第24話 ランプの魔神

「突入した牢城先生、エーリカ様たちの力が、消えました……」

「……!? 殺された、ってことか?」


 楽勝ムードだっただけに、辰馬は冷や水を浴びせられたようになる。まさかあの二人がそうそう殺されるとも思わないが、補足できないほどに弱体化しているとしたら危険だ。


けどなぁ……城の近くから見て、そんな大きな力の使い手がいるとは……


内心で首をかしげる。辰馬が場内に発露している顕力をざっと計ったところ、さしたる神力魔力は感じられなかった。あのあと入城したのか、それとも力を隠していたのか……。


「実際行ってみるしかねーか。そんじゃ、指揮頼むわ、瑞穂」

「危険ですよ!? まず先遣隊を……」

「おれが先遣になるって。自分の女たちの命に責任とれないよーじゃ、王になんてなれんしな」

 辰馬はそう言って幕舎を発つ。瑞穂はついていきたいが、全体の士気を執るという役割を放棄するわけにもいかない。雫とエーリカにわずかな妬心をおぼえながらそれに蓋をし、瑞穂は矢継ぎ早に各部署への支持を発した。


………………

「やっぱり大した力は感じねぇ……つーか、妙なほど力を感じねぇな……」

「おいネーチャン!」

「あ゛!? って……こんなとこに子供……なんか、どっか見覚えが……」

 5歳くらいの子供が足元にいた。年齢標準よりやや背が高い。やや釣り目がちながら整った顔立ちにさらさらの黒髪、どこぞの貴族のご子弟かと思える気品の持ち主だが、語り口からしてわかるとおりにどこか悪ガキっぽい雰囲気がある。

「ここはアブねーぞ、逃げろ、ネーちゃん!」

「逃げるかばかたれ。つーかネーちゃんゆーな」

 そこまで言って、気が付いた。ここしばらくあわただしくしていたために、女装を解いていなかったことに。確かにこのなりで出歩いていれば、それは女にしか見えない。


「いや、ホントにアブねェんだって。なんか、裸みてーなネーチャンで、煙で、気が付いたらこんなカッコに……」

 要領を得ない。子供の謂うことだから仕方あるまいとは思うものの、この場における貴重な情報提供者だ。「裸みてーな女」と「煙」、そして「この姿」……煙を立てることで人を変容させる女?


「………………」

 じーっ、と。子供が見ている。


「なんだ、ガキ? つーかもちっと詳しい話を……」

「ネーちゃん、いいケツしてんよなぁ!」

「はあぁ!?」

「触っていい!? いーよな、オレみたいな美少年に触られるの嬉しーだろ?」

「ふざけんな馬鹿お前殺すぞ! なにシンタみてーなこと……! って、お前……、シンタ?」

「?」

 シンタ、という言葉に少年はまったく反応しない。だが辰馬の中で疑念はほぼ確信となる。そもそもあんなことを言う馬鹿を、辰馬はほかに知らない。


「記憶までガキになってんのか。……シンタってあだ名からしておれがつけたもんだしなー……これ、どーやって戻すんだ?」

 どうやら。敵の手の内がおぼろげに知れてきたはいいが、同対策するべきか。スケベなだけのクソガキと化したシンタを前に、辰馬は途方に暮れた。


………………

 狼牙に名将の資質があり、ガラハドは時代が証明する名将。しかし指揮統帥能力というならこの御仁に勝るものなし、ということで指揮官は呂燦に一任した。こういうとき、いらんこと自分を主張するような悪癖は狼牙にもガラハドにもない。


「敵は寡兵なれど険要に拠る。『近くて静かなるはその険を頼めばなり』じゃな。これを与しやすしとみて力攻めに頼った結果が現状、損害10万というわけじゃ」

 老躯なれど背筋をピンと伸ばし、矍鑠たるたたずまいで呂燦は白髭をしごく。


 それに対して

「そうですね。険要は数倍の兵力に匹敵する。しかも敵の指揮を執るのは『兵法鼻祖』混元聖母だ。向こうとしては劣勢な兵力すらもこちらを誘うための手段、というわけか……」

 ガラハドがいうと、呂燦は優秀な生徒を前にした教師の顔で頷いた。さすがに「騎士団」の長として各地の戦場を往来してきた千軍万馬、ただ個人の武勇のみに頼る猪武者ではない。


ついで

「そうなるな。本来持久戦に持ち込んで餓え殺しが一番ではあるが……」

 と言葉を紡ぐと、


「長期戦になれば三国合同軍のこちらが先に破綻する、でしょう? すでにあちこちでその兆候は見える。あの長船どのがイラついた様子だったのもそれが理由でしょう。ガラハド卿の言った7日という期限、あれも7日を越えてこの戦線を維持できないだろうという理由……でしょう?」

 狼牙が言葉を継ぐ。ガラハドは首肯し、呂燦は破顔した。「魔王殺しの勇者」は兵法を学んだことはないはずだが、人の輪の重要性を実によくわかっている。現状内部矛盾を抱えているのはかなしいことに人間側であり、国が違うという理由で互いに優劣をつけ、主導権を主張し合う。人間というのはそういう醜さをはらんだ存在にすぎず、その点魔軍は一人の指導者魔王クズノハに率いられ、将星と言われる5人の魔神傘下の兵たちは友軍に競争意識はあれども敵対心はなく、敵意はあくまでも人間に向けられている。先代魔王オディナ・ウシュナハがアムドゥシアス大陸のみに魔族の生活圏を定めていたことに反感を持っていた魔族は多く、彼らは新天地としてのアルティミシアを喜び先住民たる人間たちを殺すか家畜にするべく勇躍、士気はすこぶる高い。


「では、奇襲か」

「定石を言えばそうじゃが……まず見抜かれようよ。相手は混元聖母、鼻祖・馮媛さまに兵法を授けた女神ゆえ、尋常の策は通用せぬ。とはいえ、こちらが使える兵力は1万。なんらか奇策を凝らす必要はあるのだが」

「……混元聖母にはばれる、としても麾下の兵では対応できない。そういう術(て)ですか……」

「敵は崖上に拠してこちらからは上りの大路一本。となると普通は大路から大勢で攻め上ると見せかけてがけ下から奇襲……なのでしょうが……」

「この場合は逆だな。がけ下から陽動をかけ、魔軍兵をそちらにひきつけている隙に聖母とルーシを丸裸にして叩く。問題は移り気な魔族たちの注意をどうやってひきつけるか、だが」

「……一番簡単なのは女性、でしょうが……」

 狼牙が眉を顰めていうと、ガラハドも気鬱げに応える。基本的に本能の欲求が強い魔族相手には、肉欲を刺激してやるのが一番早い。だが人身御供を使うような真似は、狼牙もガラハドも望むところではなかった。

「あまり、やりたくはないな。しかしやらねば負ける、というならやるしかないか……やるとしたら魔族に負けないだけの強い女性が……いたな、一人……」

 ガラハドの中で、一人の候補がピタリとはまる。美女であり、うっかり魔族兵に襲われても十分、しのげる強さがある女性。実力のほどはかつて実際に刃を交わして実証済みだ。そして、性格的に、囮に使ってもこちらの罪悪感があまりない。


 ガラハドは伝令を走らせ、長船を呼んだ。


………………

「だからな、おれはお前の友達で……」

「へぇー! オレ、大きくなったらネーちゃんと友達なのか!?」

 奇妙なコンビ関係をなす辰馬とシンタ。髪を染めていないから違和感ありだが、間違いなくこの性格はシンタだ。辰馬はさっきから自分たちの関係を言い含めようとするが、シンタは頑として辰馬=男説を認めない。子供の純粋な目で見ると、辰馬はどうしても男に見えないものらしい。


「だぁーら、ねーちゃんちゃうわ! 何度も言わすな、おれは男!」

「?? アレか、LGBT」

「殺すぞクソガキ。おれは性別も人格も一致しとるわ、ばかたれ」

 辰馬の中でドス黒い殺意が湧き上がる。子供相手にこんないらだちと腹立ちを感じたのは、覇城瀬名以来のことだった。


「……ガラの悪いネーちゃんだよなぁ。でもまぁ、かわいーからゆるしてやるよ!」

 なぜか上から鷹揚に言い放つシンタ。そーいえばこいつ、貴族の息子だったよなぁと辰馬は苦々しくもかぶりを振る。仲間たちがみんな、子供にされてしまったとすれば頭の痛い事態だが、目の前のクソガキシンタの相手だけですでに頭が痛い。


「許さんでいーけど、あとで元に戻ったらしばくからな、お前。しず姉にこれ言っても毎度逆手取られるけど、お前はブチしばく」

「しずねー……?」

「ぉ、心当たりあるか?」

「……たぶん、世話役のねーちゃんがそんな……ピンク髪の、とがり耳の……」

「あぁ、そー! しず姉! っし、まず……って世話役? なにやってんだしず姉……」

「保母さん」

「は……?」

「保母さん」

「………………」

 想像する。


うん、似合う。あのひとやたらと母性本能強いしな……。


と辰馬は納得したが、なぜ保母さんなのかという謎は氷解しない。

「とにかく、進むか……」

「えー、逃げねーのかよ、ヤバいって!」

「ってもな、お前ひとりで逃げるとか自殺行為だぞ? 外には兵隊が荒れ狂ってるからな」


………………

「はいはい、だいじょーぶだよー、よーしよし」

「わぁい、おねーちゃーん♡」

「俺も、俺もだっこー」

「いーよー。ほら、高い高―い♪」

 子供に帰った大輔と出水。ひとり元通りの姿の牢城雫は二人を抱きかかえ、ニコニコ顔でお遊戯会だった。


 雫たちが玉座の間に吶喊したとき、国王シャルルは青ざめて震えあがるばかり、金なら出すから許してくれと思う存分の小物ぶりを発揮してのけたのだが、その隣、嫣然と微笑む、局部はうまく隠してあるが肌の露出激しく、ほとんど半裸と変わらないような薄衣をまとった少女……20歳にはなっていないように見える……女王シーリーン・アル・クーベルシュルトはその童顔には似つかわしくない艶笑いを浮かべて雫たちを出迎えた。そして手に持つランプを軽く擦って見せるや現れる巨大なマリッド(魔神。ジン→イフリート→マリッドの順に魔力が強い)。このマリッド、マフディー・アル・ラッシードを従える少女シーリーン・アル・ウマイヤ・ブン・シーア・アイユーブこそが魔軍5将星最後の一人であった。もともと彼女自身の魔力はたいしたことがなく、マフディーもふだんはランプという【遺産】のなかに隠れている。瑞穂や辰馬の探査にかからなかったのはそういう理由による。


 そして、雫たちにとって幸か不幸かシーリーンは好戦的な人間ではなかった。しかし敵対者を相手に蹂躙を許すような人間でもなく、ゆえにマフディーに下した命令は雫たちの幼児返り。


 かくいうわけでエーリカ、大輔、シンタ、出水と突撃部隊の騎士たちは悉く、無力な子供に返らされたのだが。


 ひとりその魔力の影響をまぬかれたのは魔力欠損症、牢城雫。しかし子供たちを殺すと脅されては抵抗もできず、こうして子供たちをあやす現状。隙をついてランプを奪えれば、と思うものの、ランプの魔神マフディーは自分の住処を守るようにして盤踞し、隙を見せない。ちなみにエーリカとシエルも幼児返りの影響を受けているのだが、雫おねーちゃんにラブラブべったりな男連中に対して、幼くともライバル心が働くのかこの二人は雫になつこうとしない。


 んー……これ、どーしよーもないなぁ……。


「おねーちゃーん、おしっこー」

「はいはい、出水くん。おトイレねー。あの、しーちゃん?」

「し……? なんですか?」

 突然、変な呼び名で呼ばれて、シーリーンはこけかける。が、なんとか踏みとどまって尋ねた。


「おトイレってどこかなー?」

「……部屋を出て廊下の突き当りを右です」


………………

 トイレに消える雫と、幼い出水。

 その背中を見送りながら、

「いいのか?」

 マフディーはやや心配げに、シーリーンに訊いた。

「大丈夫です。あのひとは人をだますタイプではないでしょう……それに、不測の事態に備えてあなたがいるのでしょう? マフディー」

 自分以外を信じない、打算的にならざるを得なかった少女のその言葉に、マフディーはわずかに驚き、瞠目した。

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