11.夢の中

真っ黒な空間の中、意識が目覚める。この感覚、前にもあったような。


「久しぶりだね、樹ちゃん」


 紗夜お姉ちゃん?


 振り返ると、そこには存在するはずのない姉がそこにいた。そんなはずはない。

 だけど、私が紗夜お姉ちゃんを見間違えるはずがない。


 どうして?


 そんな言葉が頭を占める。


「うーん、そこはわからないけれど、言いたいことがあったから、ちょうどよかったかな」


 言いたいこと?


 私がお姉ちゃんになろうとしてきたことだろうか?


「あなたが私になろうとしていることを止めるつもりはないよ」


 私がそうすることで現実から逃げているとしても?


「私になることで逃げてきた、それは悪いことではないと思うよ。だって、それはあなたが、あなた自身を守るための行動だったのだから」


 私は紗夜になることでいらない僕を殺した。弱い自分を殺し強い自分になるために。虐げられても、自分で守れるように。


「けれど、今は違うんじゃないかと思うの」


 違う?


 違わない。私は紗夜になって、それから…


 今、私は誰から自分を守っているのだろう?


「今あなたは、自分の都合で私になろうとしている。違う?」


 違う…と言えるのだろうか?


「紗夜としてなら、自分も他の人に認めてもらえると思い込んでいる」


 思い込んでなんかいない。だって、それが事実なのだから。


「それなら、冬花ちゃんは?彼女は紗夜としてのあなたではなく、樹として、あなたを見ようとしているんじゃないかな?」


 違う、彼女は男嫌いで、だから僕とは関わらないって。


「それは最初の話でしょう。彼女は他の男子とあなたを一緒に見ていた。けれど、何かきっかけがあって、今はあなた自身を見ようとしている。それに、彼女はあなたが男と知った上で、今まで一緒にいたんでしょう?」


 確かに彼女とはよく一緒に行動していた。


「それなら、彼女が気になる何かをあなたが持っていたってことでしょう?」


 彼女は僕が女子生徒の姿をして、女子に対して何もできないようにするために僕を見ていたんじゃないだろうか?


「彼女はあなたに関わらない方法もあったし、最低限だけ関わることもできた。けどそうしなかった。少なからず、彼女は行動したと思うわ」


 彼女はすごい。僕とは違い、自分で考え、行動する勇気を持っている。


「なら、あなたは?」


 僕にそんなものはない。僕は全てから逃げたのだから。


「自分を守るために逃げるのはいいと思う。けれど、自分や他人を欺くために逃げようとするのはやめなさい」


 欺いてなんかいない。僕は、私として、紗夜として生きていくことで満足なのだから。


「そうやって自分を殺し続け、私になるの?」


 今まで聞いたことのない真剣な声に、ビクッとする。


「時間がかかってもいいの。だけど、私はあなた自身を見つけてほしいの」


 自分自身を見つけるとは、どういうことだろうか。そう思っていると、彼女の姿が少し薄れて見える。


「もう少しで時間みたい」


 そう言って彼女は僕に抱きつく。


「あなたを守れなくて、あなたをひとりにしてしまってごめんなさい」


 紗夜お姉ちゃんは泣きそうになりながらそう言う。


「違う!謝らないといけないのは僕の方なのに!」


 考えるよりも先に叫んでしまう。


「あなたが謝る必要はないわ。だって、私がいなかったらあの人たちにあなたが虐待されることはなかったかもしれないもの」

「違う!僕は紗夜お姉ちゃんから両親を奪ったんだ。僕さえいなければ、お姉ちゃんは幸せになれたのに。僕のせいで…、それでも、僕は紗夜お姉ちゃんがいたから、紗夜お姉ちゃんが守ってくれていたから、今まで生きてこれた。紗夜お姉ちゃんのせいなんかじゃない!」

「ふふっ、ありがとう」


 言いたいことが多くて、伝えきれない。それでもお姉ちゃんは涙を拭い、少し笑う。


 お姉ちゃんの体が消えていく。

 

 待って、もう少し話したいことがあるんだ。


「待って、待ってよ、お姉ちゃん!」

「もうお別れね。生きていてくれてありがとう。またこうして樹ちゃんに会えて、話せて嬉しかった」


 もう話すことができなくなる。そう思うとより悲しくなり、涙が溢れる。

 抱きつかれていた手から、力が感じなくなる。


「待ってよ…」

「泣かないで、あなたはいつも私が見守っているから。だから、あなたと紗夜は違うということを忘れないで。」

「ゔん」

「どれだけ時間がかかってもいいの。ただ、紗夜として、紗夜がする行動をするのではなく、勉強会のようにあなたの考えで行動しなさい」


 僕は涙を拭いながらうなずく。


「あなたが私になる必要なんてないし、誰かの代わりになる必要はない。あなたはあなたでいいのだから」


 僕は僕でいいの?


「そう。あなたは紗夜ではなく、樹なのだから。頑張ってね、樹ちゃん」


 そう言ってお姉ちゃんは消えてしまった。


 僕は消えてしまったお姉ちゃんをまた抱きしめるように自分を抱え込み、泣き叫ぶ。


 ふと目が覚め、涙を拭い。


「僕、頑張ってみるね、紗夜お姉ちゃん…」


 部屋から出るとおばあちゃんと会う。


「もう大丈夫なのかい?」

「うん。もう大丈夫」

「それとね、おばあちゃん。お願いがあるんだけど」


 いままで、避けてきたことに少しずつでも向き合っていこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る