間話:彼女と名づけ

彼は今日、学校に来なかった。


 どうやら風邪を引いたらしい。昨日の傘も持ってきているし、見舞いのために彼の住所を先生に聞きに行く。


「どうしたんだ、九条」

「ノートのコピーなども渡したいので、櫻井さんの住所を聞きにきました」

「お前、櫻井には関わりたくなかったんじゃないのか」


 先生が不思議そうに聞いてくる。


「え、えっと、少し心変わりしまして、彼のことをちゃんと見てみようと思っただけです」


 そういうと、先生は訝しげに見ながらも、教えてくれた。


「悪用するんじゃないぞ」

「しませんよ!」

「わかってるよ、すまなかったな」


 そう言い、先生は自分の机に向かう。私は今まで、男の先生にもこんなふうに会話できていただろうか?


 教室に着くと、さやかが話しかけてくる。


「トーカちゃん、紗夜ちゃんの家の場所を知ってるー?」

「今先生に聞いてきたから、今から行くところよ、一緒に行く?」

「行くー!」


 彼に家についてインターホンを鳴らす。返事の声の主は彼の祖母のようだった。


「私、九条と申します。櫻井さんのクラスメートで今日のノートなどを持ってきました」


 そういうと、彼の祖母である八千代さんは驚いたような声をあげ、家にあげてくれる。


「まさか、い、…紗夜に友達がいて、訪ねてくるなんて驚いたよ」


 い…?まさか彼のことだろうか?

 それに友達が来るなんてではなく、友達がいてと言う言葉に疑問を覚える。

 そう考えているうちに、彼の部屋に着くが、彼はまだ寝ているみたいだ。


「あっ、猫ちゃんだー」


そう言って、さやかは子猫を抱えこんでいる間に、寝ている彼の寝顔を覗き込む。


 昨日の出来事を思い出す。


 彼の泣き顔が、彼の言葉が、思い出され、また胸の奥を痛くする。

 少ししていると、彼が起きたようだ。


「あ、起きたの?体調は大丈夫?」


 胸の痛みを隠すように声をかける。私がいることに少し驚いたようだが、さやかがいるから話しやすい。


 彼は子猫を飼う許可はもらえたようで、よかった。

 

 昨日の彼を見ていると、子猫に彼自信を重ねているように感じた。

 その子猫をまた彼から離したら?今度こそ、彼はどうなってしまうかわからない。


「お前、紗夜ちゃんの家の子になるのかー、名前はなんて言うの?もう決まった?」


 能天気に言うさやかのおかげで、悪い思考から抜け出す。


「ううん。まだ全然決められていないよ。私はすぐに熱が出ちゃったから」

「そっかー。じゃあ、名前を一緒に考えてもいい?」

「うん。お願い。私だけだとクロとかになるから」

「クロって安直すぎない?」


 思わず言ってしまった。彼は困ったように笑い、肯定する。


「そうなんだ。まあ、候補として置いておいてほしいかな」


すると、さやかが急に彼が私に話を振ってくる。


「えっ、私も参加するの?」


 みんなで考えると言われては、断る訳にはいかない。


「さあ、トーカちゃん。この黒猫ちゃんにいい名前を!」


 さやかにそう言われ、観念して子猫をみる。思いつくのは子猫を抱きながら、こちらを見た彼の泣き顔だけだ。


「女の子ならティア、男の子ならルイかな」


 思わずつぶやいてしまった。


「いい名前!この子は女の子だから、ティアちゃんになるのかなー」


 意味を考えると両方涙につながる。彼に気づかれる前に他の名前にしないと。


「いや、さやかが考えた名前はなんなのか言いなさいよ」

「ええー、ティアちゃんが一番可愛いから、ティアに決定しまーす」


 これは他の意見が出なさそう。


「はあ、櫻井さんはそれでいいの?」


 ため息をつきながらも、櫻井さんに尋ねる。


「うん。ティアも安直じゃない名前の方が嬉しいだろうしね」


 さやかが名前について由来を尋ねてくるが、雨を連想したと言っておく。

 さやかはそれで納得してくれたようでよかった。


 本当の由来なんて、誰にも言える訳ないもの…

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