閑話:彼女の帰り道

彼の家からさやかと帰る途中、さやかから声をかけられる。


「トーカちゃんはどうして紗夜ちゃんのことを名前で呼んであげないの?」

「…どうして?」

「純粋に気になっただけかな。別に答えたくないならそれでもいいよ」


 彼を紗夜と呼ばないのは、彼から話を聞いていたからだ。

 彼は紗夜さんになりたがっていた。私も紗夜と呼べば、彼は紗夜として定着してしまうような気がした。


「…私は彼の本当の名前で呼びたい、そう思っているから。だから、今だけは彼を紗夜とは呼ばない。呼びたくないの」


 こんな風に考えるようになったのはいつからだっただろうか。


「トーカちゃんは紗夜ちゃんのことが男の子として好きなの?」


 直球で聞いてくるさやかに、少し苦笑いをする。たぶん、私は彼のことが好きなのだろう。けれど、それを認めるのは難しい。

 いつも自分のことを考えていたのに、今では彼のことを考えている。


「好きという感情はわからないけど、気にはなっている。変かな?」

「ううん、別に変とは思わないよ」

「さやかは彼のことをどう思っているの?」

「私?私はただの友人かな?男の子としてはみてないかな。ただ、仲良くはなりたいと思ったけど」

「それは彼が女の子の姿をしているから、男として見れない?」

「違うよー、私、彼氏がいるから男の子として見れないだけだよ」


 さやかに彼氏がいたことに驚く。私ばかりからかわれるのは気に入らない。

 さやかの彼氏のことについて聞き出す。


「その彼とは遊ばないの?」

「今は遠くの学校に行ってるの。だから、紗夜ちゃんは取らないから安心してね」


 カウンターが返ってきた。


「そうなんだ…」

「気になっていたんだけど、トーカちゃんは男の子が嫌いなのに紗夜ちゃんは平気なの?」


 「それとももう克服したの?」そう問いかけるさやかにどう答えようか迷う。

 いつもならどう誤魔化そうか考えるが、言うかどうか迷うようになったのはさやかだからだろうか。


「そう…ね、私の両親が離婚したの、その原因が父側だった。その影響でね…、男の目線とかが嫌だったんだけど、彼にはそれがないから」

「そっかー、ごめんね変なことを聞いちゃって」

「いいの、今までは嫌だったんだけど、彼を見てると私も受け入れて進まないといけないと思ったから」


 私もいつまでも止まっているわけにはいかない。


「紗夜ちゃんもトーカちゃんもすごい経験をしていたんだね。それでも前に進もうとしているのはすごいと思うよ」


 彼を見てもそうだけど、グイグイといい意味で踏み込んでくるさやかの影響もある。

 彼女がいなけれたぶん、彼も私もここまで関わらなかっただろう。


「こう考えるようになったのは彼だけじゃなく、あなたもいたからよ」

「えっ」


 驚いているさやかに顔が見られないように、背中を向けながら別れを告げる。


「今日はありがとう。また今度ね、じゃあ、また」


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