26.借り物競走
借り物競走が始まった。
この競技は運動の苦手な人が多く参加しているので、そこまで急がなかくても良い。運動が得意そうな人は先に行き、借り物が書いてある紙を吟味している。
そこまで、借り物が変わることはないと思うんだけど…
「吟味する必要なんてあるのかしら」
冬花の呟きに笑いそうになる。
紙がおいてある台に着くと、人が多くなり、冬花と離れてしまう。仕方がないので、近くの紙をとって確認する。
よりにもよって、お題が『両親の内のどちらか』なんて、私もつくづく運がない。両親に与えられてきた暴言や暴力を思い出してしまう。さっきのせいでより鮮明に思い出される。徐々に呼吸が荒くなり、視界が狭まる。
紗夜お姉ちゃんが寝静まった後、毎日僕は両親に呼び出され、暴力を受ける。それが日常だった。「穀潰し、お前なんて家には必要ないのに」どちらに言われたかは覚えていないが、そんな言葉を思い出す。
私なんて必要ない。立っているのも辛くなり、膝をつきそうになる。
「…樹、もし、もしも、借り物競走で何かあったら、絶対に私を探して」
冬花の言葉を思い出した。
冬花との約束は破りたくない。
なんとか呼吸を整えようと、大きく息を吸い、吐く。早く冬花を探さないと。
いた!
周りを見渡す中で、多くの人が保護者席に向かうのが見える。その中に、彼女の亜麻色の綺麗な髪が輝いているので、すぐに見つけることができた。
僕は彼女を追いかけ、体操服をつかむ。冬花は驚いたように振り返ったが、僕に気づき、少し集団から離れてくれる。
「…冬花ごめん、頼らせて…、お願い、手を握って…」
冬花は僕の状況を察し、手を握ってくれる。それだけで安心することができる。
「紗夜大丈夫なの?お題は?」
僕はお題が書かれた紙を見せる。
「よりにもよって、ほら私の紙と交換して。今なら人混みでわからないから」
冬花のお題をもらい、確認する。冬花のお題は『同じ色のチームの先輩、三年なら後輩』と書かれていた。
「まあ、どっちもどっちだけど、これよりはマシでしょ」
僕のお題が書かれた紙をひらひらさせる。さっきまであの紙を見るだけで、辛かったのに、今では何も感じない。それよりもどうしようか悩んでいると、雪さんがこちらに近づいてくる。
「お母さん!どうしたの?」
「冬花ちゃんと紗夜ちゃんが困っていそうだったから、家族関係かと思って出てきちゃった」
本当に、九条家の家族には頭が上がらないな。冬花のお題は解決できたので、僕のお題に集中する。先輩と言えば、代替えを頼んできた先輩たちぐらいしか思いつかない。
「お母さんが来たから、後は先輩だけね」
「私は大丈夫だから、冬花は先に行って」
「でも「おっ、いたいた」」
僕たちに話しかけてきたのは、玉入れでカゴ役になっていたカゴ先輩だった。
「先輩、どうしたんですか?」
「いや、この借り物競走、楽だと思って参加するやつに嫌がらせをするために、わざと難しいお題を入れて、時間をかけようとしてるんだよ。絶対」
「まったく嫌になるな」というカゴ先輩は、僕たちにお題を見せる。お題は『訳あり生徒』だった。ゴールさせる気がない。普通、そんな生徒はいないし、いても声をかけるのは絶対にためらわれる。
僕は自分のことしか考えられず、周りをみる余裕はなかったが、よく見てみると、誰もゴールしていない。
「心苦しいが、一応念のためと思ってな、一緒にゴールしてくれねえか?」
冬花がこちらを心配そうに見ている。たぶん、ゴールした時にお題が呼ばれるのを心配しているのだろう。だけど、それは玉入れの時に問題を起こしているので今更だろう。たぶん、理由までは聞かれないし、大丈夫だろう。
「先輩、私は大丈夫なので、ゴールまで連れて行ってもらえますか?」
「それはいいが、お前のお題は…」
「私のお題は先輩なので、心配ありません」
「そうか、すまねぇ、ありがとな」
「じゃあ、先輩、冬花、雪さん、一緒に行きましょう」
四人でゴールに入り、お題が確認される。先輩の紙を渡した時に、係の人が驚いた顔をし、僕に話しかけてきた。冬花がすぐに私の手を握る。
「すいません、このお題について、確認しにきたのですが…」
「言わないでいただけるのであれば、それでお願いしたいのですが、玉入れで知られているので、無理ならば構いません」
「いえ、大丈夫ですよ。正直、今回の借り物競走は生徒会の嫌がらせで、大半が無理なお題なので、15分経つと、お題を簡単なものに変える予定でしたので、お題を変えることは問題ありません」
「なら、お願いします。けれど、どうしてこんなことを?」
「じゃあ、同じチームの先輩と後輩だったということにしましょう。それと理由ですか?そうですね、見た目で楽だと思うことも、実際やってみると厳しいということを知らせるため…でしょうか」
それは実感してしまった。楽だろうと思って立候補してこんなに苦しくなるとは思わなかった。冬花や先輩も苦笑いをしている。
「じゃあ、お題を発表してしまいましょうか」
「白組一着のお題は『両親のうちのどちらか』です」
「母親です」
冬花が答え、雪さんも頷く。それを見た係の人も頷き、次の発表に移る。
「次に紅組の一着、二着のお題はそれぞれ『同じチームの先輩、後輩』です」
「2-B、籠宮だ」
「ふっ、1-Aの櫻井です」
先輩の名前を聞いて、笑ってしまった。カゴ先輩とずっと思っていたが、外れてはいなかったらしい。
「お前、ずっと俺のことをカゴ先輩と呼んでいただろう。俺がカゴ役に選ばれた時のように!」
「ぷっ、そ、そんなことないです。先輩の名前の時にたまたまむせただけです」
「ゼッテー嘘だ。あれはむせたじゃなくて、笑っていただろ!」
あまり、怒っていなさそうに言う籠宮先輩のおかげで、荒れていた心が落ち着く。
15分が経ち、お題が変わってからは続々とゴールする人が増えていき、今までの競技の中で、一番長い時間になってしまった。
競技が終わり、冬花と一緒に手をつないで、クラスの所に戻る。
「やっと終わった」
「私は最後のリレーだけね」
「頑張ってね。応援するから」
「それなら、頑張らないとね」
二人で笑いあう。彼女といれば安心する自分がいる。
この時、僕は冬花が特別な存在だということに気づいた。
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