第17話 賢者を求めて

「辰馬さま、ただいま帰りました」

「辰馬さま、いますぐ食事にしますね」

 地下組織アウズフムラの、新羅辰馬に宛がわれた客室。やや身を疲れさせて入ってきた二人の少女は違う口で同じ呼び名を使って辰馬を呼び、神楽坂瑞穗は掃除を、晦日美咲は簡易キッチンへと向かう。


「あー、すまんな、役立たずで」

 辰馬はそう言って首の動きだけで頭を下げる。純白で殺風景なこの部屋が病院の一室のように見えてしまうのは、辰馬の状態に寄るところも大きい。


 現在辰馬はベッドにくくりつけられていた。動くな動くな無理するな、そう言われ続けても幾度となく無理をし続けた辰馬への制裁として、少女たちは彼を縛り上げ、拘束してベッドに固定し、魔術すら使って身動きを封じ、トイレすら人に断らねば立つことを許されない状態に押し込めた。右足は石膏とギプスでガチガチに固められ、膝横から刺さる太い針から流し込まれる点滴は、少なくともブドウ糖とかとはまったく違う一滴ごとに激痛を伴う劇薬。そうでもしなければ辰馬の足はどんどん悪化してしまうのだから仕方ないが、本人の意識が「そんな大げさにされるのもなんかなぁ……」と思っているために現状を受け容れられていない。隙あらばなお動き回ろうとするため、新羅辰馬の愛妾たちはぶん殴ってでも辰馬を止める所存だった。こういう状況、辰馬としては強敵の前に立つことよりはるかにしんどい。


 瑞穗が身の回りを片していくのをぼんやり見つめていると、どうしても異常に揺れる一部分の異様な質量が眼に入ってしまう。瑞穗の手際はあまり鮮やかとは言えず、無駄な動きが随所に入るためにいらんサービスが次々に繰り出され、青少年の情操教育上非常によろしくない。辰馬とて今更童貞でもなし、この程度で動じない……と言いたいところだが、そんなもんいくら経験を積もうが慣れるものではなかった。


「……いかんな」

「? なんですか?」

「いや、なんでもねーわ……うん」

 鋼の意志で緯線をひっぺがし、キッチンの美咲に目を遣る。あぁ、こちらは非常にフラットで一安心。容姿なら傾城佳人、人造聖女として「祝福」の力を持ち、密偵としての技能と鋼糸による戦闘力は出色、学芸知識と実務的頭脳も優秀であり、しかも本職メイド(正しくは侍従)で家事全般完璧。いっさいの隙がなく、褥においてもその名器ぶりで蕩かしてくる美咲ではあるがとにかくぱっと見た際に瑞穗のような今日悪無比のインパクトを叩きつけてくることがないのは助かる。


 現在辰馬が戦線を離れて1週間、瑞穗たちはそれぞれアウズフムラのヴェスローディア解放戦線、あるいはインガエウ、あるいはアトロファと組んで魔軍と交戦中であるが、やはり新羅一行の戦闘力の起点は求心力・新羅辰馬の存在ゆえ。辰馬がいないと如実にやるきがなくなるのは3バカどもだけではなく、どうしてもふだんのパフォーマンスを発揮するにいたらない。特に神楽坂瑞穗、牢城雫、エーリカ・リスティ・ヴェスローディアの、辰馬への依存度が強い三人にその傾向が顕著であり戦力半減。また女神サティアはそもそも辰馬のため以外に戦うつもりがないので現状、ただの無駄飯(エーリカの好物はメシと言うよりむしろ、酒だが)喰らいと化している。


「それにしても……ヴェズルフォルニル、でしたか。あの小鷹の力、どうにか対策しないといけませんね」

 手早く3人分の食事を作った美咲が、思案顔で言う。ローゲ単体が相手なら勝てないということもない。が、ヴェズルフォルニルと組まれるとどうにも手のつけようがない。こちらの力をかぎりなくゼロに近いところまで減衰させる上に、向こうは圧倒的大火力を存分に使ってくるのだから反則であった。


「そーだなぁ……、あれぁ普通に戦うのは無理だな。あのとき晦日の『祝福』は効いてたはずだけと、それでも問答無用でこっちを弱らせてきたし……小鷹とローゲを分断できりゃあだけどそれも無理だろうし……つーかなんでここの食事って芋ばっかり?」

 フライドポテトとベイクドポテトとポトフという、じゃが芋づくしの食事を平らげながら辰馬はぼーっと言う。


ヴェスローディアは商業立国であるぶん農業が弱く、土地が肥えていない。どんな環境下でも実りをもたらすジャガイモという奇跡みたいな作物でもなければ育たず、いきおい食卓に並ぶのはそればかりになる。辰馬は芋料理大好きだからなんのかんの構わないが、ガスが気になる瑞穗と美咲は控えめにぽそぽそと食事を済ませた。


「ふう……くちい」

「そうですねぇ……お腹がいっぱいになったら、次は……ですよね♡」

 ベッドに行儀悪く大の字になった辰馬に、瑞穗がかるくのしかかる。ちょっとしたおふざけかと思うやその瞳は妖しく輝き、頬は期待と興奮にほてり上気していた。欲求不満、淫魔モードの瑞穗だ。

「うぇ? 瑞穗おまえ、またか……!?」

「はい……。ここのところご寵愛がなかったので、溜まってしまって……。お願いします、辰馬さま♡」

「いやいやいやいや、ちょ、待て! おれけが人、けがしてるから! 動けんし!」

「大丈夫です、わたしが勝手に動きますから♡ 辰馬さまの可愛い顔、久しぶりに見せて下さい♡」

「ぃ……ぃやぁー!? やめ、やめれやめれ! 晦日助け……」

 美咲に助けを求めるも、美咲は部屋の鍵をかけてカーテンを閉じ、辰馬の膝から点滴の針を抜く。自分もメイド服に手をかけてやる気満々だった。


「い……ぇ……ぁ……、ひいぃ~っ!!?」

 というわけで久しぶりに、淫魔モードの瑞穗と瑞穗に張り合った美咲に、辰馬は一晩中搾り取られることになる。


 朝。

「はぁ、はぁ……ど、どーよ……これで……」

 もう何度出したかわからない。男の沽券にかけて一方的に蹂躙されるわけには、と一晩中頑張った辰馬はまさしく精も根も尽き果てたが、その甲斐あって瑞穗も美咲も撃沈にいたる。恐るべき強敵だったが、紙一重の勝利だった。


「いや……やりすぎたか」

 ぐったりベッド上に倒れ伏す二人の裸身に、いつもながらの自分の暴走癖を少し悔やむもまあ、仕方なし。辰馬は自分で自分の膝に点滴針を刺しなおし、ベッドの隅っこに横になる。


………………


「ロイアさまなら、なんとかしてくださるかも」

 昼、軍議の席で。女王エーリカ・リスティ・ヴェスローディアはそう言った。女王特権で辰馬を隣に座らせ、ここ数ヶ月会えなかった鬱憤を晴らすかのようにベタベタベタベタ。これに辰馬の恋人衆はまあ大概慣れているので苛つきもしないが、腹を立てたのはインガエウ・フリスキャルヴである。曲がりなりにエッダ王家の連枝に当たる自分の求愛を差し置いて、どこの馬の骨とも知れない辰馬といちゃつくのだから当然と言えば当然。座席の上からは見えないが、インガエウは机の下で掌に血がにじむほど拳を握りしめた。


「んじゃ、そのロイアさまんとこに行くか」

「たつまはダメ。けがが治るまで安静。それに……」

「それに?」

「あの人……っていうか女神さまだけど、もうほんととんでもねーぐらいにスケベなのよ。たつまが行ったら絶対手ぇ出すわ、あの淫乱」

 女神相手に淫乱とか、敬虔さのかけらもない言い様だが、実際女神ロイアが淫蕩にして放埒であることは間違いない。自分の神殿を訪れた信徒全員と姦通に及んだとか、見事な宝を手に入れるため醜い小人に身体を提供したとか、気に入ったら魔族とも褥をともにするなどという、醜聞まみれの女神なのである。なるほど確かに、辰馬など格好の好餌になるだろう。


「あー……じゃあおれパス。休んどくわ」

「いえ、辰馬さんはわたしたちとウェルスへ」

 そう声を上げたのは、ウェルスの聖女アトロファ。淫蕩女神も困るが、こちらの聖女も負けてないので関わりたくない辰馬ではある。が。


「先々代聖女、クロートさまならなんらかの手段を講じて下さるかも知れません」

「んなら1人でいきゃいーじゃん。おれが行く理由あるか?」

 辰馬としてはまったく道理を言ったつもりだったが、ここでアトロファは我が意を得たりと艶笑を漏らした。


「クロートさまは後継者であられた先代聖女、アーシェ・ユスティニアさまに非常な執心で。辰馬さんが来てくれれば気むずかしいあのかたの心も融けるというものです」

「……いや、おれは怪我がな。動けん。あー、いたたた」

「大丈夫ですよ、わたしたちでおぶって連れて行きますし。戦闘もわたしとフィーちゃんに任せていただいて問題なしです♡ かわりに、少しばかり精をいただけると助かりますね♡」

「嫌じゃボケェ! おまえら、人のことなんだとおもってんだ!? そんな毎度跨がられて喜ぶ人間だと思うなよ!!」

 愁眉を険しくして荒ぶる辰馬だが。


「んー……たつま、行きましょ」

「は?」

「それと、瑞穗も来なさい。辰馬を連れて行くのはいいけど、アトロファに勝手はさせない。それで問題ないでしょ」

 女王エーリカの鶴の一声、辰馬、エーリカ、瑞穗、雫とサティア、大輔、シンタ、出水はアトロファ、ラケシスとともにウェルスへ、辰馬の存在に能力を左右される率の低い穣、美咲はインガエウら一行とロイアの宮殿「セッスルームニル」に向かうことになった。


………………


 出立の前。エーリカは皆と一緒に、微行でヴァペンハイムの町を歩く。


 しっかりと舗装された古ウェルス(現実世界における古代ギリシア・ローマ)様式の道路と、文化革新期(同じく、ルネサンスに相当)様式の建物、どちらも古ウェルスをルーツにする文化様式で統一されたヴェスローディアの建物群は、この国が祖帝シーザリオン、シーザリオン・リスティ・マルケッススの継承者たらんとする旧い国であることを偲ばせる。そのうえで、同時に商業と科学技術という新文化を共存させ、それを成功させたこの国は本来であれば殷賑をきわめるはずなのだが、魔軍占領下において人びとは牧場に……牧人としてではなく、牧畜される奴隷として……あるいは女なら娼館に連れて行かれているため、そもそそもからして人間の気配が少ない。魔族が我が物顔で居座って人びとの居場所を使い荒らしているさまに、エーリカは義憤から来る激情で頭を沸騰させかけたが、今単独で突っかけてもなにほどのこともできない。女賢者クロートに方策を授かるまで、ひとまずは逃げの一手しかなかった。


 一行は小舟に乗り、密かにヴェスローディアから南のクーベルシュルトに出る。このとき女王エーリカは故国を顧みつつ、後世に名高い一言を残す。すなわち。


「さらば故国。次にこの川を渡るときは、貴方を取り戻す時! そうでなければあたしは、決してヴェスローディアに戻らない!」


 そう言って不退転の決意を込め、舟の櫂を自ら叩き折った。


「ハゲネが転移の絨毯、あれ貸してくれればな……」

 杖を頼りにしないと立てない辰馬がそういうと、雫がにぱ、と笑んだ。


「まあいーじゃん♪ ちょっと海外旅行気分だよ、おねーちゃんは♡」

「牢城先生、あまり気楽なことは……エーリカさまの心情を思えば……」

「ぁ、そーか。ごめんね、エーリカちゃん?」

「いえ? どうせ勝って帰る未来は絶対だし、そんなに深刻なことないから大丈夫よ? さぁ、往きましょう! 案内しなさい、アトロファ!」

 エーリカは8割の本心と2割の虚勢の入り交じった声を上げ、アトロファに先導させて歩き出す。かくして一行の新しい旅が始まった。

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