4.私が私になった理由

 紗夜として生きていけない時、私はどうすればいいのだろうか?


 両親に関していい記憶は何もない。私の家族は紗夜お姉ちゃんだけだった。

 どうやら私は両親にとっていらない子だったみたい。何をしても褒められたことが一度もなく、ただ怒鳴られ、暴力をふり続けられたことしか思い出せない。


 今は両親の顔すらも出てこない。


 紗夜お姉ちゃんは両親に愛されていた。好きなものを買ってもらい、何をしても褒められていた。私がいない両親は幸せそうだった記憶は微かに私の中に残っている。


 けれど、笑っているのは両親だけで、紗夜お姉ちゃんはいつも不機嫌だった。お姉ちゃんはいつも両親に対し、私のことを話してくれていた。けれども、両親は私に対する行動は変わらなかった。


 紗夜お姉ちゃんはよく私を気遣ってくれた。私を家族のように接していてくれた。

 私にとっての家族は紗夜お姉ちゃんだけだった。私には紗夜お姉ちゃんだけがいればよかったのに、あの日、一台のトラックのせいで私の幸せがなくなってしまった。

 それは私の両親も同じだったらしい。最後に聞いた両親の言葉は私の中でずっと残っている。


「なぜ、紗夜なんだ。なぜ生き残っているのがお前なんだ。」


 父が言う。


「紗夜を返して。どうして、あの子が死なないといけなかったの。死ぬのがお前だったらよかったのに。」


 そう言って、母が私に泣き縋る。

 

 そうして、彼らはより私に暴力を振るようになった。今までは周りを気にしてか、見た目にはわからないようにしていたのに、それすらも気にすることもなくなった。

 日に日にアザが増え、とうとう祖父母にも知られたらしい。

 私は祖父母によって引き取られることになった。


 引き取られるまで私は何も言わず、ただ殴られているだけだった。だって、私も両親の言葉には同意することしかできない。

 なんで紗夜お姉ちゃんは私なんかを庇ったのだろう。私が生きているよりも、紗夜お姉ちゃんが生きていた方がよかったのに。私なんて生きている価値もないのに。

 

 毎日のように繰り返される罵声と暴力に、あわよくば、私も紗夜お姉ちゃんのところにいけるのではないかと期待していた。けれど、それが叶うことはなかった。

 祖父母に引き取られることで、私は死ぬことができなかった。


 紗夜お姉ちゃんが死んだことで、私は空っぽになった。

その中には悲しさしかなかった。だから、私はを殺した。そして紗夜になった。

 そうすれば、こんな悲しい思いをせずに生きていられる。弱い僕を殺して、強い私になればいい。


 それからは、私はより紗夜になれるように考え、勉強もした。頭の悪い私は紗夜ではない。だって紗夜お姉ちゃんは毎回成績が一位だったのだから。

 座り方や話し方、仕草までも自分が記憶しているのを思い出しては、身につけていった。

 そうして私は紗夜となった。


 僕を殺した日から、私は僕がわからなくなった。でもそれでいい、だって私は紗夜なのだから。

 私の行動の基準は全て、紗夜お姉ちゃんならどうするかだけを考えるようになった。

 それでいいと思っていたのに…


 僕を殺してから今まで会ってきた人は、みんな紗夜として私を見てくれていた。だから、深く考えなくてよかったのに、彼女、九条冬花が現れてしまった。

 私を紗夜と見ず、私として見てくれる人に対して、私はどうすれば良いのだろうか。


「教えてよ。紗夜お姉ちゃん…」

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