第23話 未来のために
王都レーシ攻防戦。
あのあと、 強奪した輸送車に乗り込んだ雫、大輔、シンタ、出水らは城内潜入と擾乱に成功、これに呼応する形でまずエーリカが場外正門から突撃をかける。
「あんたたちー、根性見せなさい!」
つなぎにヘルメットをかぶって全力でラム(衝角)つきワゴンを押し、城壁へと叩きつける姿はまるで女土建屋。およそ女王のいでたちではなかったが、しかしカリスマのなせる技かこんなナリでもエーリカは美しい。辰馬もその求心性から後生、太陽になぞらえられることがあるが、エーリカもまた太陽の質だ。辰馬が太陽の穏やかさ、ひとの心を温かにするところを担うとすれば、エーリカは太陽の猛々しさ、雄々しさをになって男どもを奮わせる。さしたるつきあいもないクーベルシュルト民兵が彼女によろこんで付き従うのもそこに拠る。
「どっせぇい! ブチ抜けえぇ~っ!!」
力強い咆哮。ついにラムが城壁を穿つ。
そして。男どもをふるわせる戦乙女はもう一人いた。
「とりあえず、このあたり一帯凍らせっから。そしたら突っ込め」
「了解した。……お前たち、奮起せよ! クーベルシュルトは各人が己の責務を果たすことを望む!」
ジャンヌ・ド・パプテストが青地に金鷲の旗……クーベルシュルト王太子フィリップの旗……を掲げ、振りかざすと、配下の騎士たち……まだ正規の騎士と言うのは烏滸がましいかもしれないが、少なくとももはや山賊騎士ではない……は大いに沸き立つ。
辰馬の天楼が閃き、広大な湖を氷結させて道を作る。その上を、ジャンヌは突進した。
狼狽したのはクーベルシュルトの守備隊である。細い橋一本を守っていれば良いのだから絶対安全、そう思っていた矢先に湖が氷結し、道が出来、そして「おおおおおおおおおあ!」と阿修羅のごとく雄たけび上げて、片手に旌旗、片手に剣で突進してくる金髪娘。その後ろに従う100名ばかりの騎士と、数百の民兵。
「打て、突け、崩せ!」
クーベルシュルト式剣術のかけ声を軍隊の運用に転化、敵を誘い、撃ち、崩してさらに前進するジャンヌはとどまるところを知らない。最初の突撃で、ジャンヌたち王太子派は王党派を圧倒した。
「押せ押せ、進めば勝つぞ、退けば死ぬぞ! わたしに続け、クーベルシュルトの未来のために!」
危なげなく敵を斬り伏せつつ、声を上げ続けるジャンヌ。すでに彼女は自分をただの一戦士ではなく、戦況を敷衍して指揮を執る指揮官としての自覚を身につけ始めていた。
「おー、やるやる。おれも負けてられんなー」
ジャンヌたちに遅れること数分、さすがに一帯の水すべてを凍らせる大規模魔術に疲れた辰馬はよっこいせ、と立ち上がる。痛みのせいでややおぼつかない足を叱咤しながら歩き出すところに、少年がはせ参じた。辰馬より2、3才ほど年下の、赤毛紅顔の美少年。
妙に頬を上気させ、興奮の面持ちの少年は、「神楽坂様から伝令! 新羅様はいったん、本営に戻られたし!」と告げた。
「うーん……ま、ここはジャンヌに任せるか」
言って、辰馬は下がる。
………………
クーベルシュルトで王太子派と王党派の宗教戦争が繰り広げられているとき。
アカツキ・桃華・ラース・イラの三国国境にも動きがあった。
魔軍の最精鋭、5将星のうち、二人までがここに出現したのである。
ひとりは艶然たる黒髪を結い上げ、金縁眼鏡をかけた、見るからに聡明、かつ艶然たる美女。額には先の尖っていない一角があり、まとうは漆黒の桃華帝国民族服(漢服に近い)。黒き麒麟にして桃華帝国の主神、混元聖母。創世神グロリア・ファル・イーリスから托された民草を守るべき任を放棄し、魔軍への寝返りであった。
黒い麒麟というのは角端(かくたん)と呼ばれ、聖獣・麒麟の中でも桁はずれの力を誇るが、混元聖母の力は角端のなかでもさらに規格外だ。まさに抜山蓋世、力は山を抜き気は世を蓋う、というべし。三国連合軍が束になってかかってもその袖の中にはらむ暗闇のなかにことごとく吸い込まれ、消滅させられる。戦果をほこるでもなく、裏切りの聖母は隣に立つ偉丈夫を軽く見上げた。
隆々たる肉体の偉丈夫、しかしそれが筋肉ダルマに見えないのは均整のとれた体格と、並外れて美しい容姿のせいか。優美なる金髪に透けるように白いロウのような肌、切れ長の瞳、すらり伸びた鼻梁に、朱をさしたように鮮やかな唇。その容色まるで美女の如しであるが、表情の厳めしさと野趣旺盛な身ごなしが、かろうじて彼を男であると周囲に認識させる。
「悪逆の女神、討つべし!」
かろうじて。女神の力から逃れた勇士が突撃する。得物が大型のトンファーであったところからみて、桃華帝国の臣民かもしれない。混元聖母は感情の読めない黒瞳を男に向けたが、彼女が行動する前に偉丈夫がその前に立った。
「女神さまはご多忙でな。貴様如きにお手を煩わされるような暇はない……というわけで、このルーシ・エル・ベリオールが相手をしよう? といっても、相手にはならないのだが」
偉丈夫……ルーシ・エルと名乗った……は腰の二刀のうち、短刀を抜く。そして一瞬だけ男を見やると、短刀をザクリと地面に突き立てた。
「か……!?」
それだけの挙動で。ここまで艱難を乗り越えてやってきた生え抜きの勇士が声を失う。瞬時に全身の血色が青ざめ、一秒とかけずに絶命した。
「ここまで来た割に、大して輝かしい魂、というわけでもないか……一応、この程度でも勇者と言うべき、使ってやるが……」
ルーシは地面から短刀を抜くと、赤く染まった刀身を眺めながらそう言った。
絶命したはずの勇士が立ち上がり、そしてルーシに跪く。もはや彼は憂国の戦士ではなく、魔神の忠実な先兵であった。
………………
「というわけで、貴方と私の出番、というわけだ。よろしく、新羅狼牙」
赤い鎧に明るい金髪、ラース・イラの「騎士団」を束ねる無双の騎士は、目の前の若者に手を差し出した。
「こちらこそだ、ガラハド卿。まさか魔王殺しの勇者と魔神殺しの騎士が、こうして共闘することになるとは思わなかったが」
手を取ったのは青髪緋眼の好青年。ぱっと見た感じガラハドに比べて迫力に劣るが、内在する力はガラハドのそれに劣らない。新羅狼牙は一時期、新代魔王クズノハに圧倒されて自信喪失の日々を送っていたが、危急存亡の秋ともあればやはりへたれてはいられない。立つべくして立ち上がった。
「そういうこともある。それが人生というものだ」
ガラハドも、一度牢城雫に敗北した彼だがそこから壮絶無比の鍛錬を積み重ね、以前とは比べものにならない実力の高みに自分を押し上げている。三日会ざれば刮目して見よといい、彼はここに登場するまで2年近い雌伏を重ねたのだから螭も雲に上ろうというもの。
「やあやあ、お二人さんおそろいで」
と、やってきたのは二人と同年配、若白髪に水干姿の、神職らしき男。でありながら腕章にはアカツキ公国正規軍准将の階級章が輝く。一応は美形と言って良い顔立ちながらふぞろいな無精髭と軽薄そうな雰囲気から、どこか信頼を置きがたい風情のこの男は長船言継。ヒノミヤ事変において、神楽坂瑞穗を犯し事変の引き金になった罪人でありながら、その立ち回りのうまさで罰せられるどころか一番高く売れるときに自分をアカツキに売りつけ、今の地位に至った男……という説明は、新羅辰馬の前であれば必要ないのだが狼牙とガラハドにとって長船はほぼ初見である。
「最後の一人、お連れしましたぜぇ、お願いしますよ、呂将軍」
「………………」
長船に押し出されたのは、小柄な老人だった。がっしりと筋肉質な固太りの体格で、背は低いがおそらく、体重で言えばこの座の4人中一番重いだろう。歴戦の勇者である狼牙やガラハドの前にあってもその眼光と存在感は衰えることなく、足腰は矍鑠、瞳にたたえるは深き叡智。日焼けした肌に長い髭、桃華帝国の民族服に如意(杖)を携えた姿は、まさしく「軍師」というにふさわしい。
「桃華帝国鎮南将軍、呂燦どのですよぉ。へへ……このお三人さまが揃えば、魔軍5将星が2人っつーても恐れるに足らんでしょう?」
「1人でできることなどたかがしれていますよ、長船准将閣下」
「ああ、全体が個人を恃む、非常によくない傾向だ」
「……一人の敵、恃むにあたらず、だ」
「はいはい。そいつぁどーも……とはいえ、あの二人ばかしは勇者様と騎士殿になんとかしてもらわねぇと。こっちに攻め寄せてる魔軍は5万に満たねぇのに、魔神二人に完全に圧されちまってますからねぇ」
三人の言葉に、そんなこたぁ分かってんだよ、と内心毒づきながらも長船はへらへらと言葉を返す。アカツキ、ラース・イラ、桃華帝国の三国が全力で動員できる兵力は200万を超え、四方に分散させて国防につとめたとしてもこの戦局に投入できるだけで60万に近い。それでもなお、魔軍に圧倒されるのは人間と魔族の戦力差もあるが、やはり二人の魔神の圧倒的戦力に集約される。
「そもそもがあの魔神どもの力、ってなんなんです?」
「……聖母さまのものは宝貝・混天珠。超重力の亜空間を生み出して万軍をも飲み込む」
呂燦は混元聖母を魔神を断じることに抵抗があるらしく、苦渋の顔でそういった。宝貝とはアカツキで言うところの「遺産」であり、力を持った術者の手にあることで大小様々の奇跡を現出する。超重力場、ブラックホールということなら狼牙の秘術・天楼絶禍もそれに近しいが、さすがに万軍をおしつつむほどの威力と効果範囲はない。威力も家伝の宝刀・天桜を息子に譲渡した今、往時の威力は望めないだろう。
「おそらく、ルーシ・エル・ベリオールの力は感染魔術に類するものでしょう。まず敵と目を合わせ、おそらくこのときに魂の記号を読み取っているのだと思います。そして読み取った記号と手近の地面なり樹木なりをつなげ、刺すことで致命傷を与える」
呂燦に続けて、狼牙。直接に相対したわけではないが、ルーシの能力をほぼ正確に読み当てる。個人技の天才が必ずしも優れた指揮官となりえるわけではないが、少なくとも新羅狼牙という青年に限って言えば十二分に、名将の資質ありだった。
「そのうえ、倒した相手を自分の傀儡としてしまう……吸血鬼に属するのか、非常にやっかいな相手だが、まず視線を合わせなければおそらく、読み取られることはないだろう」
ガラハドが名将であることはすでに歴史が証明している。ヒノミヤ事変当時、彼が早々に撤退するのではなく竜の魔女ニヌルタを退けてアカツキに牙を剥いていたなら、今頃アカツキという国は存在していないかもしれない。もっともそれほどの大功を立てたとしたら、宰相ハジルがガラハドを生かしておくとは思われないが。
「そんじゃ、お三人様に兵一万をあずけますんで、どうにか魔神どもをぶっ倒しちまってくださいや」
至って気楽に、長船は言った。これまで数万、十数万の兵が束になってもびくともしなかった魔神攻略に、与えられた兵力はわずか一万。無理難題にもほどがある。しかし立場上、彼らに否やはない。新羅狼牙はもともと寄る辺ない身であり、魔王殺しの令名がなければ石もて逐われる立場。ガラハドは前述の通り、宰相ににらまれており、呂燦も有能故に中央から煙たがられている。よってやれと言われればやるしかなかった。
「いいだろう、一週間であの二人を攻略して見せよう。アルティミシアの未来のために」
自信からか虚勢か、ガラハドが言い放ち、勇者と軍師もまた頷いた。
「アルティミシアの、未来のために」
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