24.玉入れ

昼食前の最後の競技は玉入れだった。


 僕の学校の玉入れは特殊で、全学年統合で行い、カゴを男女一人ずつもち、時間までに逃げ回る。相手チームのカゴに、自分のチームの色の玉を入れた数の多い方が勝利となる。


 僕は球を入れるはずだったのだが、カゴを持つ人が欠席になり、僕に話が来た。

 カゴを持って逃げるくらいなら、大丈夫だろうと思い、承諾をした。


「本当にごめんね。櫻井さん。急にこんなことを頼んじゃって」

「気にしないでください、先輩。私は大丈夫ですから」

「本当にありがとね〜、3年と2年の女子はお昼にイベントがあるからあんまり体力を使えなくて〜」

「ですから、気にしないでください。それよりも先輩たちのパフォーマンスを楽しみにしています!」

「ありがとね〜」


 そういうわけで、僕はいまカゴを背負って真ん中に立っている。

 もう一人は2年の男の先輩がいた。内心でカゴ先輩と呼ぶことにする。


「すまねえな。急に変わってもらって、できるだけ、俺にくるように頑張るからそっちも頑張ってくれや」

「はい。ありがとうございます。私もできるだけ頑張ります」


 いい先輩で良かった。「足を引っ張ったら許さねぇ」とか言われたらどうしようかと思った。


 スタートの合図がする。


 先輩が真っ先に人が多い所に向かって走り出す。有言実行をする先輩の背を見て、僕も人が少ない所を探す。


 どれくらい時間が立っただろうか、もうすぐ終わりな気がする。

 先輩にあまり入れられなかったのか、僕が狙われるようになってきた。

 僕も人と人の合間を見て、駆け抜ける。


「チッ、おい待ちやがれ!」


 あまり入れられなかった敵チームの先輩が苛立たしげに、叫ぶ。

 普通はそんなものを無視すればいい。けれど、僕は立ち止まってしまい、振り返る。


 10年以上罵倒され続けた経験はそう簡単に拭いされるものじゃない。

 体や経験として、十分に染み付いてしまっている。先輩は父親だった人の容姿は似ても似つかない。

 だけど、雰囲気が似ているのか、父親だった人のようにしか見えない。


「あっ、あっ…」


 声が掠れでるだけで、話すことができない。私の様子がおかしいと気づいたのか、その先輩が謝りながら近づいてくるが、私は咄嗟にしゃがみ込み、顔を腕で防ぐ。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」


 謝ることしかできない。違う、謝ることしかしてはいけない。

 あの人は私にそうさせて、優越感に浸りたいだけなのだから。それ以外のことを話すと、余計に殴られるだけだ。

 僕は紗夜として強くなったつもりだったけれど、そんなことはなかったみたい。

 あの時と同じように、世界全体が真っ暗になる。


「紗夜!紗夜!」

「紗夜ちゃん!しっかりして!」


 二人の声が聞こえる。暗かった視界に二人が写り、色が戻る。


「…さやか?冬花?」


 僕は二人にどれだけ助けられたのだろう。二人がいるだけで、さっきまでの不安な気持ちが薄れていく。

 

 僕は二人に感謝しながらも、意識を手放した。

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