間話:彼女と保健室
体育祭が始まった。
私もそんなにこの行事に楽しみを感じていないので、なぜこんなに熱気があるのかはわからない。
けれど、さやかが走っている姿を見て、綺麗だと思った。
昼前に、最後の競技の玉入れが始まる。この高校の玉入れは特殊で、初めにルールを聞いた時には驚いた。
白組の方を見ると、何か話し合ってるみたい。それが終わると、樹がカゴを持って出てきた。
「あれ?紗夜ちゃんがカゴ持ってたっけ?」
「たぶん、代替えじゃないかな?」
急遽欠席があったのだろう。それでも、先輩と話している姿からは、彼が嫌がっているようには見えない。
「もう少し、前にいきましょう」
「そーだね。近くで紗夜ちゃんを応援しよー」
近づいた頃には始まっていたが、先輩が囮になっているため、あまり樹が狙われていない。
だけど、後半になるにつれて、彼が狙われ始めた。
彼の身長はそんなに大きくない。160cmもないぐらいだろうか。
たぶん、虐待をされていたことから、栄養が十分に取れていなかったんじゃないかと思う。
そんな彼が170cmぐらいの男を抜くが、振り返り、動きを止まる。
樹…どうしたの?
「紗夜ちゃん?どうしたのかな?」
彼の顔が真っ青に代わり、うまく呼吸もできているようには見えない。
先輩もおかしいと感じ、近づいた時には遅かった。
顔は防げと言われていたのだろう。
彼は咄嗟にしゃがみ込み、顔を腕で防ぐ。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」
そんな彼を見ているだけではいられなかった。私たちは彼の側に駆け寄った。
「紗夜!紗夜!」
「紗夜ちゃん!しっかりして!」
「…さやか?冬花?」
「気づいた!」
「紗夜ちゃん!」
目を覚ました彼は、私たちの顔を見た後に、気を失った。
私が彼を背負おうとすると、カゴを持っていた先輩が代わりに担いでくれる。
保健室のベッドに寝かせ、一息つく。
「ごめんなさい。私たちが押し付けたから」
「仕方ありません。誰も今回のことは予測できませんでしたから」
「そういえば、紗夜ちゃんはどうしてああなったの?」
「それは俺のせいだな。チームの中で期待されていたが、あまり入れることができなくてな、つい、苛立って、舌打ちと、待てと強く言ってしまった」
反省しているという、赤組の先輩に怒りを覚える。なんだそれは、ただの八つ当たりじゃない!
「でも、それなら、びっくりするだけよね。あの反応はもっと他のことがあったはずだけど」
「俺はそんなことしてねぇ」
「そうは言ってもね〜」
「い…彼女は虐待されていたんですよ。実の両親によって」
全員が驚いたようにこちらを向く。さやかも保険の先生も、まあ、当然か。急にこんなことを言われたら、誰だって驚くに決まっている。
「それは、本当のことなの?」
「はい、彼女から聞きましたから」
「紗夜ちゃん、私には言ってくれなかった」
「私もたまたま聞いただけよ。紗夜はこのことを誰にも言うつもりもなかったらしいし、だから、今日言ったことは彼女には言わないでください」
先輩たちは揃って顔を青くしているが、特に樹に暴言を吐いた先輩はもっと苦しんで、反省してほしい。
「私たちは紗夜のそばにいようと思います。紗夜を運んでいただきありがとうございました。それでは」
そう言って、ベッドの周りにあるカーテンを閉める。今は彼にゆっくりとしておいてほしい。さやかも彼のそばにいるようだった。
先輩たちが出ていく音を確認してからさやかに話しかける。
「ごめんなさい。さやかも巻き込んでしまって」
「ううん、別にいいよ。私も八つ当たりで怒鳴った先輩は許せない。けど、それより、私にも紗夜ちゃんのこと話して欲しかった」
「ごめん、こんなこと、軽々しく人に話していいとは思わなかったから」
「それもそうだよね、ごめん」
そんな話をしていると、樹が目を覚ます。途中から話はきいていたみたい。
「謝るのは私の方だよ。自分のことを話すのが怖かったから、秘密にしていた」
「大丈夫?」
「紗夜ちゃん、平気?」
「うん、二人のおかげでなんとかね。あの時、二人の顔が見えたから助かっちゃった」
良かった。樹がまた遠くに行ってしまったかと思った。
けれど、「ありがとう」という、彼の言葉に安心する。三人は、顔見合わせて笑った。
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