第11話 地下組織『アウズフムラ』
「ここは?」
過去に嗅いだことのない空気の香りに、辰馬はやや緊張のおももちでハゲネに訊く。ハゲネは一同を安心させるように柔和な笑みを浮かべた。
「成功です。ここは王都ヴァペンハイムの城下。われらは帰ってきましたぞ!」
「いや、おれは初めて来たんだけど……ここがヴェスローディアの王都……アカツキとはだいぶ違うな。うちの国の城もそりゃ、多少西欧的なつくりにはなってるが……」
「いや、柱天城の威容に私も驚きましたぞ。築城に多少の知識がありますが、あれ以上の城はそう築けますまい」
「ふーん……、って!?」
なにげに路地を曲がったところで、魔族兵とかち合った。
「貴様らァ! 家畜がなにをしているか! 家畜はさっさと居住区に戻らんかあァ!」
「ち……だれが家畜か、ボケ! いきなりだが、やれるな、おまえら!」
「とーぜんっスよ! 任せてくださいって!」
「俺も万端です」
「拙者もシエルたんも準備OKでゴザル!」
「まあ、期待分の成果はあげてあげるわよ、感謝しなさい!」
「抵抗するか、貴様ら……ッ! ならば殺処分、女は繁殖苗床だ!!」
「黙れやばかたれ!」
早速はじまる剣劇。この戦い自体はすぐに片付いた。が。
「くそ、さっきの笛……これで何連戦めだ?」
最初の敵が吹いた警笛の効果か、辰馬たちは連戦を強いられる。雑魚敵とはいえ魔軍の精鋭、辰馬たちがこれまでアカツキで相手にしてきた小物とは一線を画し、一体一体ならばともかく集団となれば相当な脅威。それが波状となって押し寄せるうえ、辰馬たちはこれを殺してはならないという制約のなかで闘っている。殺して良いなら簡単だが、そうして一線を越えれば二度と戻れないというわけで全力はふるえない。状況は相当に不利だった。
「これで21戦、足音からしてまだ続きそう……さすがのおねーちゃんも、こんだけ立て続けはちょっとつらいかも……」
雫が珍しく弱音を吐く。敵の執拗な女性陣狙いの矢面に立って奮戦する雫と美咲は、はやくもレオタードやメイド服に裂傷をつくっている。
「はぁ、はぁ……っ、わたし、もう無理です……っ、勘弁してください……っ」
「瑞穗、気合い入れろ! あとちょっと踏ん張れば……」
辰馬が檄を飛ばす間もあらば。次の勢が訪れる。先日アカツキ、太宰を襲った巨人たち、あれに似るがまとう闘気の大きさは桁違いなのが10匹。そして手にした鉄槌を一振りすれば、起こり走るは雷条。ヴァペンハイムの美しい町並みは、雷にうがたれてたちどころに煙たつ穴だらけになる。
「……小型のミョルニル……ってとこか」
「みょ? なんスか、辰馬サン?」
「大昔の神話の神様の武器。とにかく目の前を叩くしかねぇ、やるぞ!」
「瑞穗ねーさんじゃないスけど、さすがにキツいっすよ、これ……」
「なら下がってろ、赤ザル。新羅さんの隣には俺が立つ」
「あァ!? 譲るかバカ! お前が下がれよダルマ! ちょっと疲れただけだっての!!」
「ねーね-、ヒデちゃん、辰馬さん辰馬さんって、なんであいつらあんなに辰馬好きなの? ホモなの?」
「……せ、拙者は違うでゴザル、違うでゴザルよ!?」
一緒になってシンタたちに張り合おうとした出水は、シエルに言われて乗り出す身体を止める。
「?」
案外まだ余裕のある辰馬たち。そこにGoaaaaaaaaaaaa!! と咆吼して鉄槌を振り回す巨人×10。雷霆とともに突進してくる、4~5メートルの巨人の群れ、それだけで気が弱い人間なら失禁ものの光景。
「ぎいぁぁぁぁぁぁぁぁ! 寄んなバケモン!」
言いつつ、正確精密かつ高速で、ダガーを投げまくるシンタ。こちらも稲妻を纏った短刀は、確実に巨人の関節や筋肉の継ぎ目を穿ち、裂く。
それでも巨人の突進は止まらない。痛みを敵愾心と復讐心に転換して、さらに猛然と前進する。
その足がぼごっ、と沈む。レンガ造りの道に忽然、できあがる泥濘。それは強烈な粘性をもった深い深い底なしのぬかるみであって、巨人たちの動きを大いに阻害する。当然、これをなしたのは出水秀規。そこに妖精・シエルの起こした旋風が巨人たちの肌を切り肉を裂く。
そして同時に地を蹴る、新羅辰馬と朝比奈大輔。辰馬は右へ、大輔は左翼へ。
「いー加減、終われ!」
天楼がひらめく。64枚の氷の魔刃が、滅茶苦茶に振り回される鉄槌から放たれる雷光をしん、と凍らせて、次の瞬間、巨人どもをまとめてズタズタにする。
大輔は疾りながら、手甲をなにやらいじり、「力の言葉」を呟く。赤熱し、煙を吐いて唸り上げる手甲。振り上げた右腕から発せられる威力に、巨人の顔が恐怖に歪む。上体を弓のごとく引き絞り、拳を矢のごとく放つ。
「打ち抜け、虎食み!」
放たれる、巨大な虎の闘気。大きく振りかぶっての一撃ゆえ発動までの隙があるという弱点はあるが、瞬間最大火力は牢城雫の斬撃を凌いで新羅辰馬一行中の二位……いや、今は万全の状態のサティアがいるから三位かもしれないが、ともかく……の衝撃波は、巨人の巨躯をたやすく吹っ飛ばした。
………………
「はぁ、はぁ……さすがにこんだけやりゃあな……ぜーはー……」
「へへ、あいつら、遠巻きに見てやんの……げほっ……やっぱデカブツ、ぶちのめされてビビってんでしょーね……ぅえふ!!」
「情け、ねぇな……赤ザル、えずいてんじゃねーって……大した活躍してねぇくせに……」
「あ゛ァ!?」
「体育会系元気でゴザルな……拙者もう限界でゴザルよ……」
「おみごと、でございました、皆様!」
戦闘中ずっと姿隠しの外套で身を隠していたハゲネが、感極まったといわんばかりに拍手する。当然、辰馬たちの反応はしらけたものになった。新羅一行随一のチンピラ、シンタなど明らかに胡乱げな視線をハゲネに向けて「コイツ信用できるっスか?」と辰馬に横目でコンタクトを送るが、辰馬はそれを制して。
「おれたちを試した……ってことかな、今のは?」
「いや、もっと早くに応援を呼ぶつもりだったのですが……皆様の手際があまりに素晴らしく、必要はないかと。思わず見惚れましたぞ!」
「そうかい。んで……その応援が待機してるところに、つれてってくれるんだよな?」
「は。それはもう」
………………
ヴァペンハイム城下はほぼ、魔軍の制圧下にあった。
エーリカ健在だった頃……まだわずか一月も経っていないが……は城下に魔族兵の一匹も進入させることはなかったといわれるが、そのカリスマじみた統率力と盾の加護がなくなってはあっさり落城を許してしまっている。半月ほど前、レジスタンスを組織したヴェスローディア遺臣たちの中からハゲネがアカツキに派遣されたのが10日前。その頃はまだ魔族の支配は完璧ではなかったが、10日で人間は完全に「家畜」の立場に追いやられ、男は労役、女は繁殖母胎として酷使されているという。
「ですがそれもここまでの話。ここがこれからの反撃の拠点『アウズフムラ(肥沃の黎明)』です!」
大仰に言うハゲネだが、連れられてきたのは実のところ場末の安酒場……それも正面入り口からは魔族兵が平然と出入りする店の裏手……である。
「ここかぁ……」
辰馬が、はぁー、という感じでため息をつき。
「ここ、ですかぁ……」
瑞穗ですら落胆というか失意を隠し得ない。
「ま、まあ、今はこのありさまですが、ここから! 反撃ののろしを!」
「いやまあいいんだけど……ここ、摘発されねーの?」
「隠蔽は完璧です。さ、こちらへ」
そうして裏口から地下に入る。確かに隠蔽されており、窮屈な裏口からは想像もつかない広大な広間が辰馬たちを出迎えた。表口の酒場よりはるかに巨大で豪華なロビーにバーラウンジ、外には聞こえないようになっているのか、大音量のラジオ音声すら流れている。アカツキの緋想院蓮華堂より、総じて完全に上の設備だった。
「帰ったぞ、皆!」
「おぉ、ハゲネ殿! ではそちらの方々が……!」
「うむ。姫のご学友であり……」
「そんな奴は必要ない」
得々と語ろうとしたハゲネを、一人の男が遮った。
端のソファの一角に陣取っていた四人組が、やおら立ち上がる。リーダー格であろう金髪の偉丈夫は悠然とこちらに歩み寄り、しかしその瞳はいっさいの歩み寄りを見せることなく、傲岸と傲然とこちらを見下す。
「先代魔王の息子、というのはどいつだ?」
「あー、おれ」
こちらも傲然と胸を反らして答える辰馬に、金髪は憫笑とすら言えるような薄笑いを浮かべて応じる。
「フン……どんなものかと思ってみれば……所詮御山の大将、東方人は東方人か……」
「そっちこそ。ひとを見た目で判断するとか、大概お里が知れるってもんだけどな」
「ふ……」
「ふふ……」
辰馬と金髪はひとしきり笑い合う。笑い合うが、両者とも瞳は一切笑わないまま。
「っし!」
「っ!」
男が突然、繰り出した右フックの手首動脈上を、辰馬の中高拳が下から打ち上げた。苦悶する男に、辰馬は今度はこちらから、憫笑を向ける。
「お山の大将相手にこんな醜態さらしちゃ駄目だろ、西方のお偉いさん?」
「く……貴様……決闘だ! 東方のデモノハーフ(半魔)に、身の程というものを教えてやる!」
うるせーわチンピラ、と思った矢先。
「はーいはいはい。そこまで。お仲間でしょー。仲良くしないとですよ?」
忽然、割って入った女に、辰馬の前身が総毛立つ。圧倒的強者として生まれた辰馬が、サティアや竜の魔女ニヌルタ、神月五十六やカルナ・イーシャナに対してすら感じたことのない種類の恐怖だった。力の質としては母、アーシェ・ユスティニアによく似ている。力の大きさもアーシェを凌ぐわけではない。が、なにか妙に歪んだまがまがしさを感じるのは気の所為か。
「わたしはアトロファ、ウェルスの「聖女」アトロファです。よろしく♡ インガエウさんも、お仲間に喧嘩売っちゃだめですよ?」
「五月蠅い! 誰が東方のちびなど仲間と思うか!」
「でかけりゃいーってもんでもないだろーよ」
「ふん?」
「あ゛ぁ?」
にらみ合う辰馬と金髪(おそらくはインガエウという名の)に、アトロファと名乗った女はため息一つ。なにやら口の中に呟く。
次の瞬間、辰馬の身体が自重を支えきれず、ガクリと沈む。あまりにすさまじい虚脱感。同じようなことは経験がある。こらえの利かない淫魔状態になった瑞穗に無理矢理またがられて、10発とか20発とか搾り取られたときの感覚、あれをさらに壮絶にした感じであり、生命力を無理矢理引きずり出される感じ。腰が立たなくなり、意思の力ではどうしようもなく力が入らない。
「聞き分けのない子にはおしおきでーす。グロリア様は愛し子が互いに争うことを望みませんよ?」
「この……」
「わたしに手向かうのは推奨しませんよ。グロリアさまの巫女は命の巫女。与えることも刈ることも、わたしには許されていますので」
虚脱の術をなんとか解こうとする辰馬に、アトロファは穏やかな、だがどこか高圧的な声音で言い放つ。そして新羅辰馬という人間は、そう言われて引き下がるたちではない。
「やって……みろよ……!」
虚脱の檻を無理矢理に引きちぎり、立ち上がる辰馬。その横で、インガエウもまた渾身で虚脱から逃れて並び立つ。
「舐めたまねをしてくれるなよ、アトロファ……」
「あらまぁ、……やだなぁ~、怖い顔しないで、メンゴメンゴ、女の子相手に怒っちゃだめですよぉ~」
「先輩!」
おどけて謝るアトロファに、鋭い叱責の声が飛ぶ。きれいに波長の整った声にはどこか聞き覚えがあり、振り向いたさきには。
「フィ……ラケシス?」
もと蒼月館学生会副会長、ラケシス・フィーネ・ロザリンド。竜の魔女のごたごたで陵辱され、そのショックから療養のため帰国したきりの「聖女」が、相変わらずの修道服姿で、買い物袋を抱えて立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます