31.文化祭初日
文化祭が始まった。練習の成果もあり、パンケーキは僕以外でもできるようになり、クラスが出す料理はパンケーキやクッキーを中心に、メイドがお絵描きをする方向に決まった。
僕は、クラスみんなの総意でメイド服を着させられ、接客を任されている。
僕はそんなに絵が上手くないと言ったのだが、聞き入れてもらえなかった。
「いらっしゃいませ、ご主人様」
冬花の接客はすごく、絵もとても上手い。私が書いたハートが歪すぎて原型を留めていないような気がするが、気にしないことにした。
チラリと冬花の方を見ると、彼女のスカートに、誰かの手が伸びる。
ぱしん
注文や、会話などの喧騒だった空間が嘘だったかのように静かになる。みんながこちらを注目するが、どうでもいい。今は冬花が優先だ。
僕は、冬花を抱き寄せ、手の主を睨む。
「なっ、客に向かって何をするんだ!」
「お客様ですか、お客様はあなたのように、メイドを触れるようなお方ではありませんが」
「証拠はあるのか、ないならばこの事は学校に言わせて貰うぞ」
「どうぞご自由に。けれど、あちらをご覧ください」
そう言って、僕が指を指すのは設置してあったビデオカメラである。
「なっ、なっ」
「私のクラスには、彼女のように美人が多いですから、先生に頼んで、自己防衛のために置かせて貰っています」
「クソガキが!大人を舐めるな!」
怒鳴り声に体がすくむ。体育祭のこと、父親のこと、色々思い出すけれども、今回は逃げない。
相手が殴ろうとしている姿がスローモーションのように見える。あの姿勢からだと、顔かな?父親に殴られ続けていたことから、なんとなく、どこを狙っているのかがわかる。
あの時は、ずっと殴られ続けられていた。だから反抗を諦め、目を背けていた。だけど今は目を離さない。
「櫻井!大丈夫か!」
誰かが先生に伝え、警備員を連れて来てくれたらしい。あの人は連行されて行った。
良かった。
張り詰めていた気が抜け、床に座り込む。息が上手く出来ない。
「はあ、はあ、はあ…」
「「「櫻井さん!」」」
「はあ、だ、大丈夫、だから」
無理に立とうとするが、体に力が入らない。
「櫻井さんと九条さんは休憩に入って」
「ええ、そうさせてもらうわ。紗夜行きましょう」
冬花に支えられながら、教室を後にする。出る時に振り返ると、みんながこっちに手を振っていた。
「ありがとう、樹」
「助けられて良かった。最後は格好悪かったけどね」
「ううん。そんなことない。格好よかった」
「…ありがとう」
冬花にそう言ってもらえて嬉しい。体育祭では助けられたから、今回は助けられて良かった。
「どこか寄る?」
「ごめん、何か飲食が出来る所で休みたい」
「そうね、そうしましょう」
案内所を見てみると、2-Bが喫茶店をしているようなので、そこによってみる事にした。籠宮先輩はいるんだろうか。
2-Bの教室に来るが、うちのクラスよりは空いているようだった。入ってみると大きな声がクラスに響き渡り、顔が引きつる。回れ右して、帰りたくなる。だって、
「「「いらっしゃいませ〜、ご主人様」」」
そう、野太い声で、男の人が、大人数で、囲んでくる。正直怖い。
「悪りぃ、櫻井にはちょっとキツかったか」
籠宮先輩が、フォローしに来てくれたようだが、服装は彼らと同じ、メイド服だ。
「ぷっ、ありがとう、ふふっ、ございます。籠宮先輩。その服装、似合って、ふふっ、ますね」
「てめえ…」
「おい、カゴ、このかわい子ちゃんといつの間に仲良くなってんだ。紹介しろよ」
「はあ、こっちの黒髪が、玉入れのかご役で一緒だった、櫻井。で、そっちが…」
「九条です」
「…だ、そうだ。さっさと席に案内するぞ」
「籠宮先輩、ちゃんと接客してください」
「チッ、ご主人様おかえりなさいませ」
先輩は体格がよく、見た目もゴツく見える。そんな人がメイド服を来ているという、アンバランスさが、なんとも言えないぐらいに面白い。さっきまでの辛さが吹き飛んでしまった。
そんな奇妙な、2-Bの喫茶店だったが、メニューは想像以上にしっかりしていて、焼きそばがとてもおいしかった。それに、冬花が食べていたサンドイッチもとても美味しそうだった。
昼食も満足に取れたので、休憩を満喫しようと廊下を歩きながら冬花と次の出し物を探していると、あの時の大きな先輩に出会った。すかさず、冬花が僕の前に出る。
「あのときの…」
「すいません、失礼します」
「ちょっと待ってくれ」
「冬花ちょっと待って。…先輩、なんでしょうか?」
そのまま、通り抜けようとする、冬花を止め、先輩の話を聞く。たぶん、そこまで悪い人ではないと思うんだけどな。話だけは別に聞いてもいいと思う。
「この前はすまなかったな。迷惑になると思って、押しかけるつもりはなかったんだが、もし、今日会うことができたらこれを渡そうと思ってな」
そう言って、先輩はチケットを渡してくれる。3-Aの出し物の特別券だった。
「これで許してもらえるとは思っていないが、迷惑をかけたからな。これぐらいはしたいと思っていたんだ」
「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。私はもう先輩を許していますよ」
「そうか、ありがとう」
「よかったの?」
「別にいいんだよ。そんなに悪い人じゃなかったし」
「そう。まあ、あなたがいいなら、私は何も言わないけど…」
3-Aの出し物は、アイスを売っているらしい。特別券は3-Aの全員が一枚ずつ持っており、特別なアイスを用意しているらしく、知り合いを中心に配っているらしい。
顔を出してみると、今日は終わってしまったようだった。
「ああ、ごめんねー、今日はもう終わっちゃったから、明日に来てね「あっ、櫻井ちゃんだ」」
断りの挨拶を遮ってきたのは私にカゴ役を頼んできた先輩だった。
「お久しぶりです。先輩。また明日お邪魔します」
「ごめんねー、そういえば特別券ってのが、ここではあるんだけど、櫻井ちゃんは持ってる?」
「はい、あの時の先輩にいただきました」
「そっかー、五条くんが渡したかー、それはよかった。あの日のことをすごく後悔してたみたいだからね。じゃあ、これはあなたにあげる。私も迷惑をかけた一人だからね。この特別券は一人一個だから、これで、二人で食べられるでしょ」
「…ありがとうございます」
「いいの、いいの。あの時は本当に迷惑をかけたからね。なら、また明日ねー」
ゆっくりと、二人で教室に向かいながら、思うことがある。冬花ともっと一緒に長い時間を過ごしていたい。
今日、初めて知ったことがある。自分が傷つくよりも、冬花が傷つく方が嫌だと思ったこと。
そして、気づいたこともある。
僕は冬花が好きだ。
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