第18話 三国起原

 若き女王エーリカの覚悟と感慨はさておき。


「あー、ちゃっちゃと行ってすぐ帰るつもりだったのに。時間掛かりそうだな……ゆか大丈夫か?」

 辰馬は宰相府に預けてきた正妻の身を案じる。小日向ゆかはまだまだ幼く、妻と言うより妹でしかないが、なんにせよ自分の人生にかかわった相手である以上、少なからず心配はする。状況がこうなるのなら自分の手元において連れてくるべきではなかったか、とか宰相・本田馨綱は本当に信頼できるのか、とか。雫に過保護にされると「ガキ扱いすんなや!」と反発する辰馬だが、自分が保護者の立場になると相当に過保護である。


「あの宰相ロリコンだしなぁ……預ける先間違えたか……」

「大丈夫です。宰相はバスト70以上の女に興味ありませんから、ゆか様の御身に危害が及ぶことはありません」

 煩悶していると美咲が自信満々で断言した。宰相から養父・後見人という以上の熱烈な愛情を受けてきた68㎝の少女の言葉には、有無を言わさぬ説得力がある。


「あー……ゆかってあの年にしちゃ大きいからな……」

「はい。ご立派に育っておいでです」

「ならいーか……」

「たつま、美咲! あんたたち、のたくたしてないで急ぎなさい!」

 久しぶりに癇癪を爆発させるエーリカに懐かしい者を感じながら、辰馬たちは歩調を速める。


 歩きながら周囲を見渡すと、後背には運河が広がるが内陸に入るやすぐ狭隘な山岳路に入る。すぐ近くにヒノミヤの総本山、白山連峰があるもののだいたいにおいて平野の広がるアカツキ京師太宰周辺や、雪深く寒冷ながら土地は開けているヴェスローディアに比べると、舗装されていないむきだしの山道はそれだけで文化的練度の遅れを感じさせた。自然豊かといえば聞こえはいいが、このあたりはまるで人の手が入っている様子がなく、獣道に近い。


「このあたりってもうクーベルシュルトに入ってるんだっけ? 魔族の気配も薄くはなってるが……」

「そーよー、ヴェスローディア、エッダ、そしてウェルスにまたがる、神聖ウェルス帝国から分裂した一国」

 祖帝シーザリオンによる神聖ウェルスの全大陸統一期、その直系が第一帝国期。紀元300年前後に叛乱でそれが東西に分裂し、651年、蛮王ゴリアテという男が出てウェルスの北半分、いまのエッダ、ヴェスローディア、クーベルシュルトを盗って二代皇帝を名乗りフリスキャルヴ皇家を称した第二帝国期。さらに856年、フリスキャルヴは3つに分裂、ゴリアテの直系を名乗るフリスキャルヴ王家のエッダ、祖帝シーザリオンの末裔を称す(史実的にシーザリオンに実子はないはずだが)ヴェスローディア王家、そしてフリスキャルヴ家を放伐した新代の女傑クリスティナ・ヴァーサのヴァーサ王家クーベルシュルトとなって、第三帝国はまだ現出していない。ちなみにクリスティナは英雄と言われるが、領土的野心が少なく版図を広げることもしなかったためアルティミシアの歴史上における4人の皇帝には数えられない。


 それから約1000年、根を同じくする三国(ウェルスも含めれば4国)はそれぞれことなった進歩を続け、ヴェスローディアは科学技術と商業、エッダは造船と制海権、クーベルシュルトは戦技と傭兵稼業という特色を持つにいたる。その道程でエッダのフリスキャルヴ王家は民衆に打倒され、象徴として残されはしたが政治は完全に議会に委譲することとなったが、国家の特色は変わらない。


 その三国の一角、クーベルシュルト。辰馬は数多の戦士を輩出した傭兵の国に対してもっと洗練された都会を想像していただけに、この鄙ぶりにはショックと落胆を覚える。


 そーいや、うちのご先祖(伽耶聖)も田舎娘だっけな……。


 そこまで考えたところで。


 歓声が上がった。


 屈強な軽装の戦士……おそらくは山賊騎士……の一団が、辰馬たちの前を遮る。フルフェイスの兜からのぞく瞳は存外、話の分かりそうな理知性を感じさせるが、そうではあっても簡単に見逃してくれそうにはない。


 足を引きずり前に出ようとする辰馬を、エーリカが制して。


「あたしはヴェスローディアの女王エーリカ。貴方たちはクーベルシュルトの騎士と見受けますが、これが女王に対する礼儀ですか!?」

 背筋を伸ばし、凜然と。エーリカ・リスティ・ヴェスローディアは騎士たちを言葉で糾す。山賊騎士たちは互いに顔を見あわせて「どうする?」と視線を交わし合うが、動揺する男たちの中から、ひとり細身の騎士が進み出た。


 眉庇をあげた相手の顔は、燃えるような金髪と秀麗な相貌。紅い頬とみずみずしい唇、鎧ごしにもわかる華奢で細身な体躯も相俟って、美男子と言うより美少女に見える。しかしその唇から発された言葉は。


「奸計をもって実兄と叔父を弑した姫君か。ちょうどいい、マウリッツ公の無念、ここで晴らして差し上げよう!」

 高らかに謳うように、勇ましい言葉を紡げば。配下の男たちはおお、と天地響もすような雄叫びを上げ、それぞれの得物を握りしめる。たいしたカリスマだった。


「……まずいわー、あれ、兄様派か。それにしても、世の中にはたつまに似たヤツがいるもんよね」

「似てねえ。つーかあれ、女じゃん」

「へ? 女顔だけど、男でしょ?」

「あんな骨格の男がいるか……って!?」


 ひぅ! 目の前で銀光が閃く。凄絶無比の踏み込みからの斬撃からうかがえる力量は、ちょっとお目にかかれないほどの絶技。辰馬が天桜を抜き、エーリカが空間から聖盾アンドヴァラナートを喚ぶ、その間隙に美青年男(美少女?)は突っ込んでくる。エーリカをかばい、辰馬が前に出た。本来ガーダーはエーリカであるはずであり、辰馬が前に立つメリットはなにひとつない。本能的挙動による、完全な失措であった。


 天桜が相手のエペ(細剣。レイピアの進化形)をからめとり、そのまま折る……寸前で相手のローキック。「!?」と辰馬は、大げさなほどに飛び退いてしまう。弱点を見抜かれ、そして今のやりとりで完全に見破られた。


「ち……」

 それでもなお突っかけようとする辰馬、天桜の蛇腹を戻して短刀にした状態での突きを、騎士のエペが上から下へ、絵の動きでからめとりつつ、カウンターで胸元への突きが走る。


 飛び退いた。ぐんぐん追ってくる。力を練ってぶっ放せば勝てるだろう相手だが、その時間を作る隙がない。間断ない、細かく連続した攻撃は防御も回避も難しい。


 エーリカが聖盾をかかげ、横から割って入る。瑞穗たちも間に入ろうと駆けつけるが、そこに敵の山賊騎士たちも割って入る。乱戦になった。


………………

 インガエウ・フリスキャルヴと三人の従者、そして磐座穣と晦日美咲は、女神の神座セッスルームニルを目指し旅をする。


穣と美咲の虫の居所は悪い。エーリカの女王裁定とは言え、あからさまに辰馬と引き離されたのだから当然だった。エーリカとしては自分と瑞穗、雫の三人とそれ以外の女性に明確な区切りをひきたいわけだが、その考え自体が穣などからすると「思い上がりも甚だしい」ということになる。穣は辰馬のことなど別にどうでもいい(と、自分に言い聞かせている)が、それでもエーリカのやりようを前にすると「専権」と批判もしたくなるのだった。そして美咲の方はというと、哀しみに意気消沈して10秒に1回のペースでため息し、一分にひとしずくの涙を流す。辰馬の存在なしでも能力の浮沈には影響ないとは言え、バイオリズムの上下にはあきらかな影響を受けていた。


「ええい、辛気くさい! 怒るのも泣くのもやめろ、貴様ら!」

 インガエウは二人の同行者にそう吼えたが、ここで大人しくするような磐座穣ではない。彼女がしおらしくなるのはこの世に唯一神月五十六の前だけであり、エッダの王族だろうがなんだろうがインガエウ如きに恐縮する要素がなかった。


「うるさいのは貴方でしょう。ラケシスさんがそばにいないからと、当たらないでもらえますか?」

「……ッ! ラケシスは関係ない!!」

「ふーん。そうですね。まあ今頃、新羅とラケシスさん、二人でお楽しみかも知れませんが、関係ないですよね。私の能力を使えば二人を監視することも出来るのですけど、必要ありませんね」

「……ッッ!! き、貴様、嫌がらせか!?」

「頭を下げて詫びるのなら、二人の様子を見せて差し上げてもよろしいですよ?」

「誰が頭を下げるか! 調子に乗るなよ小娘!」

 インガエウは穣の襟首を掴んで恫喝するが、その手首に浅く血の線が走る。


「穣さんを話して下さい。さもないとその腕、切り落としますよ?」

 目尻の涙を拭いつつ、言ってのける美咲。そこにいたって手首に鋼糸が巻かれたことに気づいたインガエウは、「ち……」といいつつ穣を突き飛ばす。自力で踏ん張って立ち止まれるような身体能力の持ち合わせのない穣を、美咲が後ろで支えて止める。


「乱暴なやりかたはやめてください」

「謝罪すべきはその女だ!」

「わたしはなにひとつ、誤るようなことはしていません!」

 強めの言葉で諫める美咲と、かみつくインガエウ、それにかみつき返す穣。インガエウの従者三人、雷神ホラガレスと韋駄天シァルフィ、剛力ホズの三人はやれやれとため息を交しあった。インガエウは主君として申し分ない実力者だが、なにぶんにも経験と余裕が足りない。


「それで、セッスルームニルへの道は?」

「エーリカ女王から地図を貰っている。これだが……」

 と、インガエウは地図を広げ。


「………………」

「どうしました?」

 穣がのぞき込んで、


「「………………」」

 二人して沈黙した。

 それはおよそ地図と呼べる代物ではなかった。ぐにゃぐにゃした線があちこちに伸びているだけの、子供の落書き……それ以下のしろもの。ここまで壊滅的な画力はむしろ画期的とも言えた。


「……まあ、地図などなくともな。フリスキャルヴ王家の連枝たるこの俺が呼べば、女神だろうと神域を出るだろうよ」

「……はっ」

 無駄に自信満々なインガエウを、穣は鼻で笑った。


「馬鹿貴族のうぬぼれはともかく、深淵ギンヌンガアプを目指しましょう。伝承によればその近くにあるはずです」

「貴様にこの国の伝承のなにが分かる!?」

「空き時間にこの国の神話伝承に関してはすべて閲読しました。あなたより詳しいですよ」

 しれっとした顔で言う。これが虚勢や誇張でないから、この少女は恐ろしい。神術士としては宝杖の助けを得なければさしたる能力を持たないが、情報を集める「見る目聞く耳」、そしてなにより集めた能力を処理して扱う天才において、彼女は比類ない。


「ローゲ攻略の方策、新羅より先に手に入れて戻りますよ!」

 そう気勢を上げる穣は、下腹部になにやら鈍い痛みと重みを感じる。もしかしてこれは……そう思い、いやいやと多幸感を否定しながら、とりあえず歩き始めた。

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