第12話 淫蕩の吸精聖女

「お久しぶりです、たつまくん」


 儚く笑うラケシス。辰馬は「おう……」と応えたきり言葉が出ない。それくらい、ラケシスの雰囲気には少女らしい快活さとかみずみずしさとか、そういう「若さ」「華やぎ」が欠けていた。蒼月館休学から今までのあいだになにごとかあったのだろうが、それを気安くきくことは憚られる。


「先輩も。わざとらしく挑発して、二人をこの場で制圧して主導権を握るつもりですか?」

「いやー、そういうつもりじゃなかったんだけど……フィーちゃん? そんな怒んないで」

「いいえ、怒ります。先輩のやりようはグロリアさまの教義に反します」

「……そんなことはないと思うのよ?」


 困り笑顔で頬を搔くアトロファ。しかしその態度一つとっても揺るぎない余裕が垣間見え、辰馬とインガエウを同時に相手にしても負けないという自信を隠していない。実際さきほどの力……生命力・活力の付与と減衰を自在に操るのだとしたらまさに命の巫女だ。生かすも殺すも自由自在になる。


 ……なるほど、力の質がかーさんに似てるわけだ。


 辰馬の中で腑に落ちる。母であり先代の正統聖女、アーシェ・ユスティニアの力もまた、根本は同じなのだからそれはそうだ。ただ、アーシェとアトロファではその力の発現のさせ方が180度違うわけだが、命というものに深く根付くという点においては共通している。力を奪う、という部分だけ見ると「竜の魔女」ニヌルタに相似しているようにも思えるが、あれは「自分が一度力を貸し与え、相手の力がある一定に到達したところで取り戻す」というものだからだいぶ違う。アトロファの力はやはり、正統な聖女の力、女神グロリア・ファル・イーリス由来のものと言わざるを得ない。


「先輩が失礼しました、たつまくん。牢城先生に、皆さんも」

 

 たつまくん、という親密げな言葉に、瑞穗、穣、美咲というラケシスについてそこまでよく知らない三人が「ん?」といぶかしげな顔になる。「あー、あとで説明してあげるから」雫がそういって宥めるも、彼女らの怪訝さ加減はなかなか衰えることがなかった。


「フィー……、お前とあのねーちゃんとじゃ性質違いすぎだと思うけど……大丈夫か?」

「……大丈夫ですよ? 慣れました」


 そう応えるラケシスの表情はやはり、どうにも無理しているようにしか見えず痛ましい。とはいえラケシスが自分から手を伸ばしてこないのに、こちらから腕を取るのも押しつけがましく辰馬の主義ではない。


 なにが彼女にこう儚い表情をさせているのか、わからないままに、辰馬たちはひとまずアウズフムラの居住スペースに通された。


………………


「それで、ラケシスさんですけど……辰馬さまとはどういう? 学生会の動乱のときにすこし、お話はしましたけど、辰馬さまと仲が良いという話は……」


 女子部屋で、瑞穗が雫に詰め寄る。美咲と穣も一緒になって詰め寄るので、さすがの雫も「おぅふ……」とたじたじになった。「まーちょっと落ち着きんさい」と前置きしながら、雫もすこし言葉を選び、話し出す。


「たぁくんのおかーさんってほら、アーシェさんじゃん? つまりウェルスの聖女で、その後代がラケシスちゃんなんだよ。だからその縁で新羅の家にも何度か来たことあってねー、ラケシスちゃんはたぁくんのこと好きだったんだと思うんだけど、たぁくんってほら、好意に鈍いからたぶん、気づいてなかったの。まさか休学してから、こんな時期のヴェスローディアで再会するとか思わなかったけど」


「でも新羅の目、あれは獲物を狙う獣の目でしたよ?」


 穣が酷評し、


「い、いえ……、気がかりな相手を放っておけない、いつもの辰馬さまの瞳だと思いますが……」


 美咲が一応の訂正をほどこすものの、そういう「気がかりで放っておけない」相手に辰馬が毎度手を出して閨閥に取り込んでいる……自分たちが、まさしくそうであり……のを考えるとまた悪いクセが? と物憂くもなる。


 瑞穗はそんな二人を見ながらまあ、そういうことならと納得する。そういう、ひとを出来る辰馬を瑞穗は好きなのだから、嫉妬するよりむしろ誇らしい。それでもやはり多少の妬心が湧くのは、やはりどうしようもないのだが。


………………

同じ頃、インガエウ。


 ほかの三人とは別室で、インガエウは不機嫌と上機嫌の綯い交ぜになった感情に揺れていた。


「はっ……、ぁう、く……んっ♡ あふ、ぅ……♡」


 腹上にまたがり、激しく腰を使うのはラケシス・フィーネ・ロザリンド。その童顔に似合わぬ豊満な肢体と、聖女として鍛えた筋肉のしまりはインガエウをおおいに喜ばせたが、そのラケシスが「東方のちび」新羅辰馬相手にやたらと親密げな雰囲気を醸していたのがインガエウの気に障る。アトロファの紹介でひきあわされた最初からインガエウはこの少女の虜となっており、だからこそにラケシスがほかの男に向ける好意の視線に妬みと反発が湧く。ゆえにインガエウはラケシスを責める動きを激しくさせ、辰馬への憎悪を革めて新たにした。


「東方のちびに、なにほどのこともできるか! エーリカ姫を救ってヴェスローディア王になるのは俺だ! そのとき俺の側女に置いていてほしければ、もっと媚びろ、諂え!」


 相手に絡め取られていることにも気づかず、自分が主導権を握っていると疑わずに、インガエウは腰を打ち上げ、吼え続けた。


………………


「姫様救出に関しては明日。今日の所はゆっくりとお休みください」


 ハゲネがそう言って侍従を呼び、辰馬、シンタ、大輔、出水もまたそれぞれ別室に通された。辰馬が通されたのはかなり広めの部屋であり、床も壁も調度もすべて白で統一されている、一種病室のような偏執的清潔感を感じさせる部屋だった。


「なんか、落ち着かんなぁ……ま、いーや」


 最小限の荷物をどさりと床に置き捨て、靴だけ脱ぐとベッドに身を横たえる。魔術の灯りに「言葉」をかけて消灯。すぐに眠りに落ちた。


 ………………


 夜中。なにやら妙な苦しさを感じて目を覚ます。のしかかる熱く柔らかい身体の感触と、異様に力を吸われる感覚。また我慢のきかなくなった瑞穗が夜這ってきたのかと思ったが、感触が違う。瑞穗の圧倒的巨砲に比べると胸が小さいし、そのくせ腰まわりや尻、太腿の肉付きはむしろ瑞穗より肉感的。辰馬の知るほかの女性たちとも感触が違う。辰馬はどうにか逃れようとするが、相手はしっかり足を絡め、両腕でこちらの頭を抱きすくめ、しっかりと拘束して逃さない。


「んん゛ぅーっ!? んぶぅ、んん~っ!!」

「あはぁ♡ これが魔王の世継ぎの味なんですねぇ♡ ふふ、大きさと勢いしか脳がない男たちとは全然違って……さっきの女の子たちが揃って虜になるのもわかりますよぉ……気を抜くとこの私が、主導権を奪われてしまいそう♡」


 女……アトロファは辰馬の耳元に、流し込むように言葉を囁く。


「や、めれ……って、く……力、吸うな……」


 抵抗する声が、異常なほど張れない。急速に吸い上げられて、ろくに力が入らない。


「こたびのエーリカ姫救出作戦ですが……」

「あぁ゛……?」

「よろしければわたしたちに功を譲ってはくださいません?」

「……なんだ、不正の……申し込みか?」

「所詮非力な女二人ですし。この世界で生きていくためにはこうでもしませんと……で、どうですか? お返事次第ではこのまま、搾り殺して差し上げますが……、お願いを聞いて下さるなら、極上の悦楽を提供して差し上げますよ?」

「……なにが非力なもんか……こういうやりかたで、勢力拡大かよ……って、フィーにもこんなこと、やらせてんのか?」

「ええ、まあ。最初こそ抵抗あったようですが、今ではむしろ『幸せを分け与える幸せ』に目覚めたようですよ? ……私より、フィーちゃんのほうがお望みですか?」

「………………」


 辰馬は残された全身の力を振り絞り、無言でアトロファの身体を引きはがす。


「あら、まあ。でも無駄ですよ~。別に交合してなくても、私は力を吸えるんですから。私の傀儡になるか、この場でひからびて死ぬか。選んで宣言して下さいな♡」

「ざけんな、蛇女」


 軽く掌を翳して力を奪おうとするアトロファ。対するに辰馬は隔離世結界をスーツ状にして身の回りにまとい、吸精を阻む。


「……あら?」

「男を食いモンにすんのも、女衒のまねももうやめろ。さもねぇとしばくぞ、お前」

「……うーん。まあ、いいでしょ。ひとまずここは退きます。……でも」


 床に落とした修道衣とローブを広い、まといなおしながら、アトロファは入り口へと歩み去り。ふと、振り向いて凄絶に笑い。


「貴方はじきに私の傀儡にします、絶対にね♡」

「ふざけろや、ばかたれ……」


 聖女の宣戦布告に、辰馬はそう応える。赫い瞳に強い意志を込めて睨み付けると、淫蕩の吸精聖女は艶然と笑って部屋から出て行った。


「……ぷぁ……」


 アトロファが去った後、辰馬はほとんど頽れるようにして脱力する。吸われた力があまりにも大きく、それだけを奪って平然としているという事実がアトロファのキャパシティの大きさを物語っていた。


………………


「では、エーリカ姫……女王陛下の救出を。まず城正門、陽動の役割を……」


 ハゲネが言うのを、途中でインガエウが遮った。


「そこのちびが適任だろう。東方の小猿にはキーキー騒いで敵を引きつけるくらいしか脳があるまい?」

「やかましーわ、ばかたれ。お前こそ、気位ばっかのクソは声と態度がでかいんだから。お前が正面行け」

「なんだと? 俺は誉れあるフリスキャルヴ王家の連枝、貴様などとは格が違う!」

「知るかよチンピラ口だけ貴族が!」


 やたら相性の悪い、辰馬とインガエウ。互いに一歩も退かない両者は、にらみ合い、罵り合い、一歩間違えば殴り合いに発展しかかる。


 インガエウが拳を振り上げかけるのを、


「インガエウさま」


 ラケシスがそっと腕に手を添えて止め、


「新羅さんも、仲間同士で喧嘩はだめ、と言ったでしょ~?」


 アトロファが艶然と笑んで、辰馬を制止する。


「というわけで、陽動にはわたしたちが出ましょう」

「?」


 アトロファの言葉に、辰馬はわずかに眉を顰める。功を望むなら本命の敵本丸を衝きたいはず。陽動など望むところではあるまい。


「すべて片付けたら城内に突入していいんでしょう?」


 こともなげに、言う。つまりは真っ正面から、もっとも困難なルートを通って辰馬よりインガエウより先に敵の本丸を衝ける、ということらしい。大層な自信だった。


「では、正面はアトロファさまが。西門はわれらアウズフムラが当たるとして、あとは北門と東門ですが……」

「俺が北門から行こう。活躍の場は俺が独占することになるがな」

「そんじゃま、おれらは東門で。まあお前らはおれが全部終わらせた後に来ればいーよ」


 インガエウの言葉に、辰馬も挑発的に応えてまたにらみ合う。背後に立つインガエウの取り巻き三人と、辰馬の背後の大輔、シンタ、出水らもガンを飛ばし会った。


「……フン」

「はっ……。じゃ、往くか~。エーリカも大概待ってるだろーからな」


 いまいましげに踵を返したインガエウ、辰馬はその背に小さく吐き捨てて、仲間たちに向き直った。

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