9.私と雨

 梅雨の時期に入り、今日もまた雨が降っている。


 学校に行く道の電柱の下に段ボールが置いてあり、覗いてみると体が白一色と黒一色の子猫が二匹いた。

 黒猫は白猫よりも少し小さく、白猫は少し黒猫を庇うようにこちらを見ている。

 兄弟なのかな?


 今は学校があるので今は拾うことができない。自分の傘で猫たちが濡れないように固定し、学校へ向かう。

帰ったら、おじいちゃんとおばあちゃんに相談しなくちゃ。

 なんとなく自分たちをあの子猫たちに重ねてしまう。


 学校に着くとすぐにさやかに止められる。


「紗夜ちゃんなんでそんなずぶ濡れなの!早く乾かさないと」


 そう言って、まだ未使用だったタオルを渡してくれる。


「ありがとう。濡れるつもりはなかったので、タオルを持ってきていなかったの」

「じゃあ、傘はどうしたの?」

「途中で捨て猫を見つけて放ってはおけなかったから、傘を固定してきたの」

「だから、あそこに傘があったのね」


 九条さんが話に入ってくる。


「あんな風に子猫を考えている飼い主なら、なんであんなところに子猫を捨てるのか、少し不思議だったの。櫻井さんだったんだ」


 そう言いながら九条さんは自分の席に向かう。


「それで、あの猫たちをどうするの?」

「帰るときに一緒に連れて帰るつもり」

「二匹とも?」

「もちろん。ぱっと見兄弟みたいだったから、離すのはかわいそうだよ」

「そう。ご両親の説得は大丈夫なの?」

「多分大丈夫だと思う。ダメなら、私が里親を探すつもりだよ」


 九条さんもあの子猫たちを心配していたらしい。私がそう言うと少しホッとしたような顔をしていた。


「いいなー、私もその子猫たちを見たい!」

「さやかは家の方向が逆だからね。写真をとって送ってあげるわ」

「ありがとー冬花ちゃん、紗夜ちゃんも今度実際に見せてね」

「うん。許可が出たらね」


 授業が終わり、急いで子猫達の所に行こうとする。


「まだ雨が降っているし、私も子猫たちが気になるから一緒にいきましょう」


 そう言って、私を傘に入れてくれる。


「ありがとう。でも大丈夫だよ?」


 九条さんは男嫌いなのだから、無理に自分に近づきたくはないだろう。


「いいのよ。さあ、入りなさい」


 九条さんの傘に入れてもらい、二人して子猫たちの所に向かう。

 自分の傘が見えてきた。少し急ぎ、自分の傘の下を覗き、目の前が真っ暗になる。

 そこには、黒猫だけしかいなかった。黒猫は今まで自分を守っていてくれたあの白猫を求め、鳴き続けている。


「白猫の方は誰かに拾ってもらったのね」


 白い方が綺麗だったから?

 

 あんなに寄り添っていた二匹を見て、片方だけを連れて行ってしまうものなのだろうか?

 私は黒猫を抱き抱え、思わずつぶやいてしまう。


「お前も置いていかれちゃったんだね。私の所においで。お前は強くならないといけないんだ。私は逃げちゃったけど、強くならなきゃいけない」


私がそう言うと、子猫は鳴き疲れたのか腕の中で眠ってしまった。


「紗夜、今言っていたことって…」

「ひどいよね。兄弟で寄り添って生きていたのに。片方だけを連れて帰るなんて」

「それは…」

「私もね。いらない子だったんだ。ずっと罵声を浴びて、暴力を振られていた」


 彼女に言っても仕方ないことだ。そんなことは分かっている。だけど、止めることはできなかった。


「けれど、お姉ちゃんだけは私を見てくれていた。それだけでよかった」


 そう、お姉ちゃんさえいればよかった。


「私にとって家族はお姉ちゃんだけだった」


 それ以外には何も必要なかったのに。


「私にはお姉ちゃんがいてくれるだけでよかったのに、事故で亡くなっちゃった」


 私の家族はいなくなってしまった。


「そして両親に言われたの。なんでお前じゃなくて、紗夜お姉ちゃんなんだって」


 私も私よりも紗夜お姉ちゃんが生きている方がよかった。


「そうだよね。だってあの人たちにとって子供はお姉ちゃんだけで、僕はいらない子なんだから」


 あの人たちにとって必要なのは紗夜お姉ちゃんだけだった。


「それに、僕自身もそう思ってた。だから僕は僕自身を殺し、紗夜お姉ちゃんになろうとした。僕が紗夜になれば、紗夜お姉ちゃんがいなくても悲しくなることはないから。それが私、櫻井紗夜」


 紗夜お姉ちゃんになれば、こんな悲しい思いをしなくて済むのだから。

 彼女にそんなことを言っても仕方ないのに言ってしまった。八つ当たりだとわかっているけど、止められない。

 誰にも言うつもりはなかったのに。これで彼女も離れてしまうだろう。

 僕はいらない子であり、私という紗夜は存在しない。誰も私に関わる意味はない。だって、私は空っぽなのだから。

 

 私は子猫が濡れないように制服に包み、家に向かう。


 私の気持ちを表すかのように、雨が強くなった。

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