)は一言で白帝をバカと断じた。後生にいらん遺恨を残してくれたのだから、本当に許しがたい大馬鹿である。


 ちなみに今回、辰馬の拠点は酒場ではない。政庁である。仮の屯所と言うことなら酒場で良かったのだが、どうもこの先、簡単に決着がつきそうではない。ヴェスローディア臨時政府として軍務政務を行うためには、政治機構としての場が必要になった。このあたりに金を出して人を集めたのもマウリッツであり、このままいくと御用商人としてのマウリッツにエーリカが頭上がらなくなりそうではあるがともかく今は借金してでも国家の体裁が必要である。


「……にしても、アレ正直に言っちまってよかったんスか?」

 評議場で、シンタが言う。アレというのは女神の離反のことで、しばらく隠しておいた方がいいのでは、という意見も確かにあった。


「下手に隠して悪いタイミングで暴露されてみろ、最悪だろーが。だぁらアレはあれでいい……いいってこたぁないんだけどなー……ホント、ゴリのばかたれが。……そんで、出水の具合は?」

「純度の高い神力を直接体内に流し込まれてる状態、ですね。人間に高純度の神力は劇毒ですから、危険かも……」

 辰馬の言葉に、元気なく応じたのはサティア。ふだんなら自信満々に振る舞う彼女だが、同族の離反という事態で多少ならず動揺している。もともと彼女自身人間に同情的ではなかった身、辰馬に敗北して価値観が変わっていなかったなら混元聖母に同調していた可能性は大いにある。今の彼女はすべての人間が邪悪ではないし、すべての人間がきれいでもないことを理解しているが。


「おれが看るか……。そんくらいの時間はあるよな?」

「では、30分間休憩としましょう」

 マウリッツに聞くと、そう返事が返ってきた。途中参加のマウリッツたちはすっかり、辰馬たちの政務を取り仕切っている。あんまし良い傾向じゃあないなー、とは思いつつ、歴戦の政治屋はいないと困るのも確か。政治手腕だけならエーリカも負けていないが、やはり経験が足りない。


………………

 仮眠室のベッドに寝かされた出水。その丸みを帯びた体躯は高熱を発して汗ダラダラであり、息は荒く、時折ゲホゲホと咳を吐く。普通の人間は強い神力や魔力を通すバイパスが身体の中にできていないから、無理矢理それを流し込まれるとこうなる。

「主様……申し訳、ないでゴザル……げぶっ……」

「辰馬、どーにかしてよ! ヒデちゃんを助けて!」

「あー、分かってるよ。任せろ」

 弟分の姿を見るに、腹が立ってくる。人類への恨みはまぁ、分からんでもないが。しかしその憎むべき相手はゴリアテだろーがと。なに人のおとーとぶんをこんな目に遭わしてくれとるんやお前ブチしばくぞばかたれが、と思ってしまう。


 わずかずつ、魔力を流して神力を相殺。少しずつ少しずつでやっていかないと出水の身体が壊れるから、よっぽど細心の注意が必要になる。普段ぶっ放し系の一撃ばかり使っている辰馬としては苦手分野だが、身内に魔力の使い手がいないのだから辰馬以外どうしようもない。辰馬の額にも、汗の筋がにじんだ。


「……ふぅ。今日のところはこんなもんか」

「す、まんでゴザル……主様……」

「これから1週間、魔力を流し込んで神力を相殺する。その間安静にしてろよ~」

「いや……拙者が謝るのはそうではなく……先日の、怒鳴ってしまったこと……」

「あー、いらんいらん。よかよか。あれはお前のが正しか。お前ん言うとおり、おれの覚悟が足りんっちゃが」

 久しぶりに南方方言。辰馬は仮眠室から出て、強い心を持つべく、思いを新たにする。少なくとも仲間を壊させるようなことがないように。

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