23.体育祭の始まり

 9月の中旬になり、暑さは程よく、心地よい気温になってきた。

 6月に行われるイメージだったが、この高校では秋に体育祭を行われる。


 中学までの体育祭の記憶は、和気あいあいとしている雰囲気を羨ましく思う行事だった。

 親子が集まって昼食をとっている、一生懸命に走っている子供を応援している両親、それを聞いて頑張る同級生、全てが眩しく見えた。

 僕は紗夜お姉ちゃんが学校を抜けて、応援してくれた。学校もあったのに、僕のために来てくれたのがとても嬉しかった。それだけで私は頑張ることができた。


 だけど、中学生になってからは地獄だった。真っ暗な世界で、笑っている人全員が羨ましく思えた。

 全身が殴られ、痛む体のまま、誰も見ていない中で、意味もなくただ走った。

 僕はなんのために走っているのだろうか。そんな疑問がずっと繰り返される時間だった。


「すごい熱気だねー」

「なんで、みんなこんなに張り切っているのよ」

「体育会系の人はそうかも。だけど、そんな人ばっかりじゃないみたいだよ」

「それはそうでしょ。体育祭を楽しむのは運動が得意な人ぐらいで、他はそこまでじゃないでしょ」

「えー、そうかな?体を動かすのは楽しいよ?」

「私はそんなに好きじゃないからなー」

「紗夜ちゃんは別に運動できるじゃん!どうして?」

「…目的がないから…かな?」

「目的?」

「さやか、50m走の準備があるみたいだよ」

「あっ、行かなきゃ。じゃあ、二人とも見ててねー」


 そう言ってさやかは、グラウンドに向かう。周りには私と冬花しかいなくなった。


「ねえ、樹、本当は体育祭とかにいい思い出はないんじゃないの?」

「…冬花は僕に対して気を使いすぎだよ。だけど、本当はね。痛む体で走った記憶の方が強いかな」

「それって…」

「けどね、今年は初めて楽しみだと思っているのは本当だよ。二人の活躍を見てみたい」

「…それなら頑張らないとね」


 グランドの方を見ると、ちょうどさやかが走る番のようだ。見過ごさないように、しっかりと見る。

 さやかの体勢は他の人と比べ、堂々としているように見え、また、いつにもなく真剣な表情のため、より綺麗に思える。


 合図の空砲が響き渡る。


 その瞬間、誰よりも早くさやかが動いた。


 走る姿も綺麗なさやかは、スポーツ関連の部活をしている人たちをも寄せ付けず走り抜ける。

 思わず見入ってしまっていると、いつの間にかゴールテープを切っていた。


 誰よりも先にゴールを駆け抜けたさやかは、こちらを向いて、ピースサインを送ってくる。


 50m走を終えたさやかが、真っ先にこっちに来て、自慢げに胸を張る。


「どうだった?」

「凄かった。それに速かった」

「さやか、一位おめでとう」

「ありがとー」


 予想以上に速くて驚いて、感想が自分でも驚くほど酷かったけれども、さやかは気にした様子もなく、のんびりと笑っている。


「さやかはそんなに速いなら、部活には入らないの?」

「んー、部活は先輩とか、後輩とかのしがらみが多いから、遠慮したいかな。それに今は二人と遊ぶ方が楽しいから」


 そう言って笑うさやかがいつも以上にかっこよく見えた。

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