第32話 情報戦前夜

「まずはテレビ局を取りましょう」

 軍師・マウリッツは明日の天気でも占うような気軽さで、そういった。


「テレビ局?」

 辰馬が問い返す。マウリッツが地図上に指し示した場所は、この町から遙かに遠い。ヴェスローディア南東の、エッダ、ラース・イラとの国境にほど近い中都市ハウェルペン、そこにテレビ局があるという。辰馬はしばらく沈思黙考した。テレビを組み込んだ戦略を辰馬の頭は知らなかったが、すぐに「情報戦略の一環」と理解するとあとは速かった。


「世界中のテレビで中継するか、おれらの戦ってるとこ」

「え? オレらテレビ出るんスか?」

 と、身を乗り出すミーハーはシンタと出水。


「ちょ、主様、いきなりは困るでゴザルよ! 少々ダイエットを……」

「お前ハッシュポテト食いながらなにいってんだデブ! 3つめ!」

「いいでゴザろうがこのくらい! ギターへし折るでゴザルぞ、この赤ザルァ!」

 嬉しそうにそわそわしていたかと思うと速攻で喧嘩腰になってしまう、いつものパターン。出水の頭上ではシエルが「ヒデちゃんやっちゃえ! 赤ザルなんか生き埋めよ!」などと物騒なことをそそのかし、シンタも危うく雷刃ダガーを抜き掛かる。


「……大輔、どーにかしろ」

 辰馬は昼の野良仕事で仲裁する体力がすでにない。大輔に審判役を任せると、大輔は重々しく頷き立ち上がる。


「はい。あーもう、お前ら静かにしろ。新羅さんが鬱陶しそうな顔してるだろーが。殴るぞ」

「へ、優等生が。良い子ちゃんやってんじゃねーぞ、喧嘩屋!」

「そうでゴザルぞ、バガボンドが!」

 口を揃えてこんどは大輔を攻撃するシンタと出水。良識派を自認する大輔がこれを容認するはずもなく、たやすくブチ切れた。


「……わかった、つまり殴っていいんだな」

「え、ちょ、ま……待て待て!」

「ぼ、暴力反対でゴザルよぉっ!?」

「うるさい黙れ!」


 ガン、ゴス、ドフッ!

 唱和の父親のごとき、力強いげんこつが落ちた。


「……静かにさせました」

「おう……、あいつら頭蓋割れてねーか?」

「大丈夫ですよ。バカは頑丈が自慢です」

「そか。ならいーや……、そんで話戻すけど。魔軍の一角を蹴散らした、その事実を世界中に発信すれば効果は大だな。となるとクーベルシュルトにいたシーリーンとマフディーにも協力願いたいところだが……今更戻るわけにもいかんか……」

「と、仰られることを見越して。ここにPVを作ってきました」

 やや落胆気味の辰馬に、マウリッツはニヤリ笑って記録用の封石を取り出す。ビデオなどまだ存在しない文明レベルであるから、記憶媒体は画像封印魔術石……封石しかない。


「PV?」

「はーい、はいはい! あたし分かる! ってゆーかしょっちゅーそれ撮られてたから! プロモーションビデオ! でしょ!?」

 さすがはもとグラドル。PVと言われてもピンとこない辰馬たちの中で、エーリカだけはハイハイと元気に跳ねて知っていることを主張。およそ女王の態度ではない。


「はい、その通りですエーリカ女王。この封石には魔神マフディーの敗北宣言が収められてあります。まあ、こちらがお願いして負けを演じて貰っただけですが」

 魔徒と魔神でありながら人間に協力してくれるというあたりからして、あの二人は話が分かる。魔族だからと言ってすべてが悪意と敵意の存在ではない、ということだ。


「あー、うん。おれもあのオッサンに勝ったわけじゃねーしなぁ」

 懐かしげに、辰馬。ああいう父性的なおっさんには辰馬は憧れるところだ。自分もかくありたいと思うわけだが、そういうふうにはなれそうもない。どちらかというと周りのみんなが辰馬の未熟さや不完全性を見て助けてくれる、というのが新羅辰馬の人徳の源泉なので、老成した大人になってしまうと魅力半減である。


「つか辰馬サンあのとき本気出してなかったんじゃないですか? 本気だったらガキになってねーでしょ、辰馬サンが」

「まぁなぁ。あんとき万全だったらしず姉のつまらん計略にもかからんかったんだが」

 シンタの言葉に辰馬は頷いた。いくら強大な魔神の力とはいえ、本来の魔王の力を発揮していたなら辰馬を変容させることはできなかったはず。辰馬が雫やエーリカの身を案じ、焦りに焦った結果としてあの煙にやられたわけだが、その責任の一端を担った雫に辰馬は冷たいジト目を向ける。


「やははー……ごめんなさい」

「ホント次は敵に荷担とかやめろよー、しず姉。シーリーンとマフディーがむやみに人を殺すタイプでなかったからともかく、そーじゃなかったら未覚醒のガキなおれなんてあっさり殺されんだから……ってなに、瑞穂?」

 辰馬がくどくどと雫への文句を言い募ろうとするところ、瑞穂が辰馬に抱きついた。なぜだか、椅子の辰馬の腕なり肩にしがみつくなら分かるが腰にしがみついてくるのが、この少女の本質的な部分が清楚清純清冽な聖女でありながら淫乱淫蕩な淫魔でもあることを如実に示す。股間を扼されて危うく声を上げかけた辰馬ではあるが、かろうじて堪える。こんなところで逆レイプされてはたまったものではない。


「牢城先生とばっかりお話しするの、ズルいです」

 そういう瑞穂の瞳は妖しく濡れていた。たぶんビールで酔っ払っている。でなければここでこんな行動にも出まい。


「そーなんですよぉ、辰馬さまはいつもしず姉しず姉って! あーなーたーの、初めての女はだれですかー!?」

「うあああ! なにいってんだお前!」

 辰馬はどうにか瑞穂を黙らせようとするも、後の祭り。


「辰馬サン、恥ずかしがることないッスよ? どーせみんな知ってますもん」

「そうでゴザルよ。むしろなんのかんので尻に敷かれっぱなしの情けなさが問題でゴザル」

「あー……新羅さん、ドンマイです」

「うるせーわばかたれぇ! くそ、泣く……」

 実際、半泣きになりつつ喚く辰馬に、瑞穂はスリスリとほおずりして


「うふふ~、とゆーわけで、辰馬さまの特別はこのわらひれしゅ……はれ、わたひでひゅ……はれれ?」


 ろれつが回らなくなって、すぐにすうすうと寝息を立て始める瑞穂。辰馬の腰をまくらにして妙な姿勢で眠り出す。


「あらら、このくらいのビールで酔っ払っちゃった? 瑞穂って弱いのねー」

 と、瑞穂をひっぺがすのはエーリカ。


「あれ、この子どーやって……あり? ホント解けないんだけど、この腕!?」

「……神術使ったな。逃がさんとか拘束するとか、それ系の」

「はぁー、あたしの神力じゃ瑞穂に太刀打ちできないからなぁ~。ま、これはこれで。乳袋が腰に押しつけられてて嬉しいでしょ?」

 乳袋、という言葉に関してえらく苦々しげなエーリカ。97と自分が絶大な自信を持っている部位だけに、圧倒的に凌がれている(121)ことが許せないらしい。


「そーいう、乳が本体みたいな言い方やめろ。かわいそーだろーが」

「フン。あんたそんなこと言ったって巨乳好きでしょ……ってこともないか、牢城先生大好きだし。シスコンだし」

「ちょ、待てコラ、誰がシスコンだよ!?」

 過去何度も自問自答して、結局自分はシスコンと認めるほかなくなっている辰馬だがそれはそれ、ひとからシスコン言われると腹も立つ。不機嫌にエーリカを睨むと

「あんたよ。ほかに誰も居ないでしょー?」

 念押しするように言われた。この期に及んで否定したがる辰馬に、あきれているようでもある。

 そこに瑞穂も目を覚まし、半覚醒の瞳で

「そうですよ、辰馬さま! 不名誉な二つ名がお嫌でしたら、わたしたちにもしっかりとご寵愛を……」

「あーもう、しなだれかかんな、抱きつくな! いつもあんだけやっててなんで文句いわれてんだよ、おれ」

 抱きつきしがみつきしてくる二人に、辰馬はため息するほかない。


 それを見ていたマウリッツは

「はは、艶福家ですな、うらやましい」

 と、からから笑った。


「あーもう……人前で聖女と女王がこんな抱きついて……ま、いーや。そんで、テレビ局を奪還して全世界放送で敵の士気を挫く&人類側の連携紐帯を呼びかける、と」

「そうなります。そしてもう一カ所、ハウェルペンには精神病院という名の牢獄がありまして」

「病院?」

「はい、魔軍の支配に反抗したものの諸事情で処刑するのが難しいものたちがここに収容されています。であれば彼らを解放して手勢に加えてはいかがかと」

「うん、まあ……兵力は1兵でも欲しいけど……無理強いしたくはねーんだよなぁ。おれについてきたいって人間以外の命を背負って、責任は持てん」

 実のところ、新羅辰馬という人間の人柄に触れて彼について行こうと思う以外の選択肢が浮かぶ人間などそうはいない。それほど強烈な求心力を持ちながら、辰馬は自分のカリスマというものに対する自覚がまったくといっていいほどに希薄だった。実のところ自分が募兵した3300人についてすら、辰馬はなぜ彼らが自分のためにこうも尽くしてくれるのか分かっていない。それは辰馬が尽くされる以上に与えているからなのだが、その自覚がない。


「彼らに問うてみればよろしい。魔軍の支配か、それとも貴方に従うかと。答えは自明かと思いますよ?」

「そーだなぁ……うん。希望者は帰農なりなんなり望み通りにするとして。そんならいーか」

「たつま、あんたはもうじきこの国の王になるんだから! 臣民民草にビシッと言っちゃっていーんだからね!」

 横からとんでもないことを言い出すエーリカ。もちろん辰馬には王になる野望はあるが、それはヴェスローディア国王になる予定ではない。


「ならねーよ! いきなりなにいってんだお前!?」

「あははー、照れちゃって。なるもならねーも、あんたとあたしが結婚すればそーなるじゃん?」

「だぁら、結婚しねーし」


 辰馬があたりまえのことのように突っぱねるとエーリカは一瞬、きょとんとし。次の瞬間キッと睨んできた。


「あによ、あたしのなにが不満なわけ?」

 抱きついたままくだを巻く。エーリカも結構な重さの盾をぶんまわす「盾姫」であり、細見にかかわらず相当な怪力である。それが剣呑な力を込めてくるので辰馬の肩はみしりと軋んだ。


「不満も何も、まだ学生だっての。軍学校入ったばっかで、ひとの世話とか見れるか」

「晦日さんとゆかちゃんは?」

「あいつらはおしかけ家族だからなぁ。とくにゆかは一人で放り出すわけいかんだろ。晦日は何でもできるから心配ないかもしれんが」

「ふーん!」

 辰馬の返答が気にくわなかったようで、エーリカは辰馬の頭を一発、強くはたくと足音を怒らせてバーカウンターに戻り、ビールを呷る。水代わりの度の薄い酒とはいえ、あれだけ飲めば酔いもする。


「辰馬さま、大丈夫ですか?」

「おう。どってこたぁねー……って、いー加減腰にしがみつくのやめてくんねーかな……」

「?」

 ほとんど股間にすりつくような格好の瑞穂が顔を上げて、きょとんと無邪気な顔をする。しかしこの無垢に瞳にだまされて忘れてはいけない、彼女が経験数4桁に近い、下手をすれば聖女アトロファにも劣らない淫乱娘であることを。


「いや、「へ?」って顔されてもこっちが困るんだが。とにかく離れろって……」

「はぁい……残念です」

「残念がるな……で、すぐにでも出兵?」

 なんとか気を取り直して、辰馬はマウリッツに聞く。マウリッツはにこやかに人の良い笑顔を浮かべ、


「そうですね。事態は刻一刻です。ここで油を売っている時間はありますまい」

 存外に手厳しい一言を繰り出した。

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